真世紀エヴァンゲリオン Menthol Lesson9 Ccinderella Night -18




Truth Genesis
EVANGELION
M E N T H O L 
Lesson:9

Cinderella Night





プーー、プーー、プーー、プーー、プーー・・・。
(・・・ダメ。繋がらない・・・・・・。)
携帯電話から返ってくる不通音に溜息をついて俯き、ヒカリは肩を落としてスカートのポケットへ携帯電話をしまいながら再び階段を昇り始める。
ちなみに、電話のかけ先は葛城邸なのだが、ユニゾン訓練に入った葛城邸は3日前より不通状態がずっと続いていた。
何故ならば、訓練1日目にシンジ宛の電話が退きりなしに鳴り、苛立ったレイが電話線を抜くどころか、ハサミで切ってしまったからである。
また、ヒカリはシンジの携帯電話のナンバーを知る数少ない人物なのだが、こちらも何故か3日前より不通状態がずっと続いていた。
(アスカも、綾波さんも、学校を3日も休んでいるし・・・。やっぱり、相田君が言う様に3日前の非常事態宣言で・・・・・・。
 ううん、そんなはずない。あの時、碇君は約束してくれたもん。絶対に帰ってくるって・・・。だから、大丈夫よ。きっと・・・・・・。)
シンジと3日も連絡がつかない事に最悪の事態を想像してしまうが、ヒカリは顔を左右に勢い良く振って最悪の想像を必死に振り払う。
「うん、そうよっ!!そうに決まっているわっ!!!」
そして、心に思い浮かんだシンジへ問いかけ、ヒカリが元気を取り戻して笑顔を上げ、階段の踊り場へ1歩踏み出そうとしたその時。
「・・・何がだ?」
「えっ!?」
「んっ!?」
踊り場の鉄柵に寄りかかって煙草を吸っていたサングラスに黒服の男と目が合い、不思議そうに問いかけられ、ヒカリは思わず茫然と目が点。
「キャァァァァァァァァァァ~~~~~~~~~~~~っ!!」
「のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~っ!!」
一拍の間の後、我に帰ったヒカリは驚きに悲鳴をあげて体を仰け反らせ、黒服もいきなりのヒカリの悲鳴に驚いて体を仰け反らす。
「キャッ!?キャァァ~~~っ!!!」
「っ!?」
だが、バランスを崩したヒカリが階段へ落ちかけ、黒服は一気に体を戻してヒカリの元へ駈け、ヒカリの腕を掴んで思いっ切り引っ張る。
ドッシィィーーーンッ!!
「ふぅぅぅぅぅ~~~~~~・・・。」
その凄まじい腕力の余波に2人は階段の踊り場に倒れ込むも、ヒカリが難を逃れたのには変わりなく、黒服が安堵の深い溜息をつく。
「あ、あの・・・。あ、ありがとうございました」
「・・・それより、大丈夫か?怪我はないか?」
黒服の上に乗っているヒカリが慌てて退いて立ち上がると、黒服も立ち上がり、今さっきの救出劇にも放さなかった煙草をくわえた。
「は、はい・・・。あっ!?スーツが・・・・・・。」
少し余裕を取り戻したヒカリは、黒服のスーツに付いた土埃の汚れに気付き、スカートのポケットからハンカチを取り出して駈け寄る。
「いや、良いって。これくらい、何て事はない」
「でも・・・。」
「それよりもだ。思わず受け応えた俺も悪かったが・・・。考え事をしながら歩くのは良くないぞ?それと階段を昇る時は前を向いてな?」
「・・・は、はい」
しかし、黒服はヒカリを手で制してお説教を重ね、ヒカリは己の非を素直に認めて恥ずかしそうにシュンと俯いた。
「んっ・・・。じゃあ、今度は気を付けて行きなさい」
「は、はい・・・。ほ、本当に済みませんでした」
黒服は少し言葉が過ぎたかと苦笑を浮かべ、ヒカリは黒服のお許しに2度ほど頭を下げて別れを告げ、再び階段を昇り去って行く。
・・・・・・タッタッタッタッタッ!!
「ふっ・・・。全く、あのサードには勿体ないくらいの女の子だな」
視界内からヒカリが消えると、ヒカリの足音が駈け足の音に変わり、黒服は見えずとも解る恥ずかしそうに駈けるヒカリの姿に思わず頬を緩める。
「はぁぁ~~~あ・・・。交代時間まであと1時間半か・・・・・・。」
そうかと思ったら、黒服は腕時計の現在時刻を一瞥して、深い溜息混じりの紫煙を吐き出して顔を引きつらせた。


「はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。ふぅぅぅぅぅ~~~~~~・・・・・・。」
目的階の4階まで一気に駈け昇ったヒカリは、膝に両手をついて1分弱ほど呼吸を整えた後、最後に深い深呼吸をして身を起こした。
(あぁ~~、恥ずかしかった・・・。いい加減、物を考えながら口に出す癖を直さなくちゃ・・・・・・。
 それにしても、このマンションに住んでいるのって・・・。綾波さんだけじゃ無かったのね。
 でも・・・。どうして、こんなマンションに住んでいるのかしら?綾波さん・・・。もしかして、パイロットのお給料って安いのかな?)
ヒカリは辺りを見渡しつつ通路を進み、ここへ訪れる度に思う疑問を改めて思い、目的地の綾波邸前で立ち止まってインターホンへ指を伸ばす。
ちなみに、ヒカリが綾波邸へ訪れた理由は、担任の老教師から2週間後に迫った修学旅行の連絡プリントを届けるように頼まれたからである。
もっとも、ヒカリとしてはシンジへ届けたかったのだが、シンジへのプリント配達任務はトウジの強い志願によって阻まれていた。
また、アスカの場合は住居がジオフロントで完全非公開の為、ヒカリが運ぶレイのプリントの中にはアスカの分も含まれている。
カチッ、カチッ・・・。
「だけど、いい加減にインターホンくらい直せば良いのに・・・。電池を替えるだけじゃない」
だが、インターホンは幾ら押せども虚しい無音だけ返り、ヒカリはいつ来ても鳴らない綾波邸のインターホンにレイの無精さを知って顔を顰めた。
ゴン、ゴンッ・・・。ゴン、ゴンッ・・・。
「綾波さん、居るぅ~~?綾波さぁぁ~~~ん・・・って、留守かしら?」
ならばと原始的に拳で扉を叩いて呼びかけるも中から返事はなく、ヒカリは何やら妙にあっさりとレイの不在を決め込む。
「あら?郵便受けが整理されているなんて、初めてじゃないかしら?・・・でも、綾波さんの場合だと直接渡さないとダメよね。」
続いて、ヒカリは郵便受けにプリントを入れようと考えるが、郵便受けの予想外の綺麗さに驚くだけで、これまたあっさりとこの案を却下する。
「うん、そうよ。そうに決まっているわ。だったら、碇君に届けて、綾波さんに渡して貰おっと」
そして、最後に出てきたシンジからの手渡し案しかないと言わんばかりにウンウンと頷き、ヒカリがご機嫌に綾波邸から立ち去ろうとしたその時。
余談だが、連絡が3日間つかなかったからと言って、ヒカリはただ時が過ぎるのを待って手を拱いていた訳ではない。
シンジが住む葛城邸の所在を知る数少ない人物であるヒカリは、昨日と一昨日の放課後に葛城邸を訪れていたが、双方とも間が悪く留守だった。
その後、しばらくは玄関前で待っていたヒカリだったが、ご近所の目と然したる用がなかった事もあり、10分くらい待って葛城邸前から退散。
ところが、今回はプリント配達と言う大義名分がある為、例え葛城邸が留守だとしても幾らでも待つ事ができ、ヒカリに喜ぶなと言うのは酷な話。
ガチャ・・・。ギィィーーー・・・・・・。
「あっ!?」
綾波邸の扉が錆び付いた音を響かせながら開き、ヒカリは残念そうに振り返った。
「・・・なに?」
「えっ!?」
しかし、少し開いた扉の向こう側の影にトランクス1枚の姿で居るシンジを見つけ、ヒカリは顔を真っ赤に染めてビックリ仰天。
「・・・なに?」
「ご、ごめんなさいっ!!ね、寝てたのっ!!?」
するとシンジは眠そうに瞼を擦りながら苛立ち気に同じ問いを繰り返し、ヒカリは慌てて我に帰って突然の訪問をシンジへ謝罪する。
「・・・昨日、徹夜だったから」
「そ、そうなんだっ!!こ、これ、溜まっていたプリントっ!!!」
「ふぅぅ~~~ん・・・。ありがと」
それでも、シンジは大欠伸をしてご機嫌をますます傾け、ヒカリは鞄からプリントを焦り取り出してシンジへ手渡す。
「う、ううん、良いのっ!!そ、それより、寝ているところを邪魔しちゃって本当にごめんねっ!!!そ、それじゃあっ!!!!」
「・・・じゃ」
それを見届けるや否や、ヒカリは別れを告げるとシンジの応えを待たずして振り返り、綾波邸から猛ダッシュで駈け逃げる。
ギィィーーー・・・・・・。バタンッ!!
「はぁぁ~~~・・・。びっくりした。碇君ったら、いきなりあんな恰好で出てくるんだもん・・・・・・。」
一拍の間の後、綾波邸の扉が閉まると同時に立ち止まり、ヒカリが右手でドキドキと早鐘打つ胸を押さえて気持ちを静めた途端。
「・・・って、どうして、碇君が綾波さんの家に居る訳っ!?しかも、あんな恰好でっ!!?」
ヒカリは根本的で重大な疑問に気付き、目をこれ以上ないくらいに見開いてビックリ仰天。
ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴンッ!!
「碇君っ!!碇君っ!!!どうして、碇君がそこに居るのっ!!!?徹夜ってどういう意味っ!!!!?ねえ、碇君っ!!!!!!」
すぐさまヒカリは回れ右して綾波邸へ猛ダッシュで駈け戻り、綾波邸の扉を両拳で交互に叩きまくってシンジを怒鳴り呼ぶ。
ガチャ・・・。ギィィーーー・・・・・・。
「説明して、碇く・・・。」
しばらくして綾波邸の扉が再び開き、ヒカリが何かを怒鳴ろうとするよりも早く、扉の隙間より伸びたシンジの手がヒカリの腕を掴んだ次の瞬間。
「えっ!?」
バタンッ!!
綾波邸内へヒカリが引き込まれ、扉が勢い良く閉まる。
「ちょ、ちょっと、碇君っ!?んんっ!!?んんんんんっ!!!?
 んんっ・・・。んはっ・・・。い、碇君・・・。ダ、ダメ・・・。きょ、今日は体育で汗をかいているから・・・・・・・。きゃんっ!?」
一体、扉の向こう側で何が起こっているのかは全くの謎だが、シンジマジックによって、たちまちヒカリの怒鳴り声は切な気な悲鳴へと変わった。


「ふふふんふぅ~~ん♪ふふふんふぅ~~ん♪♪」
本日の真夏日を記録する炎天下で肌に張り付くブラウスが気持ち悪かったのか、バスルームからはヒカリのご機嫌なハミングが聞こえていた。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ・・・。
「ぷっはぁぁ~~~っ!!かぁぁぁ~~~~っ!!!うまいっ!!!!やっぱり、風呂上がりはこれだねぇぇぇぇ~~~~~っ!!!!!」
一方、シンジもまたお風呂に入ったらしく、先ほどとは違うトランクス1枚の姿でベットに座り、風呂上がりのビールに喉を鳴らして舌鼓中。
グシャッ!!ガコンッ・・・。
「さてと・・・。」
シンジは飲み干した500ml缶を右手の握力で潰し、ゴミ箱へ放り投げ入れると、ベットから立ち上がった。
ガラッ・・・。
「相変わらずだなぁ~~・・・。」
そして、シンジは勝手知ったるチェストの棚を開け、畳まれず無造作に入れられているレイの下着の数々に苦笑を浮かべる。
「・・・さて、どっちにしようかな」
それ等をしばらく凝視した後、シンジはオレンジ色のブラジャーを右手に、レモン色のブラジャーを左手に持って何やら首を傾げて悩み始めた。


「♪~~♪♪~~♪・・・。ようっ!!お疲れさん」
「・・・ったく、なに言ってんだ。遅刻だぞ」
サングラスに黒服の男がコンビニ袋を片手に口笛吹いて階段下から現れ、黒服が不機嫌そうに吸っていたタバコを床に叩きつけて踵で踏み潰した。
以降、双方が黒服にサングラスで紛らわしい為、最初から踊り場に居た方を黒服、後から踊り場に現れた方をサングラスとする。
「何だよ・・・。10分くらいでカリカリするなって」
「10分もだっ!!お前だって解るだろ?この任務の虚しさが・・・。」
「・・・まあな」
手痛い出迎えに肩を竦めるが、黒服に疲れ切った溜息混じりの同意を求められ、サングラスが遅刻の詫びを込めて溜息混じりの返事を返す。
「まあ、今に始まった事じゃないが・・・。いい加減、葛城三佐も訳の解らない指示は止めて欲しいよな」
「・・・全くだ。まあ、葛城三佐の気持ちも解らないでもないがな・・・・・・。」
「ああ、アレか?葛城三佐とサードが実はデキているって言う」
「そうとしか、考えられんだろ。この任務は明らかにサードの浮気防止任務だぞ?」
「確かに・・・。日頃、発作的に出る指示もサードの浮気調査だしな」
「「はぁぁ~~~・・・。こんな事をする為にネルフへ入った訳じゃないんだがな・・・・・・。」」
そして、黒服とサングラスは何度も溜息をついてミサトへの愚痴を交わし合った後、顔を見合わせて深い溜息をつきながらガックリと項垂れた。
実を言うと、既にお気づきかも知れないが、この2人はサードチルドレンガード班の保安部員である。
ミサトは今回の作戦にあたり、自分が四六時中ずっと自宅に居る訳にもいかず、シンジとレイとアスカを一緒に居させる事を危険視した。
そこで作戦開始前にあった一波乱からヒントを得て、シンジを作戦中に限り綾波邸へ引っ越しさせ、24時間体制で監視、護衛、監禁を決行。
しかも、シンジの携帯電話の番号を勝手に変え、外部との連絡を取れぬ様にしたのである。
その上、夜陰に紛れて逃亡の危険性が最もある夜は、作戦部長の強権で初号機連動実験を連日徹夜のスケジュールで組み込む徹底ぶり。
無論、その際は実験にマヤを極力参加させない様にリツコへ頼んであるのは言うまでもない。
「まっ・・・。じゃあ、そう言う事で帰るわ。俺・・・・・・と、そうそう、1時間半前くらいから特別対象者が来ているぞ」
「おう、解った。・・・また明日な」
2人の間にやりきれない沈黙が1分ほど流れ、黒服が項垂れたまま手を力無くヒラヒラと振り、申し送りの連絡事項を残して階段を降りて行く。
「やれやれ・・・。こっちの気も知らないでサードもお気楽だよな」
カシャ、カシャ・・・。
その疲れ切った背中を見送った後、サングラスがシンジに悪態をつきながら、くわえた煙草にライターで火を点けようとしたその時。
「こんにちわ♪」
「っ!?・・・こ、こんにちわ」
不意にメゾソプラノの声が間近で響いて反射的に顔を上げ、サングラスは忽然と目の前に現れたロングヘアーで眼鏡をかけた少女にビックリ仰天。
ちなみに、眼鏡の少女の服装はその後ろに控えているヒカリと同じ第壱中女子制服姿。
「お仕事、ご苦労様♪はい、差し入れです♪♪」
「あ、ああ・・・。あ、ありがとう・・・・・・。」
間一髪を入れず、眼鏡の少女はニッコリ笑顔で強壮ドリンクを差し出し、サングラスは驚きに戸惑いを重ねて思わず強壮ドリンクを受け取る。
「それじゃあ♪・・・ねっ!?大丈夫だったでしょ♪♪」
「うん・・・。でも、何か悔しいんだけど・・・・・・。」
「えっ!?・・・どうして?」
「だって、私より可愛いんだもん」
「あはは♪なに言ってるの。ヒカリだって可愛いよ♪♪」
「・・・そ、そう?」
眼鏡の少女はサングラスの反応にクスクスと笑いながら、ヒカリの手を引っ張って促し、2人は愉快そうに階段を駈け降りて行った。
「初めて見る娘だな・・・。サードの新しい彼女か?」
次第に遠ざかって行く2人のキャイキャイと騒ぐ声を聞きながら、サングラスが記憶にない見知らぬ眼鏡の少女に首を傾げた一拍の間の後。
(・・・って、待てっ!?そうなると、サードはあの娘達と3人で・・・・・・なのかっ!!?
 いや、そうとしか考えられん。なにせ、あのサードだからな・・・。くっそぉぉ~~~っ!!中学生なら中学生らしい交際をしろよなっ!!!
 俺なんて、俺なんて、俺なんてっ!!お前のおかげで仕事が忙しく、デートをすっぽかしてフラれたばっかりだっつうのにぃぃ~~~っ!!!)
ふと脳裏にシンジとヒカリと眼鏡の少女の3人の妖しい全くの謎の関係が浮かび、サングラスはシンジへ何やら嫉妬の炎を轟々と燃やし始める。
「こうなったら、意地でもここを通してやらんぞっ!!ああ、泣いて頼んだって無駄だっ!!!」
カシャ、シャコンッ!!ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ・・・。
そして、貰ったばかりの強壮ドリンクを早速開けて一気に飲み干し、サングラスは今さっきまでは皆無だった任務意欲をも轟々と燃やし始めた。


「なんで、わしがシンジなんぞにプリントを届けなあかんねん」
葛城邸があるマンションのエレベーター内、上昇する階数表示をぼんやりと眺めながら、トウジが深い溜息混じりに誰ともなく問い呟いた。
「なんでって、トウジが自分で志願したからだろ?」
「そら、そうやけど・・・。」
プリント配達を強引に同行させられたケンスケは、トウジ以上の深い溜息をついて諭すが、トウジは納得がいかず尚も深い溜息をつく。
「・・・なあ、トウジ。いい加減、委員長の事は諦めろって・・・。」
「な、なに言うとんねんっ!!わ、わしは別に委員長の事なんぞ・・・。」
ケンスケは呆れに呆れて苦笑を浮かべ、トウジがケンスケの言葉にギョギョッと驚き、否定を怒鳴り叫ぼうとしたその時。
チィィ~~~ン♪ウィィーーーン・・・。
「おっ!?着いた、着いた・・・って、何やってんだ?降りないのか?」
エレベーターがトウジの怒鳴り声を遮って到着のチャイムを鳴らして扉を開かせ、ケンスケがトウジを放ってさっさとエレベーターから降りる。
「わ、解っとるわいっ!!」
チィィ~~~ン♪
気勢を制されて口をパクパクと開閉させた後、トウジが大股でエレベーターから降りると共に、隣のエレベーターが到着のチャイムを鳴らす。
ウィィーーーン・・・。
「イ、イインチョっ!?なんで、イインチョがここに居るねんっ!!?」
一拍の間の後、隣のエレベーターの扉が開き、その中から降りてきたヒカリを見るなり、トウジはヒカリを指さして怒鳴り声をあげた。
「何よっ!!私が居ちゃ悪い訳っ!!?」
「い、いや・・・。そ、それは・・・。そ、その・・・・・・。」
だが、眉を吊り上げたヒカリに3倍の怒鳴り声を返され、トウジはたちまち言葉に詰まって意気消沈。
「まあまあ、2人とも落ち着けよ。・・・それより、その娘は誰なんだ?委員長」
ケンスケはそんな2人に苦笑を浮かべて宥めながら、ヒカリに続いてエレベーターから降りてきた見知らぬ眼鏡の少女の紹介をヒカリへ求めた。
「えっ!?えっ!!?えっ!!!?えっ!!!!?えっ!!!!!?」
「初めまして、ヒカリと従姉妹の長門ハルナです♪今日、第二からこの街へ引っ越してきました♪♪」
その要望に何やら焦って言葉を詰まらせ、ヒカリがケンスケと眼鏡の少女に視線を交互に向けていると、眼鏡の少女がニッコリ笑顔で自己紹介。
「・・・ねっ!?ヒカリ♪」
「そ、そうなのよっ!!そ、それでうちの学校へ転校してきてねっ!!!い、今も綾波さんの家へ行くがてら、街を案内していたのよっ!!!!」
ハルナは続けざまにヒカリへ意味深なウインクを投げ、ヒカリはハルナの後を慌てて追う様に追加情報をハルナの自己紹介に加える。
「(これは・・・。売れる、売れるぞっ!!惣流に続く大ヒットは間違いないよっ!!!)俺はケンスケ。相田ケンスケ。長門さん、よろしくね」
「はい♪こちらこそ、よろしく♪♪」
ヒカリの態度を怪訝に思いながらも、ハルナの高い美少女レベルとその魅力的な笑顔に商魂をメラメラと燃やし、ケンスケは自己紹介を返す。
「ところで、何年生のどのクラス?」
「2年です♪えっと・・・。2年A組だったけ?ヒカリのクラスって?」
「なんだ、俺達と同じクラスじゃないか」
「えっ!?そうなんですか?」
「ああ、俺もだが、こっちに居る・・・って、トウジ、どうしたんだ?」
そして、ケンスケは更なる追加情報を早速尋ね、ハルナが同じクラスだと知って喜び、ふとトウジへ視線を向けて怪訝そうに首を傾げた。
何故ならば、トウジは呆けた様に口をポカ~ンと開けて固まり、瞬きするのも忘れて目を見開かせ、ただただハルナを凝視していたからである。
「はっ!?わ、わしは・・・。いえ、僕は鈴原トウジ、言いますねんっ!!!長門さん、よろしゅう頼んますっ!!!!」
突如、トウジはシャッキーンッと直立不動になったかと思ったら、いきなり怒鳴る様な凄まじい大声で自己紹介。
「うん、よろしくね♪トウジ♪♪」
「・・・えっ!?」
受けてハルナはニッコリ笑顔を返すが、トウジはハルナが自分を呼び捨てた事に驚いて目を丸くした。
「あっ!?・・・ごめん。馴れ馴れしかったよね」
「い、いいえっ!!そ、そんな事ありまへんっ!!!
 ぼ、僕の事はトウジでも、ジャージでも、関西弁でも、大食らいでも、何でも、長門さんの好きな様に呼んで下さいっ!!」
ハルナはトウジの反応に目をハッと見開いて手で口を押さえた後、悲しそうに顔を俯かせ、慌ててトウジが首を左右にブルブルと振りまくる。
「ありがとう♪・・・トウジ君って、面白い人だね♪♪」
「そ、そうでっか?」
するとハルナは改めてニッコリと微笑みながら嬉しそうに顔を上げ、トウジへ友好の握手を求めて右手を差し出す。
「うん♪じゃあ、僕の事もハルナって呼んでね♪♪」
「は、はいっ!!ハ、ハルナさんっ!!!(わ、我が生涯に一片の悔いなぁぁぁぁぁ~~~~~~しっ!!!!)」
トウジは右手をジャージで擦り拭った後にハルナの握手に応え、ハルナの右手の柔らかさに感動して心の中で号泣をあげた。


「なあ、ケンスケっ!?どや、どやっ!!?お前の目から見て、どう思うっ!!!?」
葛城邸へは女性陣を先行させ、トウジとケンスケは壁角で身を寄せ合い、顔を寄せ合って何やら小声でヒソヒソと密談中。
「ん~~~、判断に苦しむところだが・・・。あの感じからすると、長門さんのトウジに対する印象は悪くないと思うぜ?
 思い出しても見ろよ?夏休みに行った海の時の事を・・・。あの時なんか、声をかけただけで無視された事が何度もあったもんな」
「そか、そかっ!!そやなっ!!!わしもそうやないかと思っていたんやっ!!!!」
ケンスケはトウジの問いに腕を組んで考え込み、トウジはケンスケのハルナ評に喜色満面で鼻息をフンフンとまき散らす。
「しっかし・・・。トウジが一目惚れするなんてねぇぇ~~~?」
「からかうなやっ!!わしは本気やでっ!!!何ちゅうか、こう・・・。ハルナさんを見た時、胸にズッキューーンッと来たんやっ!!!!」
ケンスケは顔にかかるトウジの鼻息から迷惑そうに顔を引くが、トウジは早鐘打ちまくる胸を押さえ掴みつつケンスケの後を追って顔を寄せる。
「・・・何がズッキューーンだよ。でも、まあ・・・。これでトウジも委員長を諦める事が出来るだろ?」
その解り易すぎる反応に呆れを混ぜて苦笑した後、ケンスケは表情を真剣な物へと変え、トウジの肩へ手を置きながら問いた。
「せやな・・・。お前にも色々と迷惑かけてしもうたな。すまん・・・・・・。」
「良いって、良いって。その自覚があるだけで報われたって感じだ。・・・で、それよりもだ」
トウジもその問いに表情を真剣な物へと変え、ケンスケは頭を下げるトウジに再び苦笑するも、すぐに真剣さを表情に取り戻して言葉を繋ぐ。
「はっきり言って、スピードが勝負だぞ?トウジに与えられた時間はせいぜい3日と言ったところだ」
「・・・何の事や?」
「解らないのか?シンジの事だよ・・・。彼女、あれだけ可愛いんだ。あのシンジが絶対に放っておくはずがないだろ?」
しかし、トウジはケンスケの言葉の意味が解らず怪訝顔を浮かべ、ケンスケは幸せで周りが見えていないトウジに溜息混じりの警告を与えた。
「せ、せやな・・・。」
「・・・だろ?」
瞬く間に幸せと余裕を無くして汗をダラダラと流し始め、トウジが目をハッと見開きながら葛城邸の方へ勢い良く振り返ったその時。
ピンポォォ~~~ン♪
「・・・って、あかぁぁぁぁぁ~~~~~~んっ!!」
ヒカリが葛城邸のインターホンを押し鳴らし、慌ててトウジはシンジとハルナを会わせてなるものかと葛城邸前へ猛ダッシュ。
「・・・な、何よ。い、いきなり・・・・・・。」
「ハルナさん、あかんっ!!この家は魔窟やっ!!!早う逃げなっ!!!!シンジちゅう悪魔が住んどるんですっ!!!!!」
トウジの大声に驚き、ヒカリがインターホンを押した体勢のまま目を丸くして問うが、トウジはヒカリを無視してハルナの手を取って引っ張る。
「へぇぇ~~~・・・。」
「ちょっと、鈴原っ!!碇君に何て事を言うのっ!!!謝りなさいよっ!!!!」
「へぇぇ~~~・・・やあらへんっ!!冗談やないでっ!!!ハルナさん、早う逃げなっ!!!!早う、早うっ!!!!!」
だが、ハルナはクスクスとだけ笑い、ヒカリがトウジの無礼に憤って怒鳴り、トウジが更にヒカリを無視してハルナを引っ張った次の瞬間。
プシューー・・・。
「ひぃっ!?す、すまんっ!!!シ、シンジっ!!!!つ、つい、本音がポロッと出てしもうたんやっ!!!!!」
葛城邸の玄関の扉が開き、焦ったトウジは慌てて3歩下がり、玄関先へ現れた人物に対して何度もペコペコと土下座。
「トウジ、格好悪いぞ・・・。それに良く見てみろよ」
「あっ!?い、いや、本音ちゅうのは失言で・・・って、何や、惣流かいな。脅かすなや」
遅まきながら葛城邸前へ来たケンスケはその醜態に溜息をつき、トウジはケンスケの言葉に顔を上げ、そこにあった人物の顔に安堵の溜息をつく。
「紛らわしいちゅうねん。わしが何でお前なんぞに頭を下げなあかんねん」
「あんた、馬鹿ぁ~~?あんたが勝手に下げただけじゃない。・・・そんな事より、揃いも揃ってどうしたの?ヒカリ」
そして、トウジは立ち上がると、取り繕うかの様に腕を組んでふん反り返り、アスカはトウジを蔑んだ後、ヒカリへ不思議顔を向けた。
「うん、修学旅行のプリントを届けに来たんだけど・・・・・・。綾波さんは?」
「レイなら奥に居るけど?・・・レぇぇ~~~イ、ヒカリが呼んでるわよっ!!」
応えてヒカリは何やらハルナとお互いに小声で耳打ち合い、アスカがその様子を怪訝に思いながらヒカリの要望に応えてレイを呼ぶ。
余談だが、初対面時こそ一悶着のあったアスカとヒカリだったが、とある些細なきっかけを機に今ではすっかり友人同士になっていた。
但し、その関係はあくまで友達同士止まりであり、アスカがシンジの悪口を言うのを止めない限り、2人は決して親友同士にはなれないであろう。
「ところで、そっちの馬鹿2人は解るけど・・・。そいつ、誰?」
「こら、惣流っ!!それが人に物を聞く態度かっ!!!ハルナさんに失礼やろがっ!!!!」
葛城邸内から顔を戻したアスカは、ふとヒカリ達と混ざる見知らぬ顔に気付いてハルナを指さし、トウジがアスカの無礼な態度に憤って怒鳴る。
「何?・・・っ!!?」
クンクン・・・。クンクン・・・。
「え、えっと・・・。な、何かな?」
「・・・って、綾波ぃぃ~~~っ!!お前もじゃぁぁぁ~~~~っ!!!」
その上、玄関先に現れたレイがハルナを見るなり、いきなりハルナへ顔を近づけて鼻を鳴らし始め、トウジはますます憤って怒髪天。
ちなみに、レイとアスカは黒のレオタードに黒のスパッツを履き、音符マークの入ったレイは水色地、アスカはピンク地のカットオフTシャツ姿。
「・・・解ったわ」
「おい、こらっ!!待たんかいっ!!!わしの話はまだ終わってへんでっ!!!!綾波っ!!!!!」
するとレイは何やら頬をポッと紅く染めて足早に葛城邸内へ戻って行き、トウジが逃げるレイの背中へ怒鳴り声の追撃を浴びせる。
「トウジ君、落ち着いて、落ち着いて・・・。僕は気にしていないからさ・・・。ねっ!?」
「まあ、ハルナさんがそう言うなら・・・。しかし、アレやなっ!!エヴァのパイロットちゅうのは変わりもんばっかやなっ!!!」
ハルナはそんなトウジを苦笑しながら宥め、トウジは怒りを収めようとするも収まりきれずアスカへ毒舌を吐き捨てた。
「なんですってぇぇ~~~っ!!年がら年中、ジャージを着ている変わり者に言われたかないわよっ!!!」
「なんやとっ!!もういっぺん言うてみいっ!!!お前にはジャージの素晴らしさが解らへんのかっ!!!!」
「そんなの解りたかないわよっ!!大体、レイやシンジはともかく、あたしまであんな奴等と一緒にしないでよねっ!!!」
アスカは憤って怒鳴り返し、トウジも売り言葉に買い言葉で怒鳴り返し、たちまち不毛な言い争いに発展。
「あらぁ~~ん♪賑やかねぇぇ~~~♪♪・・・でも、ご近所迷惑だから、取りあえず家に上がったら?」
そこへ例によって日向へ残業を押し付けて定時で帰宅したミサトが現れ、いつになくご機嫌な笑顔を皆へ見せながらアスカとトウジを諫めた。


「ハルナさん、趣味は何でっか?」
「ん~~~・・・。お料理かな?」
「そりゃ奇遇ですな。実を言うと・・・。わしは食べる方が趣味なんですわ。わっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!」
「あはは♪もう、トウジ君ったら♪♪」
戦々恐々の思いで葛城邸へ上がったトウジだったが、葛城邸にシンジが不在と知り、今やハルナと共に談笑が出来て幸せ一杯の気分だった。
ちなみに、どれくらい幸せなのかと言えば、皆が囲むリビングのテーブルの上にはレイとアスカがお昼にデリバリーで頼んだピザの残りがある。
無論、随分と時間が経っている為、ピザはとっくに冷え切って美味しくはないのだが、食欲魔人のトウジならその程度の事は気にしないところ。
ところが、幸せ一杯のトウジはピザに手を付けるどころか、ハルナと話すのに夢中でピザなど全く眼中にない様子。
「ねえ、ヒカリ・・・。今のって、何処が面白い訳?」
「えっ!?あっ!!?う、うん、そうだね・・・。ぷっぷっ!!!!」
そんな2人を白けた目で眺めつつ、アスカは俯いて肩を震わせているヒカリへ尋ねるが、ヒカリは笑いを必死に堪えるだけで多くを語らない。
「ところで、葛城さん・・・。そのユニゾンとやらの方は上手くいっているんですか?」
ケンスケはヒカリの様子を怪訝に思いながらも、アスカと同意見を持ってリビングの雰囲気を変えるべく話題転換を試みた。
「それがねぇ~~・・・って、あら?そう言えば、レイは何処へ行ったの?アスカ」
冷え切ったピザをつまみにビールを飲んでいたミサトは、ケンスケの問いに初めてレイがこの場に居ない事を気付いてアスカへ尋ねる。
「レイなら、さっき部屋の方に・・・。」
ガラッ!!
応えてアスカがリビング奥へ顔を向けると共に、シンジの部屋の襖が勢い良く開き、同時にトウジの幸せは今正に終焉を迎えようとしていた。
「碇君っ!!」
「「「「「「(レイ、綾波、綾波さん)っ!?」」」」」」
レイは何を思ったのか、男子制服姿でリビングへ駈け現れ、リビングにいる全員がビックリ仰天。
「碇君っ!!碇君っ!!!碇くふぅ~~んっ!!!!」
「うわっ!?」
だが、レイは皆の様子など目もくれず、視線をハルナへターゲットロックすると、駈け飛び抱きついてハルナを床へ押し倒した。
「これであの本に書いてあった通りっ!!碇君は私で、私は碇君っ!!!だから、問題ないわっ!!!!」
「ちょ、ちょっと・・・。あははははははははは♪」
レイはそのままハルナの胸に顔を埋めて猛烈な頬ずりを始め、ハルナがくすぐったさに笑い声をあげて悶え苦しむ。
余談だが、レイの言葉にある『あの本』とはどんな本かは全くの謎だが、それは例によって黒いカバーの文庫本である。
また、タイトルは『生徒会室の倒錯愛』と言い、レイは購入後に無駄買いしたと思っていたが、今では買っておいて良かったと本当に喜んでいた。
「綾波っ!!何しとんねんっ!!!」
「綾波さんっ!!何やってるのよっ!!!」
即座にトウジとヒカリが立ち上がり、レイとハルナを引き剥がすべく2人を起こし、トウジはレイを、ヒカリはハルナの腰を引っ張り合う。
「ケンスケ、何しとんねんっ!!手伝えやっ!!!」
「碇君っ!!碇君っ!!!碇くふぅ~~んっ!!!!」
「アスカ、お願いっ!!手伝ってっ!!!」
「あははははははははは♪」
「「「・・・シンジ(君)?」」」
それでも、レイの抱擁力はなかなか強くて引き剥がせず、トウジとヒカリは応援を要請するが、残る3人はレイの言葉に疑問を感じて怪訝顔。
「イインチョっ!!1、2の3で行くでっ!!!」
「ええ、解ったわっ!!!」
「1、2の・・・。」
「「3っ!!」」
するとトウジとヒカリは未だかつてない強固な団結力を見せ、お互いにタイミングを計ってフルパワー全開。
「あっ!?碇君っ!!?」「うわっ!?」
ドッシィィーーーンッ!!
その甲斐あってか、レイとハルナを引き剥がすのに成功したトウジとヒカリは、勢い余ってお互いに双方の後方へ勢い良く吹き飛び尻餅をついた。
ドスッ!!
「・・・痛い」
「ハルナさん、大丈夫でっか・・・って、な゛っ!?」
すぐさま上に乗るレイを邪魔だと言わんばかりに投げ放り捨てて立ち上がり、トウジはハルナへ駈け寄ろうとしてビックリ仰天。
「あ痛たたたた・・・。ヒカリ、大丈夫?」
「「「え゛っ!?」」」
続いて、身を起こしたハルナがお尻をさすりながら立ち上がると共に、アスカとミサトとケンスケもビックリ仰天。
何故ならば、ハルナの頭はロングヘアーから一瞬にして短髪へ変わり、その足下にはロングヘアーと思しき髪の毛の束が落ちていたからである。
「うん、大丈夫・・・って、碇君っ!?頭、頭っ!!?」
「んっ!?・・・あっ!!?」
ヒカリは後頭部をさすりつつ身を起こし、ハルナを見るなり目をハッと見開き、ハルナもヒカリの言葉に頭へ手をやって目をハッと見開いた。
「フフ・・・。遂にバレてしまった様だね。まあ、綾波は最初から気付いていたみたいだけど」
「・・・絆だから」
一拍の間の後、ハルナはクスクスと笑いながら眼鏡を外してシンジへと変わり、レイはシンジの誉め言葉に頬をポッと紅く嬉しそうに染める。
「あ、あんたって・・・。そ、そういう趣味がある訳?」
「違う、違う。必要に迫られてだよ。・・・なにせ、あの監禁生活じゃ息が詰まるからね。ちょっと自由を満喫したくなったのさ」
いち早く我に帰ったアスカが茫然と尋ね、シンジは苦笑で応えた後、ミサトへ意地の悪そうなニヤリ笑いを向けた。
「あ、あれは・・・。し、仕方ないのよ。ぼ、某国の工作員がシンジ君を狙っているって情報が入ってね。・・・そ、それでなのよ」
ミサトは体をビクッと震わせて慌てて我に帰り、シンジの嫌味に汗をダラダラと流しながら必死に弁解を試みる。
「なぁ~~にが、某国の工作員ですか・・・。まあ、確かに某国ですから、日本も含まれていますけどね」
「う゛っ・・・。」
しかし、シンジはミサトの嘘をあっさりと見破って何やら意味ありげな視線をレイへ向け、やれやれと深い溜息をついて肩を竦めた。
「そんな事より、父さんが気付いていないから良い様なもの・・・。
 これは立派な偽証罪と私的運用の背任罪ですよ?・・・まあ、今回だけは正式な書類が出ているから大人しく従ってあげていますけどね」
「・・・あ、ありがとう。う、嬉しいわ・・・。シ、シンジ君・・・・・・。」
シンジの更なる嫌味に何も言い返せず言葉に詰まった上、ミサトが有り難いお言葉に顔をひくつかせ、場を誤魔化す様にビールを呷ったその時。
ドスッ・・・。
「おやおや、どうしたんだい?トウジ」
(・・・お、鬼だ)
トウジがその場へ力無く膝を折り、シンジは不思議顔を浮かべ、ケンスケは答えが解っていながら問うシンジに大粒の汗をタラ~リと流した。


ププーー、ビィィッ!!ププーー、パパーー、ペポーー、ビィィッ!!!
ヘッドホンから流れる音楽に合わせ、お互いのツイスターゲームのシートの上で踊るレイとアスカ。
ちなみに、本来ツイスターゲームとはお酒の席で酔った男女が1枚のシートで踊り合い、触れ合う体にキャーキャーと騒ぎながら楽しむ物である。
但し、ここで使用されているシートはネルフが改良を施した物であり、ユニゾン訓練であるダンスの体運びが解りやすい様に次の足場が光る代物。
また、お互いの体運びのタイミングが正解ならユニゾン判定機が間延びした音を鳴らし、不正解なら短いブザー音を鳴らす仕組みとなっている。
ピパーー、プパーー、パプーー、ボピーー、ペパーー・・・。ビィィィィィッ!!
「「「「はぁぁぁぁぁ~~~~~~・・・。」」」」
ダンスが終わると共にブザーが鳴り、2人の間にある電光掲示板が『78%』と表示し、リビングにいる全員が揃って肩を落としつつ溜息をつく。
この数字はユニゾン一致率を表しており、訓練開始より既に3日が経ったと言うのに2人のユニゾン一致率を未だ80%を越した事がなかった。
しかも、その下には『レベル1』の表示があり、これは現在踊っていたダンス難易度を表し、レベル5まである難易度の中の最低レベル。
この難易度はユニゾン一致率が高まると共に高まり、高くなる毎にダンステンポが不意に上がったり、体運びにアドリブが混ざる様になっていた。
これは今回の作戦目的が完璧なユニゾンであって、完璧なダンスではない為、いかなるイレギュラーにも対応を出来る様にと考案された物である。
カシャンッ!!
「当ったり前じゃないっ!!大体、この鈍くさいレイに合わせろって言うのが無理な話なのよっ!!!」
皆の態度とユニゾンが上手くいかない事に苛立ってヘッドホンを床に叩きつけ、アスカが皆へ怒鳴りつつレイを勢い良くビシッと指さす。
「なら・・・。止めとく?」
「・・・他に人、居ないんでしょ?」
ミサトはビールを一口飲みながらアスカへ冷ややかな視線を向けるが、アスカは強気にニヤリと笑い返した後、シンジへ鼻で笑って肩を竦めた。
「はぁぁ~~~・・・。シンジ君、出来るかしら?」
「愚問ですね。この程度、見ているだけで覚えましたよ」
「・・・えっ!?」
ならばとミサトはビール缶をテーブルに置いてシンジを促し、アスカは思っても見なかった展開に驚いて目を見開く。
「じゃ、アスカと代わってみてくれる?」
「良いでしょう・・・。アスカ、君の何が悪いかを見せてあげるよ」
「・・・えっ!?」
しかも、レイではなく自分への交代を告げられた上、シンジにユニゾンの欠点が自分にあるとも告げられ、アスカは驚きに戸惑いを重ねる。
「それじゃあ、始めようか?綾波」
「ええ・・・。」
シンジはヘッドホンを拾って装着すると、茫然と立ち竦んでいるアスカを退け、両手と片膝をシートについてダンス初期体勢を取るも束の間。
「・・・っと、その前にちょっと準備するから待ってて」
「準備?」
すぐに立ち上がってしまい、シンジは何やら違和感に首を傾げると、肩すかしを喰らって残念そうにするレイを余所に座っていた席へ戻る。
「そう、準備・・・・・・。うん♪これで良し♪♪」
そして、シンジは何を思ったのか、再びカツラと眼鏡を着けてハルナへと大変身を遂げ、皆へニッコリ笑顔で微笑んだ。
(((・・・ほ、本当に同一人物?)))
(い、碇君・・・。わ、私の為に・・・・・・。も、問題ないわ。あ、あの本にも、人目は最高スパイスって書いてあったもの)
その見事なくらいの変身ぶりに、ミサトとケンスケとヒカリは我が目を疑って思わず目を擦り、レイは何やら期待に頬をポポポッと紅く染める。
余談だが、この見事すぎる変身ぶりはミサトによって保安部へ後に伝えられ、特にサードチルドレンガード班の面々を驚かせた。
その結果、只でさえ護衛任務がシンジに攪乱されまくりのサードチルドレンガード班が、より攪乱される様になったのは言うまでもない。
何故ならば、どうしてもシンジが男と言う先入観念がある為、例え目の前を女装のシンジが通り過ぎても疑う事を知らず通してしまうからである。
実際、綾波邸周辺に潜んでいた保安部員達の監視網を全く避ける事なく、シンジが大腕を振ってヒカリと共に葛城邸へ来れた事がその証拠。
「トウジ君、トウジ君・・・。起きて、トウジ君・・・。ほら、しっかりして・・・・・・。」
「っ!?・・・わ、わしは一体?」
ハルナはレイの元へは戻らず、リビング角隅で体育座りをして虚ろな目を漂わすトウジの元へ向かい、トウジの肩を揺すって意識の覚醒を促した。
「ちゃちゃぁ~~ん♪ちゃららちゃちゃぁ~~ん♪♪」
「・・・・・・ハ、ハルナさん?」
するとハルナは『タブー』のメロディーを口ずさみつつ妖しく官能的に踊り始め、トウジは勿論の事、リビングの全員が思わず茫然と目が点。
「うっふぅ~~ん♪ちょっとだけよぉぉ~~~♪♪」
「・・・ハ、ハルナさん?」
そんなリビングの様子など気にせず、ハルナは踊りながら背中へ両手を回した後、左腕を畳んでブラウスの左袖からレモン色の紐を取り出した。
「トウジ君も好きねぇ~~♪」
「あ、あかんっ!!あ、あかんで、ハルナさんっ!!!お、おなごが人前でそないな事をしたらあかんっ!!!!」
続いて、ハルナは右袖からも同じ様にレモン色の紐を取り出し、その紐の正体が何なのかが解ったトウジが慌てて我に帰って制止を叫ぶ。
「ダメ、ダメ♪焦っちゃダメ♪♪」
「ハ、ハルナさんっ!?」
しかし、ハルナはトウジの制止を聞き入れず、紐を引っ張って右袖からレモン色のブラジャーを取り出し、トウジが驚愕に目を見開いた次の瞬間。
「・・・ハルナ?トウジ、なに言ってるのさ。僕はシンジだよ。シ・ン・ジ」
「ぐはっ!?」
バタッ・・・。
ハルナは眼鏡とカツラを素早く外してシンジに戻り、トウジは興奮していた相手がシンジと解るや否や、体を限界まで仰け反らせて床へ轟沈した。
「・・・あぐっ!?・・・あぐっ!!?・・・あぐっ!!!?・・・あぐっ!!!!?・・・あぐっ!!!!!?」
「ト、トウジぃぃ~~~っ!?し、しっかりしろぉぉぉ~~~~っ!!?」
その上、白目を剥いたトウジは一定間隔で体をビクビクッと痙攣させ始め、ケンスケがトウジの安否を気づかって慌てて駈け寄る。
「あっはっはっはっはっ!!・・・予想以上の効果だね。これは使えるよ。くっくっくっくっくっ・・・・・・。」
(・・・あ、悪魔めぇぇ~~~っ!!)
シンジはその様にお腹をかかえて高笑いをあげ、ケンスケはトウジを抱き抱え起こしながら心の中でシンジへの呪詛を飛ばす。
(な、何なのよ。あ、あんた・・・。)
(・・・て、手慣れているわ)
(ど、どうして・・・。お、男の子の碇君がそんな外し方を知っているの?)
一方、アスカとミサトとヒカリはまず男性では知り得ないはずのブラジャーの外し方を知っているシンジに顔を引きつらせた。
(・・・碇君、凄い)
そんな女性陣の中で唯1人、レイだけはシンジへ尊敬の眼差しを向け、自分の知らないブラジャーの外し方を知っているシンジに大感動。
「はい、これ・・・。踊るにはちょっと邪魔だから返すね」
しばらくして、笑いが収まったシンジは瞼に溜まった涙を拭い、カツラと眼鏡をテーブルの上に置くと、外したブラジャーをレイへ差し出した。
「・・・?・・・・・・こ、これっ!?わ、私のっ!!?」
一瞬だけシンジの行動が解らず困惑顔になるが、レイは差し出されたブラジャーが自分の物だと解るなり引ったくり取ってビックリ仰天。
「あれ?制服も綾波のなんだけど気付かなかった?・・・・・・あとこれも」
「ぷっ!?あんたって、こんなのを入れているの・・・って、げっ!!?」
更にシンジはブラウスの中から胸パットを取り出し、アスカはレイの胸が上げ底だと知って吹き出すも、レイへ視線を向けて顔を引きつらせた。
クンクン・・・。クンクン・・・。
「碇君の匂いがする・・・。碇くふぅ~~ん・・・・・・。」
スパァァーーーンッ!!
「自分の下着に欲情しているんじゃないっ!!」
レイはブラジャーのカップへ鼻を埋めて鳴らしつつ、恍惚の表情で頬をポポポポポッと紅く染め、ミサトがレイの後頭部へスリッパの一撃を放つ。
「・・・痛い」
「ほら、さっさとユニゾンを始めなさいっ!!」
後頭部を押さえながらレイはミサトを恨めし気な目で睨むが、ミサトは全く意に介せず怒鳴ってツイスターゲームのシートをビシッと指さす。
「碇君・・・。こっちはどうなっているの?」
「フフ、本格派趣向の僕もそっちはさすがに窮屈だったからね。・・・残念ながら無理だったのさ」
だが、レイもまた全く意に介せず、好奇心に促されるまま体を捻ってしゃがみ、大胆にもシンジのスカートを少し捲って下から中身を覗き込む。
スパァァーーーンッ!!
「ユニゾン、始めろって言ってるでしょっ!!レイっ!!!」
「・・・いひゃい」
即座にミサトがレイの顔面へスリッパの一撃を放ち、レイは痛む鼻っ面を押さえながら、ちょっぴり涙目の恨めし気な目でミサトを睨んだ。


ポポーー、ピパーー、プパーー、パプーー、ボピーー、プパーー・・・。
アスカに代わり、お互いのツイスターゲームのシートの上で踊るシンジとレイ。
ププーー、ピプーー、バピーー、ボボーー、ペパーー・・・。ピンポンピンポーーンッ♪
「「「おおっ・・・。」」」
その見事なユニゾンぶりに判定機は『96%』のスコアを叩き出してチャイムを鳴らし、ミサトとケンスケとヒカリが思わず感嘆の溜息をつく。
しかも、シンジとレイは初めて踊ったにも関わらず、ダンス難易度表示は『レベル3』でレイとアスカのペア時とは比べ物にならない高得点。
「・・・これは初号機の修理を急がせて、作戦を変更した方が良いかも知れないわね」
「えっ!?」
ミサトが予想以上のユニゾンぶりに思わず本音をポロリと呟き漏らし、2人のユニゾンを茫然と立ったまま眺めていたアスカが驚愕に目を見開く。
「碇君・・・。私、どうだった?」
「うん、なかなか良かったよ」
「綾波さん、聞き方が卑猥よっ!!」
「・・・あぐっ!?・・・あぐっ!!?・・・あぐっ!!!?・・・あぐっ!!!!?・・・あぐっ!!!!!?」
「うおっ!?また始まったっ!!?」
そして、まるで用済みと言わんばかりにアスカの事など気にしないリビングの面々に、アスカは耐えきれなくなってリビングから駈け逃げ出す。
「もう、嫌っ!!やってられないわっ!!!」
「おっと・・・。待つんだ」
「何よっ!!」
「ここで逃げられたら意味がない。せめて、僕と一緒に踊ってからにしてくれないか?」
しかし、シンジがそれを事前に察知していたかの様に追いかけ、両手を左右に大きく広げてアスカの行く手を阻んだ。


パパーー、ペポーー、ポポーー、ピパーー、プパーー、パプーー・・・。
今度はレイに代わり、お互いのツイスターゲームのシートの上で踊るシンジとアスカ。
ププーー、ピプーー、バピーー、ボボーー、ペパーー・・・。ピンポンピンポーーンッ♪
「「「へぇ~~・・・。」」」
なかなかのユニゾンぶりに判定機は『89%』のスコアを叩き出してチャイムを鳴らし、ミサトとケンスケとヒカリが思わず感嘆の溜息をつく。
但し、ダンス難易度は『レベル2』と表示されており、シンジとレイのペア時に比べるとスコアもレベルも低い。
「・・・う、嘘っ!?」
ダンスが終わるや否や、アスカは勢い良く振り返り、判定機の数字に驚愕して目を見開いた。
「う~~~ん・・・。やっぱり、戦いの要はシンジ君なのかしら?」
「っ!?」
そこへミサトがまたもや思わず本音をポロリと呟き漏らし、アスカは更に目を大きく見開いた後、項垂れて肩をブルブルと震わせ始める。
「さあ、これで何が悪いのかが解っただろ?」
そんなアスカの肩へ手を置き、シンジがアスカへユニゾンの欠点の問いた途端。
バシッ!!
「ええ、解ったわよっ!!あんたがエースだって言いたいんでしょっ!!!もう、勝手にすればっ!!!!」
俯いたままシンジの手を思いっ切り叩きはね除け、アスカは一気に捲し立てると、いたたまれなくなってリビングから葛城邸から駈け逃げ出した。
「アスカっ!?」
「・・・鬼の目にも涙だな」
そのリビングを駈け抜けて行く横顔が泣き顔だったと気付き、ヒカリが素早く腰を上げ、ケンスケが軽く驚いて意外そうに呟く。
「僕が行くよ。洞木さん」
「えっ!?で、でも・・・。」
「言い辛いが、洞木さんが追いかけても意味がない。これは僕の役目なんだ」
「う、うん・・・。わ、解った」
シンジはアスカを追いかけ様とするヒカリの腕を掴んで止め、不安気に頷いたヒカリを引き下がらせると、歩いてアスカの後を追いかけて行った。
「・・・ちょっち煽り過ぎたかしら?」
さすがのミサトもアスカの泣き顔に心を少し痛め、シンジとアスカが出て行った先を眺め、気を取り直すべく缶ビールを呷った次の瞬間。
ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーッ!!
「のわぁぁぁぁぁ~~~~~~っ!?」
凄まじい辛さが炭酸と相まって口の中で弾け飛び、ミサトは口に含んだビールを勢い良く吹き出し、その放射上にいたケンスケがビックリ仰天。
「けっほっ!!かっほっ!!!・・・レ、レイっ!!!?あ、あんた、また何かやったわねっ!!!!?」
「問題ないわ・・・。仕返しだもの」
ミサトは激しく咳き込み、腕で口を拭いながらレイを鋭く睨むが、レイは先ほど後頭部や顔を叩かれた仕返しが成功してニヤリとほくそ笑む。
実を言うと、シンジとアスカのユニゾン中、レイはアスカがピザの薬味で使ったタバスコを瓶半本分ほど密かにビールへ入れ混ぜていたのである。
それ故、缶の中ではビールが黄金色ではなく赤に変わっており、実際ビールを吹きかけられたケンスケの白い制服は赤で染まっていた。
更に余談だが、ミサトの言葉の中にある『また』とはその意味通り、この悪戯が1度目ではない事を意味している。
この3日間、レイは事ある毎にミサトへ様々な悪戯を行っていた。
それは例えば、寝ている際に顔の上へ濡れタオルを置かれたり、トイレの中に閉じ込められたり、靴の中に画鋲を入れられたりなどなど。
「葛城さん、大丈夫ですか?はい、お水とタオル・・・。相田君も」
「ありがとう。洞木さん」
「委員長、サンキュー」
ミサトがビールを吹き出すや否や、キッチンへ駈けたヒカリがリビングに戻り、ミサトとケンスケへコップに注いだ水とタオルを渡した。
「・・・って、洞木さん」
「はい?」
ミサトはお礼を言いながらタオルで顔を拭うも一拍の間の後、タオルを顔にあてがったまま動きを止め、ふと思った重大な疑問をヒカリへ問う。
「どうして、あなたがタオルの置いてある場所を知っているの?・・・これって、洗面台の引出の中にあった奴よね?」
「えっ!?あっ!!?そ、それは・・・。その・・・・・・。」
「・・・ねえ、どうして?」
「い、いや・・・。だ、だから・・・。え、えっと・・・。そ、その・・・・・・。」
ヒカリはその問いに目をハッと見開かせた後、言葉に詰まって思わず一歩後退し、ミサトとヒカリの間に何やら只ならぬ雰囲気が漂い始めた。


カァァ~~~・・・。
          カァァ~~~・・・。
カァァ~~~・・・。
          カァァ~~~・・・。
カァァ~~~・・・。
          カァァ~~~・・・。
葛城邸のあるマンションと第壱中の間にある高台の公園。
カァァ~~~・・・。
          カァァ~~~・・・。
カァァ~~~・・・。
          カァァ~~~・・・。
カァァ~~~・・・。
          カァァ~~~・・・。
家路へと帰るカラスの鳴き声を聞きながら、アスカはベンチの上に体育座りで座り、赤く染まる第三新東京市のビル群をぼんやりと眺めていた。
「やあ、随分と捜したよ」
「・・・何よ。あたしを笑いにでも来たの」
背後よりかかったシンジの声に体をビクッと震わせた後、アスカは振り返らずに正面を向いたままシンジへ棘のある言葉を放つ。
「その通りっ!!・・・あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!
 くっくっくっくっくっ・・・。あ、あの時のアスカの顔ったら・・・。あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!」
「な、何よぉ~~・・・。そ、そんなに笑う事ないじゃない・・・・・・。」
シンジはアスカの意見を大いに頷いて高笑いを公園に響かせ、まさか本当に笑われるとは思ってもみず、アスカがちょっぴり涙目で振り返った。
「うん、そっちの方が断然に可愛いね。・・・そもそも、アスカは元が良いんだから怒るとせっかくの美人が台無しだよ」
「い、いきなり、なに言ってんのよ。あ、あんた、頭がおかしいんじゃない?」
その途端、シンジは高笑いを止めて極上の笑みでニッコリと微笑み、アスカはシンジの言葉に驚き戸惑いつつ照れて声を上擦らせる。
「どうして?美しい物は美しい、可愛い物は可愛い・・・。そう、素直に言うのが何故いけないのさ」
「・・・ば、馬鹿」
馬鹿にされたシンジは憤る事なくアスカへ真顔で言い返し、アスカは真っ赤に染めた顔をシンジから逃げる様に正面へ勢い良く戻して俯いた。
カァァ~~~・・・。
          カァァ~~~・・・。
カァァ~~~・・・。
          カァァ~~~・・・。
カァァ~~~・・・。
          カァァ~~~・・・。
気勢を制されたアスカはそれっきり黙り込み、シンジもアスカの背後に立ったまま高台からの景色をぼんやりと眺めて口を噤む。
カァァ~~~・・・。
          カァァ~~~・・・。
カァァ~~~・・・。
          カァァ~~~・・・。
カァァ~~~・・・。
          カァァ~~~・・・。
一体、どれくらいの時が過ぎたのか、不意にシンジがアスカへ問いかけ、アスカがその問いに体をビクッと震わす。
「・・・それで君の答えは見つかったかい?」
「っ!?」
「やれやれ、どうやら答えはまだ見つかっていないようだね」
「・・・どうして、あたしの方が悪いのよ。
 あたしは完璧にやっているわ。レイがグズでトロいから上手くいかないのに・・・・・・。なのに、なんでっ!?」
その様子にシンジが肩を竦めて嘆息すると、アスカはベンチを勢い良く立ち上がりながら振り返り、瞳に凄まじい怒気を燃やして怒鳴り問いた。
「うん、そうだね。アスカに比べると綾波が少し劣っているのは事実だ」
「だったらっ!!」
「だが、僕と綾波のユニゾン、僕とアスカのユニゾン・・・。そして、アスカと綾波のユニゾン。
 その結果の違いについて考えてみたかい?言っておくけど、僕は綾波の時も、アスカの時も手は抜いていない。両方とも全力を尽くしている」
シンジはアスカの質問に頷いた後、アスカが尚も怒鳴り問おうとするのを遮り、葛城邸での一件を持ち出して問い返す。
「そ、それは・・・。」
「確かに君はエヴァの操縦も上手いし、訓練の様子を見る限りでは接近戦、遠距離戦を問わずの鋭い戦いのセンスもある。
 その上、その若さで大学まで出ている頭脳明晰さも持っている。・・・だけどね。自分が特別だなんて思い上がらない方が・・・・・・。」
アスカがその問いに応えられず言葉に詰まると、シンジはやれやれと首を力無く左右に振り、深い溜息混じりにアスカを諭した。
「何よっ!!あたしに忠告する気っ!!!」
その哀れむ様な態度が癪に触り、アスカは先ほどのお返しと言わんばかりにシンジの言葉を遮って怒鳴る。
「そんなつもりはないけど・・・。僕は君と良く似た娘を知っていてね。今の君を見ていると彼女を見ている様で辛いんだ」
「・・・な、何よ、それ・・・。(な、何、ドキドキしてんのよ。あ、あたしは・・・・・・。)」
するとシンジはアスカを見つめつつも何処か遠い目を向け、アスカはその儚げな表情に胸をドキッと高鳴らせ、たちまち憤りを消沈させて戸惑う。
「彼女は自分が1番でなければいけないと常に思い込んでいた。何故なら、1番でいる限り、周りが自分を見てくれると信じていたのさ。
 だから、その為にはどんな努力も惜しまず、彼女は常に全力で一生懸命に頑張った。
 実際、1番になれば周りが気をかけてくれたからね。例え、それが天才と言う欺瞞に満ちた誉め言葉でも嬉しかったのさ・・・。」
しかも、シンジの口から誰にも明かした事のない本音そのままが紡ぎ出され、アスカは驚きながらも言葉を失ってシンジの話に引き込まれてゆく。
「でも、ずっと1番で居続けた彼女の前に彼女を追い抜く存在が突然現れたんだよ。しかも、その存在は何の努力もせず彼女を追い抜いたんだ。
 彼女は再び1番に返り咲こうと周りの忠告を無視して躍起になった。だけど、結果は全て空回りに終わり・・・。彼女は壊れた・・・・・・。」
「・・・こ、壊れた?」
だが、現在の状態を表す言葉と未来を占う様な不吉な言葉が飛び出し、アスカはどうしても問わずにはおれず言葉を取り戻して問う。
「そう、壊れた・・・。まるで膨らみきった風船が割れる様にね。彼女は精神崩壊を起こして生きる屍となったのさ
 僕の言いたい事が解るかい?・・・自信やプライドを持つ事が悪いと言っている訳じゃない。
 ただ風船を膨らみきらせるより、少し空気を抜いて柔軟性を持たせろと言っているんだ。つまり、もっと肩の力を抜いて・・・。」
「ああぁぁ~~~っ!!うるさい、うるさい、うるさいっ!!うるさぁぁぁ~~~~いっ!!!!
 あんたにそんな事を言われる筋合いないわよっ!!一体、何様のつもりっ!!!大体、そんな奴とあたしを一緒にしないでよねっ!!!!」
シンジは遠くからアスカへ視線を戻して応えるが、アスカは嫌すぎる未来図に憤り、シンジの忠告を公園中に響く怒鳴り声でかき消す。
「なるほどね・・・。なら、断言しよう。そんな気持ちでいる限り、ユニゾンは絶対に上手くいかないだろし、僕はおろか綾波にも君は劣るね」
「何ですってぇぇ~~~っ!!」
「じゃ、そういう事で・・・。」
「待ちなさいよっ!!」
最早、何を言っても無駄だと悟り、シンジは振り返って公園を出て行こうとするが、アスカがシンジの肩を力強く掴んで振り向き戻した。
「・・・何だい?」
「っ!?(な、何よ。こ、こいつ・・・。)」
シンジは肩に置かれたアスカの手を迷惑そうに払うと、無表情で凄まじいプレッシャーを放って睨み、アスカは気圧されつつも負けじと睨み返す。
「まあ、君にその気があるならだけど・・・。僕がユニゾンを上手くさせる秘訣を教えてやっても良いけど?」
「・・・へっ!?」
それも束の間、シンジはすぐに雰囲気を一変させて苦笑を浮かべ、アスカはシンジの豹変ぶりと言葉に驚き戸惑って思わず間抜け顔。
「嫌なら別に良いんだよ。僕もさっさと帰りたいからね」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!!あ、あんたがどうしてもって言うなら、話くらい聞いてあげても良いわよっ!!!」
幾ら待ってもアスカから返事が返って来ず、シンジはそれを拒否と受け取って振り返り、慌ててアスカがシンジの手を掴んで強引に振り向き戻す。
「・・・聞いてあげても良いねぇ~~?」
「ふんっ!!な、何よっ!!!あたしは別にどうだって良いんだからっ!!!!」
シンジは焦るアスカをクスクスと笑い、心を見透かされたアスカは顔を真っ赤に染めながら、たまらず怒鳴って虚勢を張る。
「はいはい・・・。解った、解った」
「何よっ!!その態度は・・・って、何やってんの?あんた」
それでもシンジのクスクス笑いは止まず、アスカが尚も怒鳴ると、シンジは何を思ったのか、右足の靴を脱いで10メートルほど蹴り放り投げた。
「それはこっちのセリフさ。早く僕の靴を取ってきてよ」
「なんで、あたしがっ!?あんたが勝手に放り投げたんじゃないっ!!!」
「だから、これが秘訣なのさ・・・。それとも、やっぱり知りたくないの?」
「ぐっ!?・・・・・・わ、解ったわよ」
シンジはアスカの問いに肩を竦めて応え、アスカは理不尽な要求にたちまち憤慨するが、続いた言葉に怒りを必死に抑えて靴を取りに向かう。
「ほら、持ってきてやったわよっ!!」
「やあ、ご苦労さん」
「・・・って、何すんのよっ!?」
そして、拾ってきた靴を渡すと、シンジは靴を一旦は履いた後、すぐに再び靴を5メートルほど放り投げ、アスカは憤慨どころか怒髪天で憤る。
「さあ、もう1度・・・。早く取りに行かないと犬が持って行っちゃうかもよ?」
「ぐぐっ!?ふぅぅ~~~・・・。わ、解ったわ(あ、あとで見てなさい・・・。い、今だけよ、今だけ・・・・・・。)」
しかし、シンジの言葉を逆らう事が出来ず、アスカは怒り肩の大股歩きで靴を取りに向かう。
「ほらっ!!」
「うん、素直でよろしい」
「・・・って、いい加減にしなさいよねっ!!あんた、あたしを馬鹿にしてのっ!!!」
再び拾ってきた靴を渡すと、シンジは靴を一旦は履いた後、またもや靴をすぐ目の前に放り投げ、アスカが言われずとも靴を拾おうとしたその時。
「キャっ!?な、何すんのよっ!!?」
「良いかい?アスカ・・・。これが人に教わる態度と言う物だよ。アスカは教わる側なんだから、僕にそれなりの敬意を表さないとね」
上半身を屈めたアスカの頭を右手で押さえ付けて礼の体勢をとらせ、シンジは自ら靴を履いて策が上手く言った事にクスクスと笑い始めた。
「ぐぐぐっ!?・・・ふざけんなぁぁ~~~っ!!!」
「おっと・・・。危ない、危ない」
アスカは今まで耐えていた怒りを一気に爆発させ、上半身を勢い良く起き上がらせながら張り手を放つが、シンジにあっさりと避けられる。
「このっ!!このっ!!!このっ!!!!このぉぉ~~~っ!!!!!」
「あっはっはっはっはっ!!甘い、甘いっ!!!その程度じゃ、僕に当てられやしないよっ!!!!」
ならばと続けざまに張り手を何度も繰り出すアスカだが、スカートのポケットに両手を入れるシンジにその全てが悉く余裕で避けられてしまう。
「こんちくしょぉぉぉぉぉ~~~~~~っ!!」
「おやおや、グーは反則でしょ?グーは・・・。」
アスカは高まる苛立ちに思わず張り手を握って拳に変え、シンジが微笑を浮かべつつポケットから出した右手でアスカの拳を受け流した次の瞬間。
「ふぅぅ~~~・・・・・・。」
「ひゃんっ!?」
シンジは体裁きも加えて一歩踏み込み、アスカは首筋に熱い吐息を吹きかけられて体をビクッと震わせ、その場へ女の子座りで崩れ落ちた。
「フフ・・・。実に感度良好だね。アスカ」
「はぁ・・・。はぁ・・・。い、いきなり、何すんのよっ!!はぁ・・・。はぁ・・・。」
「じゃあ、そういう事で今夜丑三つ時にここで待っているよ。その時、改めて秘訣を教えてあげよう」
アスカは攻撃し疲れて荒い息をつきながら怒鳴るも、シンジはクスクスとだけ笑い、一方的に約束を取り付けて去って行く。
「はぁ・・・。はぁ・・・。ま、待ちなさいよっ!!」
「ダメ、ダメ。これから、待ち合わせの予定があるからね」
「待ちなさいって言ってるでしょ・・・って、あれ?居ない・・・・・・。」
すぐさま立ち上がって後を追いかけるが、シンジが向かった先の公園トイレにその姿はなく、アスカが不思議そうに辺りをキョロキョロと見渡す。
コン、コン・・・。コン、コン・・・。
「・・・入ってます」
「っ!?」
少し躊躇った後、アスカは男子トイレへ入って個室をノックするが、中から野太い中年男性の声を返され、慌てて男子トイレから駈け逃げ出る。
ギィーー・・・。バタンッ!!カチャッ!!!
「はぁ・・・。はぁ・・・。はぁぁ~~~、びっくりした・・・・・・。」
その足で女子トイレの個室へ入り、アスカは扉を素早く閉めて鍵をかけると、壁に背を寄りかけて早鐘打つ胸を押さえながら安堵の溜息をつく。
「・・・って、それより、丑三つ時って何時よ」
一拍の間の後、ふとアスカはシンジ指定の待ち合わせ時間を思い出し、その聞き慣れない単語に不思議顔を浮かべて首を傾げた。


(怖くない・・・。怖くない・・・。怖くない・・・。怖くない・・・。怖くない・・・。)
街がシーンと静まり返り、闇夜が世界を支配する丑三つ時。
「ど、どうして、こんな時間なのよっ!!じょ、常識を疑うわっ!!!」
アスカは路地先と通り後の影の恐怖に耐えかね、意味もなく叫んで自分の存在を誇示しながら、自然と早まる歩調で高台の公園を目指していた。
「つ、着いたっ!!」
そして、公園が視界に入るや否や、アスカは猛ダッシュを駈け、そこで待っているであろうシンジの元へ急ぐ。
「遅い・・・。何してたのさ?」
「あんた、馬鹿っ!!こんな時間に呼ぶ方が悪いんじゃないっ!!!」
だが、公園の外灯下で腕を組んで佇むシンジに手痛い洗礼を受け、アスカは見知った顔に余裕を取り戻してシンジを怒鳴りつけた。
ちなみに、アスカは特訓とは言えども、こんな真夜中にユニゾン訓練中の姿で出る訳にも行かず、あれほどトウジを馬鹿にしていたジャージ姿。
一方、シンジはバンダナを海賊頭巾にして被り、黒のホワイトベルトシャツに黒のダブルバックルパンツとなかなかアウトローな姿。
「やれやれ、30分も遅刻した上にその言い草か・・・。なら、僕も教える気にはなれないな。また明日、この時間、この場所で待っているよ」
「えっ!?」
するとシンジは深い溜息をついてアスカへ背を向け、アスカはこんな真夜中に出てきたにも関わらず別れの手を振るシンジに思わず茫然と目が点。
「じゃあね。アスカ」
「ちょ、ちょっとっ!?」
シンジはそんなアスカに構わず公園の鉄柵を乗り越えて下へ飛び降り、アスカがその常識を疑う光景に慌てて我に帰った。
何故ならば、高台の公園だけにシンジが乗り越えた鉄柵の向こう側は、高さ10メートル弱の人工的なコンクリート崖になっているからである。
「アスカぁぁ~~~っ!!明日は遅刻しないようにねぇぇぇ~~~~っ!!!」
「・・・う、嘘でしょ?」
すぐさま鉄柵へ駈け寄ると、下の道路の外灯でほのかに解る暗闇からシンジの声が聞こえ、アスカは茫然と固まって大粒の汗をタラ~リと流した。


(怖くない・・・。怖くない・・・。怖くない・・・。怖くない・・・。怖くない・・・。)
街がシーンと静まり返り、闇夜が世界を支配する丑三つ時。
「は、はんっ!!こ、このあたしに二度足を踏ますなんて良い度胸してるわっ!!!」
アスカは路地先と通り後の影の恐怖に耐えかね、意味もなく叫んで自分の存在を誇示しながら、自然と早まる歩調で高台の公園を目指していた。
バタンッ・・・。
「キャっ!?」
不意に強い風が吹き抜けて電柱に立てつけられた看板が倒れ、驚いたアスカは猛ダッシュを駈け、公園で待っているであろうシンジの元へ急ぐ。
「どうやら、今日は時間通りに来れた様だね」
「ほら、さっさと教えなさいよっ!!」
公園の外灯下で腕を組んで佇むシンジは、定刻通りに来たアスカを笑顔で出迎え、アスカは見知った顔に余裕を取り戻してシンジを怒鳴りつけた。
「でも、その恰好は頂けないな。せっかく、僕はアスカに逢えると思っておしゃれをして来たのに・・・。
 ・・・と言う事で顔を洗って出直してきなよ。せめて、僕とデートをする気分でね。じゃあ、また明日、この時間、この場所で待っているよ」
だが、シンジはアスカのジャージ姿に顔を顰めると、一方的に不許可を出して別れを告げ、公園の鉄柵を乗り越えて高台から下へ飛び降りる。
「あ、明日って・・・。た、戦いは明後日なのよっ!!も、もう時間がないのよっ!!!な、何、考えてんのよっ!!!!」
「良いかぁ~~いっ!!バッチリ決めて来るんだよぉぉ~~~っ!!!じゃないと教えてあげないからねぇぇぇ~~~~っ!!!!」
すぐさまアスカは鉄柵へ駈け寄り、ユニゾン訓練期間が実質的に明日しかない事を叫ぶが、シンジは耳を貸さず暗闇へ消えて行った。


(怖くない・・・。怖くない・・・。怖くない・・・。怖くない・・・。怖くない・・・。)
街がシーンと静まり返り、闇夜が世界を支配する丑三つ時。
「ふ、ふんっ!!こ、このあたしを待たせるなんて、あんたが初めてよっ!!!こ、光栄に思いなさいよねっ!!!!」
明日に作戦日を控えているにも関わらず、未だユニゾンが上手くいってないアスカは、藁にも縋る気持ちで定刻30分前からシンジを待っていた。
ちなみに、本日のアスカは胸にレモン色の大きなリボンがある緑のボレロの様なジャケットにお揃いのワンピースと正にデートファッション。
ブルンッ!!ブルルルルッ・・・。
「っ!?」
突然、公園前よりエンジン音が響いてアスカの元へライトが灯され、アスカは驚きに体をビクッと震わせた後、慌てて公園の木の影に隠れる。
「やあ、なかなか可愛いね。良く似合っているよ」
「・・・な、何よっ!!お、脅かすんじゃないわよっ!!!」
一拍の間の後、ライト元よりシンジの声が聞こえ、アスカは胸をホッと撫で下ろして駈け寄りつつ、余裕を取り戻してシンジを怒鳴りつけた。
「ごめん、ごめん・・・。さあ、乗って」
「えっ!?」
しかし、バイクのヘッドライトでアスカの慌てぶりを見ていたシンジは、アスカの虚勢をクスクスと笑いながらバイクのリアシートを指さす。
余談だが、この250ccのバイクはサーキット仕様なのか、市販の物とはカラーリングが違い、かなり洗車が大変そうな白無地。
「ほら、早く後ろに乗って・・・。今日はもう決戦日だろ?早くしないと時間が無くなるよ?」
「そうね・・・。ヘルメットは?」
アスカはバイクで現れたシンジに戸惑っていたが、シンジの意見に頷いてスカートでバイクは乗り難いなと思いつつリアシートへ跨る。
「ああ、僕は被らない主義なんだ。風を直に感じたいからね。・・・でも、アスカはその素晴らしさを怖いとでも言うのかい?」
「こ、怖かないわよっ!!あ、あたしはただ常識として・・・。」
ノーヘルのシンジはヘルメットを要求するアスカをクスリと笑い、アスカはその馬鹿にする様な笑みに憤り、バイク乗車時の常識を怒鳴り説く。
「はいはい、そうだね。アスカの言う通りだね」
「なによっ!!その言い方は・・・って、何、これ?」
だが、シンジは表情に笑みを浮かべたまま肩を竦めて軽く受け流し、アスカはますます憤るも突然シンジに眼鏡をかけさせられて気勢を制される。
「何って、眼鏡さ。風が目に当たって滲みるだろ?・・・へぇ~~、アスカって眼鏡が似合うね。何て言うか、知的さが溢れているって感じだよ」
「・・・そ、そう?」
その上、シンジに煽てられ、アスカは直前までの憤りをころりと忘れ、顔を紅く染めて戸惑いと驚きを混ぜた嬉しそうな笑みをシンジへ返した。
「うん・・・。それじゃあ、行くよ。飛ばすから、しっかりと僕に掴まって」
ブルンッ!!ブルルルルッ!!!
「え、ええっ!!」
するとシンジも眼鏡をかけてバイク正面へ振り向き、アスカが空噴かせたエンジン音に驚き、シンジの言葉に従って体をシンジへ密着させる。
「フフ、実に良い感触だね。アスカはCカップかい?」
「な゛っ!?」
シンジは背中に感じる2つの柔らかい感触にニヤリ笑いを振り向き戻らせ、アスカが嫌悪感あらわに体をシンジから離した次の瞬間。
「な、何、考えてんのよ・・・って、キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
「あっはっはっはっはっ!!だから、言ったろ?しっかりと掴まっていろってね」
シンジがバイクにスタートダッシュを駈け、反作用に体を仰け反らせたアスカは、驚愕に悲鳴をあげながら慌てて体を再びシンジへ密着させた。


「んっ・・・。ちょ、ちょっと・・・。や、やだっ!!」
ネルフ本部のとあるエレベーター内に響くミサトのくぐもった声。
「しかし、君の唇は止めてくれとは言っていない。君の唇と君の言葉・・・。どっちを信用したら良いのかな?」
「な、なに言ってんのよ・・・。んんっ・・・。んんんっ・・・・・・。」
加持はミサトの背後からミサトの両手首を絡め取った上、ミサトの両脚の間に右足を挟ませ、ミサトを完全に拘束するとミサトの唇に唇を重ねた。
ちなみに、床に散らばっている書類を様子から、この行為は加持からミサトへいきなり行われたものだろうと推察する事が出来る。
「んんん~~っ!!」
          ウィーーーン・・・。
「んんん・・・・。」
          ウィーーーン・・・。
「んっ・んんっ・。」
          ウィーーーン・・・。
加持は抵抗を弱めたミサトの口内へ制圧部隊を送り込み、ミサトの甘く切ない吐息とエレベーターのモーター音だけがエレベーター内に響く。
「・・・んっ・・。」
          ウィーーーン・・・。
「んんっ・んんっ。」
          ウィーーーン・・・。
「・・んんっ・・。」
          ウィーーーン・・・。
ミサトは次第に全身が脱力してゆくのを感じながら、潤み始めた瞳をエレベーター階表示へ向け、目的階まであと1階と迫ったその時。
チィィ~~~ン♪ウィィーーーン・・・。
「・・・えっ!?」
チャイムを鳴らして扉が開き、エレベーター待ちをしていたマヤが一歩踏み出そうとして、エレベーター内の光景に驚愕して目を最大に見開いた。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
3人の間に果てしなく気まずい雰囲気が流れ、3人が3人ともそのままの体勢で固まって口を噤む。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         ウィィーーーン・・・。
十数秒後、エレベーターの扉が自動的に閉まり始め、マヤが鬼の首を取ったかの様にニヤリと笑ってミサトへ手を振った。
「ごゆっくりぃ~~♪」
「マ、マヤちゃん、違うのよっ!!ち、違うんだってばっ!!!こ、これは加持が無理矢理っ!!!!」
ミサトは慌てて我に帰ってマヤへ駈け寄ろうとするも時既に遅く、エレベーターの扉が無情にも閉まりきってミサトとマヤの間に立ち塞がる。
「よりにもよって、マヤちゃんに見つかるなんて・・・。あの娘、絶対に告げ口するに決まってるわ・・・・・・。」
ドスッ・・・。
「やれやれ、困ったな・・・。まっ、彼女にはあとで俺が何とかフォローしておくよ」
一拍の間の後、ミサトは扉に張り付いたまま床へ膝を折って項垂れ、加持は嬉しさを隠しきれずニヤニヤと笑いながらミサトの肩へ手を置いた。
余談だが、加持はここ1週間の調査でミサトとマヤがシンジを巡って激しい対立関係にある事を知っている。
「加持ぃぃぃぃぃ~~~~~~・・・。」
「んっ!?・・・なんだ?」
「あんたのせいでっ!!あんたのせいでっ!!!あんたのせいでぇぇぇぇぇ~~~~~~っ!!!!」
「のわっ!?な、何するんだっ!!?か、葛城っ!!!?・・・ぶべらっ!!!!?」
ドガッ!!ベキッ!!!グシャッ!!!!バギッ!!!!!ズコッ!!!!!!ガン、ガン、ガン、ガン、ガァァァーーーーンッ!!!!!!!
その途端、ミサトが地獄の底から響く様な低い声を吐き出したかと思ったら、エレベーター内に凄まじい炸裂音が響きまくった。


「ね、ねえっ!!ス、スピード、出し過ぎなんじゃないのっ!!!」
「フフ・・・。怖いのかい?」
「こ、怖かなんかないわよっ!!あ、あんたこそ、こんなにスピードを出して大丈夫なんでしょうねっ!!!」
第三新東京市、小田原、熱海、沼津、御殿場を繋ぐ環状高速道路に甲高いエンジン音を響かせ、正に疾風の如く駈け抜けて行く純白のバイク。
「おや、僕の運転を信じてくれないのかい?悲しいなぁ~~・・・。」
「信じるしかないでしょっ!!この場合っ!!!」
「そりゃそうだ・・・。あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!」
最初こそは照れで体を密着させる事が出来なかったアスカだったが、この凄まじい速度に怯んで今では縋り付く様にシンジへ体を密着させていた。
ちなみに、どれほど凄まじい速度かと言えば、スピードメーターは時速140kmまであるのだが、針は余裕でメーターを振り切っている。
「しかし、意外よね。あんたがバイクの免許を持っていたなんてさ」
「へっ!?免許?・・・そんなの持ってないよ?」
「何ですってぇぇぇぇぇ~~~~~~っ!?免許を持っていないぃぃぃぃぃぃ~~~~~~~っ!!?」
ふとアスカは二輪免許を持っているシンジの意外性に感心するも束の間、シンジから信じられない応えを返されてビックリ仰天。
「当然じゃないか。バイクの免許が取れるのは16歳からだからね。・・・もしかして、ドイツは違うのかい?」
「ええ、ドイツだと・・・って、違うっ!!早くバイクを止めなさいよっ!!!」
「えっ!?・・・どうして?でも、高速道路で停車するのは交通違反だから止められないよ?」
「無免で運転する奴にそんな事を言われたかないわよっ!!とにかく、さっさと止めるのっ!!!」
シンジは運転中だけに肩を竦められずクスクスと笑う声だけを響かせ、アスカは無免運転の恐怖にシンジへ体をより密着させて停車を指示する。
「やれやれ、アスカは我が儘だなぁ~~・・・。だけど、残念ながら止める事は出来ないんだね。これが・・・・・・。」
「どうしてよっ!?」
だが、シンジはやはりクスクスと笑うだけでスピードを全く緩めず、アスカは要求を突っぱねるシンジへ訳を怒鳴り尋ねた。
「だって、壊れちゃったんだもん。このバイク」
「・・・はぁ?」
応えてシンジは無免許運転中の事実より信じられない事実を明かし、アスカはその衝撃の事実に思わず脳が混乱大パニックで茫然と目が点。
「いやぁぁ~~~・・・。実はね。さっきからおかしい、おかしいと思っていたんだ。
 ギアはトップに入ったまま落ちないし、アスセルは戻してもスピードは落ちないし・・・。おまけにブレーキも故障したらしいよ?」
「な、何よ、それぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?」
するとシンジは全く危機感のない軽い口調でご丁寧に故障個所を告げ、アスカは我に帰って大絶叫を高速道路にドップラー効果で響かす。
「どうやら、中古を安く買い叩いたせいか、不良品を掴まされちゃった様だね」
「様だね、じゃないわよっ!!だったら、いつ止まるのよっ!!!」
「そうだね。あと2、3時間くらい走って、バッテリーが切れたら止まるんじゃない?」
「そ、そんなぁぁ~~~・・・。」
それでも、シンジはまるで危機感なくクスクスと笑い、アスカは項垂れてシンジの背中に絶望の深い溜息を埋める。
「ほらほら、落ち込んでいる暇なんてないよ?・・・前を見てご覧」
「げっ!?」
しかし、シンジの呼び声に顔を上げ、アスカは前方の激しく右へ湾曲したカーブに驚愕して目を見開いた。
余談だが、この環状高速道路は山間部に作られている為、アップダウンが激しい上に高速道路とは思えないくらいカーブが多い。
「これだけのスピードだ。2人がタイミングを合わせて体重をかけないとあのカーブは絶対に曲がりきれない。
 だから、僕がカーブ直前でタイミングを計るから、僕を信じて1、2の3で同時に体重を右へ思いっ切りかけるんだ。・・・良いね?アスカ」
「え、ええ・・・。わ、解ったわ・・・・・・。」
さすがのシンジも危機感を募らせて真剣な口調でアスカへ忠告を促し、アスカはシンジの初めて聞く真剣な口調に気圧されながらも頷いた。
「なら、しっかり掴まってっ!!行くよっ!!!」
ゴクッ・・・。
そうこうしている内にカーブ手前へ差し掛かり、シンジが前傾姿勢をとり、アスカも習って緊張に生唾を飲み込みつつ前傾姿勢をとった次の瞬間。
「1、2の・・・。」
「「3っ!!」」
シンジとアスカが体重を右へかけ、同時にバイクは路面すれすれまでに傾き、アウト・イン・アウト走行でカーブを綺麗にクリアして行った。


「さてと・・・。そろそろ、休むとするか」
深夜の中でも最も深い時刻である最深夜にも関わらず、発令所は本日の決戦に備えて昼間の如く職員達が詰めていた。
「んっ!?もう、そんな時間か・・・。なら、俺は仮眠してくるよ。5時になっても起きて来なかったら、起こしてくれないか?」
「おう、解った。・・・でも、5時と言わず、7時まで寝てろよ。お前、今日で3日目だろ?徹夜・・・。」
「・・・まあな。でも、やらなきゃいけない事もまだ残っているから5時で良いよ。ふぁ~~あ・・・。じゃあ、あとを頼む」
青葉が眠気冷ましのコーヒーを用意しながら日向の要望に応え、日向が大欠伸を漏らして席を立ち上がったその時。
プシューー・・・。
「あっ!?日向君、丁度良かった。今、暇かしら?」
「ええ、暇と言えば、暇ですが・・・。何か?」
発令所の扉が開いて妙に不機嫌さを醸し出すミサトが現れ、日向は慌てて欠伸でこぼれた涙を拭って振り向いた。
「じゃあさ。私、気分転換に外へ出てくるから、ちょっち留守番を頼まれてくれないかしら?」
「・・・えっ!?」
するとミサトは勤務時間中にも関わらず堂々とサボり宣言をした上に日向へ代行を頼み、日向は思わず茫然となって言葉に詰まる。
「お願いっ!!この通りっ!!!・・・どうしても、このムシャクシャした気分を直さないと仕事になんないのよぉ~~」
「・・・わ、解りました」
だが、ミサトに拝まれた後、縋る様な視線を向けられ、日向はとてもじゃないが断る事など出来ず、ややぎこちないながらも頷いた。
「ありがとうっ!!さっすが、日向君っ!!!持つべきは優秀な部下だわんっ!!!!」
「いえいえ、これくらい大した事ないですよ」
たちまちミサトはご機嫌にニコニコと笑い、お誉めの言葉に頂いた日向は照れ臭そうに頭をポリポリと掻く。
「・・・そう?じゃ、悪いけどお願いねぇ~~♪」
「はい、行ってらっしゃい」
プシューー・・・。
そして、ミサトはスキップでもしそうな勢いで発令所を出て行き、日向もご機嫌にミサトの背中へ手を振っていたが、発令所の扉が閉まった途端。
ドスッ・・・。
「・・・良いですよ。あなたの為なら・・・・・・。」
「お前・・・。仮眠に行くんじゃなかったのか?」
4日目の徹夜が決定した日向は席へ力無く座り戻って項垂れ、青葉は日向へ呆れた視線を向けつつ眠気冷ましのコーヒーをもう1つ用意し始めた。


「ふっ・・・。良い音をさせているじゃないか。どうやら、今夜は久々に楽しめそうだな」
750ccのバイクを駆る男は、後方から迫る甲高いエンジン音に口の端を愉快そうにニヤリと歪ませるも束の間。
「・・・って、な、なにぃぃ~~~っ!?に、2ケツぅぅぅ~~~~っ!!?」
横を徐々に追い抜き通り過ぎて行くシンジとアスカの姿に、男は思わずヘルメットの中で大口をアングリと開けてビックリ仰天。
何故ならば、男が乗る750ccのバイクは市販の物ではあるが、試行錯誤のチューンナップにチューンナップを重ねた逸品。
それにも関わらず、見た目にも格下排気量のバイクに直線で負けた上、相手は2人乗りなのだから驚くなと言うのが無理な話。
また、この環状高速道路は先に説明した通り、起伏とカーブに富んでいる為、走り屋達に好まれ、今日の様な週末は走り屋達で賑わっていた。
そして、この男もまたそんな走り屋の1人であり、その中でもかなりの有名人だったりする。
「良いだろうっ!!この勝負、受けてたつっ!!!見よ、幻の6速ギアをっ!!!!」
それでも、男はすぐに気を取り直すと、前傾姿勢になってアクセルを全開に噴かし、ギアをトップに入れてシンジとアスカを追撃。
「なるほど・・・。そのストレートの速さの秘密はサーキット仕様かっ!?」
その甲斐あってか、男は徐々にシンジとアスカに追いつき、2台のバイクが超高速の世界で併走を始める。
「だが、しかぁ~~しっ!!テクニックだけは幾ら良いマシーンを乗っても誤魔化せまいっ!!!次のカーブが勝負だっ!!!!」
男は視線をチラリと上げ、前方に迫るこの環状高速道路の最大の難所であるカーブにニヤリと笑う。
「くっ・・・。こいつ等、ハードラックと踊るつもりかっ!?」
ところが、シンジとアスカが乗るバイクは全く速度を緩めず、猛スピードで迫り来るカーブに怯んだ男はギアを落としてブレーキを握った。
「・・・ば、馬鹿なっ!?」
男はこれから起こりうるであろう大惨事に思わず一瞬だけ目を瞑り、目を開けた瞬間に飛び込んできた目の前の現実に驚愕して目を最大に見開く。
「あのスピードでクリアとは・・・。恐れ入るっ!!」
なんとシンジとアスカはノンブレーキのままカーブへ突っ込み、車体を路面とほぼ水平にさせてカーブを見事にクリア。
「ふっ・・・。このグレイハイウェイに新たな伝説の誕生だな」
男は毒気を抜かれたかの様に速度を緩めると、ヘルメットのゴーグルを上げ、去って行く純白のバイクに右拳の親指をニュッと立てて突き出した。
余談だが、この男の言葉通り、シンジとアスカの驚異の走りっぷりは幾人もの走り屋達に目撃され、後日に口コミで広がって伝説となってゆく。
「ねえ、シンジ・・・。今の人、何か色々と叫んでなかった?」
「そう言えば、そんな感じだったね。・・・何て言ってたか解る?」
「ううん、全然。あんたの声だってやっと聞こえるくらいなのに、あんなの聞こえるはずないじゃん」
一方、本人達の知らないところで伝説となったシンジとアスカはと言えば、男にとっての死闘も全く眼中にない様子で暢気な会話を交わしていた。
「まっ、そりゃそうか・・・・・・。それより、随分と上手くなったね。アスカ」
「・・・何が?」
「勿論、カーブするタイミングとかがだよ。もう、かけ声の必要もなくなったじゃないか」
「まあね・・・。30分も乗っていれば、嫌でも上手くなるわよ。自分の命がかかっているんだからね」
シンジはすっかり呼吸を合わせるのが上手くなったアスカを褒め称えるが、アスカは背中越しにシンジを白い目で睨んで棘のある嫌味を放つ。
「いやいや、それでも大した物だよ。それなりの反射神経が無ければ到底無理だからね」
「・・・で、あとバッテリーはどれくらいで切れる訳?」
「う~~~ん、そうだね。・・・あと2時間くらいはかかるんじゃない?」
「何なのよ、それぇぇ~~~っ!!ユニゾンの特訓はどうなったのよっ!!!」
だが、シンジは全く堪えた様子もなく尚もアスカを褒め称え、アスカは満更じゃない様子ながらもバッテリー残量を聞いて不平不満の声をあげた。
「あれ、もしかして気付いてないの?・・・これがそうだよ?
 今、僕等は確実にユニゾンをしているじゃないか・・・。でなければ、最初のカーブでとっくにコケていたさ」
「・・・そ、そうなの?」
シンジはアスカの不満にクスリと笑い、アスカはシンジの言葉の意味が解らずキョトンと不思議顔。
「そうさ・・・。お互いに相手の事を思って信頼し合い、お互いのタイミングに動きをシンクロさせる。
 これがユニゾンだろ?・・・なら、僕等が今している事に他ならないじゃないか。
 そこで思い出して欲しい。家でのユニゾン訓練の時の事を・・・。
 アスカの場合、あれはユニゾンの訓練ではなく踊りの練習だったんだよ。しかも、相手を思わない独り善がりのね。
 それじゃあ、とてもじゃないがユニゾンしようにも出来るはずがない。・・・当然だろ?アスカにユニゾンする気がないのだからね」
するとシンジはアスカの待ち望んでいたユニゾンの秘訣を明かし、アスカは同時に己の欠点も指摘され、何も言い返せない苛立ちに奥歯を噛む。
「ついでだから、あともう1つ言っておこう」
「・・・何よ」
シンジはそんなアスカの雰囲気を背中越しに感じ取って苦笑を浮かべ、アスカが今度はどんな嫌味を言われるのかと不機嫌声で問い返す。
「僕と綾波とアスカ・・・。今のところ、僕等は世界でたった3人しかいない仲間だ。
 だったら、仲良くしようよ。その方が何かと都合が良いし、確実に生き残れる確率が上がるからね。
 まあ、僕や綾波にライバル意識を燃やすのも良いだろう・・・。でも、ほどほどにね。何事も加減が過ぎるのは困り物だよ?」
「わ、解ってるわよ。そ、それくらい・・・。」
しかし、優しい口調で諭すシンジの言葉に、アスカは己の心を見透かされて悔しいながらも弱々しく呟き、縋り付く様にシンジへ体を密着させた。


(さすがにこうも毎日徹夜が続くと辛いわね・・・。私も歳かしら?)
連日の徹夜の甲斐もあってエヴァ各機の調整がようやく済み、リツコは仮眠室へ向かうべくエレベーターを待っていた。
チィィ~~~ン♪ウィィーーーン・・・。
「っ!?」
やがてチャイムを鳴らして扉が開き、リツコはエレベーターへ一歩踏み出そうとして、エレベータ内の光景に驚愕して目を最大に見開く。
何故ならば、エレベーター内は血の海で赤く染まり、その中心に血をダラダラと流す加持が目と口を見開きながら仰向けで倒れていたからである。
また、リツコにとって見覚えのあり過ぎる癖のある文字で『天誅』と血の赤で書かれた紙が加持のお腹の上に置かれていた。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
徹夜続きのリツコは目の前の現実がいまいち理解できず、ただただ加持の無惨な姿を茫然と見つめ、辺りに果てしない沈黙だけが漂う。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         ウィィーーーン・・・。
十数秒後、エレベーターの扉が自動的に閉まり、加持を乗せた棺桶が次の乗客を乗せるべく上昇を始める。
「な、何があったかは知らないけど・・・。ぶ、無様ね・・・・・・。」
ピッ・・・。ポッ・・・。パッ・・・。ポッ・・・。ピッ・・・。
更に十数秒後、我に帰ったリツコは白衣のポケットから携帯電話を取り出すと、緩慢なノロノロとした動作で医療班へのナンバーを押した。


「おらおらっ!!何人たりとも、私の前は走らせないわよぉぉぉぉぉ~~~~~~っ!!!」
環状高速道路を舞台に一進一退の超高速バトルを繰り広げる2台の車。
1台は走り屋界隈で『赤い彗星』と呼ばれる嘗ての日本が生んだ名車・真紅の日産フェアレディZ。
1台は走り屋界隈で『クレージーコメット』と呼ばれるご存じミサトの愛車・青いアルピーヌ・ルノーA310。
「ちょこざいなっ!!」
カーブ手前でブロッキングしてきた赤い彗星にニヤリと笑い、ミサトが負けじとアクセルをベタ踏んでルノーをカーブへ強引に突入した次の瞬間。
「見えるっ!!ここぉ~~~っ!!!」
グイッ!!キキキキキキキキキキキキキキキキキキキキッ!!!
ミサトはアクセルを踏んだままサイドブレーキを引いて逆ハンを切り、ルノーが車体後方をやや浮かせつつ滑らせてイナシャールドリフトを敢行。
「はっはっはっはっはっ!!私に勝とうだなんて10年早いのよぉぉ~~~っ!!!」
その結果、インアウト走行したフェアレディZよりも、ルノーが格段に早いカーブ後の立ち上がりを見せ、彗星対決はミサトに軍配が上がった。
「まっ!!腕を磨いたら、またかかってらっしゃいっ!!!10年後にねっ!!!!はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!!!」
ご機嫌に高笑いを上げながら後ろを振り返り、ミサトが赤い彗星へ勝ち鬨をあげたその時。
「ふっ・・・。二輪の癖に良い度胸してるじゃない」
フェアレディZを追い抜いて後方に純白のバイクが現れ、ミサトを挑発するかの様に蛇行を繰り返しつつヘッドライトを点滅させた。
「良いわっ!!このミサトさんが相手になってやろうじゃないっ!!!」
ミサトは不敵にニヤリと笑って正面へ向き戻り、無礼な態度をとる愚か者の顔を見てやろうと少しアクセルを緩める。
「ふぅ~~ん、YZRとはなかなかイケてる・・・って、な゛っ!?」
しかし、徐々に追いついてルノーと併走し始めた純白のバイクの運転者の顔を見るなり、ミサトはたちまち目を最大に見開いてビックリ仰天。
コンコン・・・。コンコン・・・。
「シンジ君っ!!アスカっ!!!こんな時間にこんな所で何やってるのよっ!!!?」
シンジはバイクをルノーへ寄せてクスクスと笑いながら運転席の窓を拳で叩き、ミサトは窓を急ぎ開けてシンジとアスカへ叫び尋ねた。
「ぐぬっ!?」
その隙を突き、シンジとアスカは前傾姿勢になってルノーの前に出ると、再び蛇行を繰り返しつつ壊れて効かないはずのブレーキランプを点滅。
「そう・・・。そう言う事ね・・・・・・。解ったわっ!!この挑戦、受けてたとうじゃないっ!!!」
挙げ句の果て、振り向いたアスカに舌を出され、ミサトは2人の挑発に肩を震わせて怒髪天となり、窓を閉めてアクセルを勢い良くベタ踏んだ。
「・・・くっ!?やるっ!!!」
それでも、両者のトップスピードはほぼ拮抗しているらしく、ルノーは1度先行させてしまった為に純白のバイクになかなか追いつけない。
「ふっ・・・。2ケツでそのスピードとは誉めてあげるわ。シンジ君・・・・・・。
 だけどねっ!!この葛城ミサトとこのルノーを舐めて貰っては困るっ!!!フェニックス・ウイぃぃぃぃぃぃ~~~~~~~ングっ!!!!」
だが、ミサトは悔しがるどころか、目をキラリーンと輝かせ、アクセルとブレーキの間にある第4のペダルをベタ踏む。
シャコンッ!!
ブォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
その途端、ボンネット中央が素早く左右に開いて、空冷式ターボエンジンが唸り声をあげて勢い良く現れ、車体後部のマフラーが火を噴いた。
「どうよっ!!この加速っ!!!例え、シンジ様であろうとも、私の前は走らせないわっ!!!!」
瞬く間に時速180kmまであるスピードメーターの針が振りきり、ルノーがみるみる内に差を縮め、遂に純白のバイクを追い抜いた直後。
ボシュッ!!
「・・・え゛っ!?」
ターボエンジンから火が噴いたかと思ったら、ボンネットの隙間から白煙がモクモクと吐き出され、ミサトは思わず大口を開けて茫然と目が点。
フィィ~~~ン・・・。ガリ、ガリガリガリガリッ!!プスンッ・・・。
「ひょ、ひょっとして・・・。ボ、ボーナスまでまだ4ヶ月もあるのにエンジンがイカれたとか?」
同時にルノーはみるみる内に減速し始め、ギアのかみ合わない音を鳴らした後、最後っ屁の様な排気ガスを出して高速道路のど真ん中で停まった。


「・・・ミサト、大丈夫かしら?」
「大丈夫なんじゃない?ミサトさん、生命力高そうだから」
遠ざかりゆく闇夜に立ち上る白煙を振り返って見送りつつ、それなりに心配しながらもミサトの元へは戻ろうとはしない冷たいアスカとシンジ。
「それにしても、ミサトのあの顔ったら・・・。くっくっくっくっくっ・・・。ぷっ!!あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!」
それどころか、アスカは最後に見たミサトの間抜け顔を思い出して大笑い。
「ねえ、あんたも見たでしょ?あっはっはっはっ・・・。」
だが、アスカはシンジへ同意を求めて正面へ振り向き戻り、そこにあったシンジの真顔に驚き戸惑って笑い声を失う。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
シンジはアスカを見つめて口を噤み、アスカはシンジに魅入られたかの様に口を閉ざし、2人の間に沈黙だけが広がってゆく。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
一体、どれくらいの時が経ったのか、不意にシンジが運転中にも関わらず目を瞑り、アスカが胸を激しくドキッと高鳴らす。
「あっ・・・。」
同時に初対面時のキスシーンが脳裏に蘇り、今度は胸をキュンキュンと高鳴らせ、アスカは何やらたまらず太ももでシンジをギュッと挟み込んだ。
「・・・・・・んっ」
一拍の間の後、アスカの本能が何かを告げ、アスカは本能の赴くまま顔をシンジへ近づけ、静かに目を瞑ってシンジの唇へ唇を重ねるも束の間。
カチッ・・・。
「な゛っ!?・・・な、何すんのよっ!!?い、いきなりっ!!!?」
お互いの顔が近づいた為に眼鏡がぶつかり合い、アスカはその音で慌てて我に帰り、真っ赤に染めた顔と唇と上半身をシンジから勢い良く離した。
「フフ、何を言ってるんだい・・・。キスをしてきたのは、アスカの方からだろ?」
ブルンッ!!ウィィーーーンッ!!!
「キャっ!?」
するとシンジはクスリと笑いながらバイクにウイリーをかけ、前輪が持ち上がった事に驚いたアスカが、即座にシンジへ体を引き戻した次の瞬間。
「んんっ!?んんんっ!!?んん~~~っ!!!?」
シンジがウイリーのままハンドルから左手を離してアスカの首へ回し、アスカは再び唇が重なると共に口内へ侵入してきた物体にビックリ仰天。
「んんんんんっ!!」
          「んんんんんっ!!」
「んんんんんっ!!」
          「んん~~~っ!!」
「んん~~~っ!!」
          「んん~~~っ!!」
アスカは状況が状況だけに逃れようにも逃れられず、せめてもの抵抗に顔を左右に振ろうとするが、シンジに首を固定されてそれもかなわない。
「んっ・・・んっ。」
          「・・・んっ・・。」
「・んっ・・んっ。」
          「・・んんっ・・。」
「ん・・んんっ・。」
          「・・んっ・・んっ」
しばらくすると、驚きに見開かれていたアスカの瞳が次第にトロ~ンと潤んで抵抗が薄まってゆき、アスカの方からもシンジのキスに応え始めた。
「・・んっんんっ。」
          「んっ・んんっ・。」
「・んんんっ・・。」
          「んんっ・んんんっ」
「・んっ・んんっ。」
          「んっ・んっ・・。」
このウイリーをしながら熱烈なキスを交わす2人の常識外れな光景に、周囲の運転中のドライバー達は思わず目を奪われて茫然と大口を開け放題。
「あわわわわ・・・。」           「あわわわわ・・・。」           「あわわわわ・・・。」
           「あわわわわ・・・。」           「あわわわわ・・・。」           「あわわわわ・・・。」
その後、王子様とお姫様が乗る鉄の白馬は次のインターチェンジで高速道路を下り、近くにあった西洋風のお城を象った宿泊施設へ入って行った。


ブルンッ!!ブルルルル・・・。
「・・・さあ、着いたよ」
陽の光が空にうっすらと満ち始めた早朝、シンジとアスカの乗るバイクがエンジン音を潜めつつ葛城邸マンション前に停まった。
「ねえ・・・。ブレーキ、壊れたんじゃなかったの?」
「フフ、あれはね。僕のアスカへの想いは、もう誰にも止められないと言う意味だったのさ」
「・・・あんたって、女の敵ね」
「何を言うんだい。僕はいつでも女性の味方さ」
今更ながら騙されていたと知り、アスカはシンジを白い目で鋭く睨むが、シンジは全く堪えた様子もなく微笑を浮かべてアスカの責めを否定。
「まあ、良いわ・・・。こうなったら、あんたには責任を取って貰うわよ」
「責任?・・・ああ、今日の戦いの事ね。それなら、僕が保証するよ。うん、アスカと綾波ならきっと大丈夫さ」
「あたし・・・。レイになんて、絶対に負けないわよ」
「やれやれ、言っただろ?ライバル意識を燃やすのは良いけど、ほどほどにねって・・・。」
「もう、良いっ!!寝るっ!!!」
ならばと一大決心して決意表明をするも、これまたシンジは肩を竦めて軽く避け、アスカは平行線な会話に苛立ってバイクから下りた。
「アスカ・・・。」
「何よっ!?」
だが、シンジはエントランスへ向かおうとするアスカの腕を掴んで止め、アスカが不機嫌あらわに振り返って怒鳴り尋ねる。
「・・・がに股だと可愛くないよ?」
「う、うるさいわねっ!!ま、まだ痛いのよっ!!!」
応えてシンジはいつになく外側へ開いているアスカの両脚を指さし、アスカは顔を真っ赤に染めながら慌てて両脚を内股に閉じた。
「・・・そう、お大事に」
「ば、馬鹿・・・。」
シンジはその不意を突いてアスカを抱き寄せると、アスカの唇に唇を軽く重ねて微笑み、アスカはシンジの顔をまともに見れず顔を俯かせる。
「・・・惣流・アスカ・ラングレー」
「こ、今度は・・・何・・・よ・・・・・・。」
しかし、シンジはそれを許さずアスカの顎を持ち、顔を上げさせるとアスカの瞳を真剣な眼差しで覗き込んだ。
「もし・・・。もしも、チルドレンの称号と引き替えに大事な物が戻って来るとしたら・・・。君はどっちを取る?」
「・・・な、何よ、それ?」
たまらずアスカはせめて視線だけを逸らそうとするが、魅入られた様にシンジから視線を外せず、シンジの意味不明な問いかけに戸惑い問い返す。
「今はまだ無理に応えないでも良い。今の君には酷な質問だから・・・・・・。
 でも、今の言葉を覚えていて欲しい・・・。そして、その答えがいつか見つかったら、僕に聞かせてくれないかな?」
「・・・え、ええ」
するとシンジは問いておきながら応えずとも良いと告げ、アスカはますます戸惑いながらシンジの言葉を反射的に頷く。
「ありがとう。その時を楽しみにしているよ・・・。じゃ、おやすみ。アスカ」
ブルンッ!!ブルルルル・・・。
シンジも頷いてアスカへ優しく微笑むと、バイクを発進させて去って行き、アスカは何が何だかが解らず、しばらく茫然とその場に佇んでいた。
「・・・・・・な、何なのよ」
その後、アスカが数分後に眠い目を擦りながら葛城邸へ帰宅すると、憤怒の表情で仁王立ちするミサトが玄関先で待っていたのは言うまでもない。
そして、ミサトからしつこく追求を受け、その騒ぎに起きてきたレイも追求に加わり、アスカがようやく就寝の床についたのは1時間後だった。


(ふむ・・・。今日は験を担いでカツ丼にするか)
腹が減っては戦が出来ぬの故事に習い、正午開始予定の決戦に備え、少し早い昼食を摂るべく職員食堂へ向かう冬月。
「・・・・・・。」
         「赤木博士・・・。」
「・・・・・・。」
         「赤木博士・・・。」
「・・・・・・。」
         「赤木博士・・・。」
すると冬月の前方より通路を颯爽と早足で歩くリツコとリツコの後を必死に追うレイが現れた。
「・・・・・・。」
         「赤木博士・・・。」
「・・・・・・。」
         「赤木博士・・・。」
「・・・・・・。」
         「赤木博士・・・。」
レイは何度となくリツコを追い越して立ち止まらせようとするが、リツコはレイを無視して横へ避けて歩みを止めない。
「うぅ~~っ!!うぅ~~っ!!!うぅ~~っ!!!!うぅ~~っ!!!!!うぅ~~っ!!!!!!」
「ダメったらダメっ!!何度、言ったら解るのっ!!!レイっ!!!!」
だが、尚も立ち塞がって両手を左右に広げ、首を左右に振りながら唸るレイに、さすがのリツコも呆れて歩を止め、レイを大声で怒鳴りつけた。
「うぅ~~・・・。赤木博士のケチ」
「・・・あのねぇ~~」
レイは悲しそうに顔をシュンと俯かせて口を尖らせ、リツコがレイの態度に人差し指をこめかみに置いて深い溜息をつく。
「一体、どうしたんだね?そんな大声など出して・・・。」
「あっ!?副司令、実は・・・。」
「アスカは危険なの。だから、引っ越すの」
冬月は何事かと2人の元へ歩み寄って事情を求めると、事情を説明しようとするリツコの言葉を遮り、すかさずレイが興奮した様子で発言する。
「・・・どう言う事だね?」
「はぁ、何でも・・・。昨夜、セカンドとサードが一緒に夜遊びへ出かけたらしく・・・。それで拗ねている様です」
「・・・では、引っ越しと言うのは?」
「はい、それで・・・。今後2度とこういう事がない様にセカンドを監視する為にも、葛城三佐の家へ引っ越したいと・・・・・・。」
しかし、冬月は何の事だか全く理解が出来ずリツコへ困惑顔を向け、リツコは無理もないと苦笑を浮かべながら冬月へ事情を説明した。
「なるほど・・・。しかし、碇がそんな事を許可せんだろ?」
「ええ、私もそう言ったのですが、この娘ったら聞かなくて・・・。」
冬月はあまりにも難問過ぎる要望に腕を組んで唸り、リツコは冬月の意見に同意して頷き、レイへ心底に困った困り顔を向ける。
「お願い・・・。お願いなの。副司令・・・・・・。」
「そうは言ってもな・・・。(聞けば、葛城三佐はセカンドも引き取ったそうだしな。これ以上は・・・。
 ・・・んっ!?待てよ・・・。そもそも、葛城三佐は何故セカンドを引き取ったのだ?
 どう考えても、シンジ君との生活には邪魔だろう・・・。何のメリットがある?
 しかし、レイは葛城三佐と通じている。なら、これは何か裏があるに違いない・・・。うむむむむっ!?葛城三佐の目的は何なんだっ!!?)」
それでも、レイは切なそうな顔で冬月へ頼み込み、冬月も困り顔を浮かべるが、ふと例の被害妄想が頭に浮かんで本格的な困り顔を浮かべ始めた。
余談だが、ミサトが今まで何度となく保安部を私的運用しているにも関わらず処罰されないのは、冬月が全て目を瞑っているからに他ならない。
また、冬月の言葉にある通り、アスカの住居登録は加持の暗躍によってミサトの知らぬ間にジオフロント居住区より葛城邸へ先日変更されていた。
「あのぉ~~・・・。副司令?」
「ちょっと黙っていてくれないかっ!!赤木博士っ!!!」
「は、はい・・・。」
リツコはその場へ頭を抱えてしゃがみ込んだ冬月を怪訝に思って声をかけるが、冬月に強い怒鳴り口調で叱られて口ごもる。
(・・・・・・はっ!?そう、そうかっ!!?扶養手当かっ!!!?なるほど、それなら納得がゆくっ!!!!!
 確かにレイはセカンドと違い、葛城三佐の権限では勝手に引っ越しさせる事は出来ん・・・。
 そこで最近静観していた私に業を煮やして、揺さぶりをかけてきたんだなっ!?
 うぬぬぬぬっ!!葛城三佐めっ!!!よりにもよって、厄介な問題をっ!!!!碇が素直に首を縦に振るはずがないではないかっ!!!!!
 だが、断ったら私は破滅だ・・・。どうすれば、どうすれば良いっ!!考えろ、考えるんだっ!!!きっと何か良い策があるはずだっ!!!!)
冬月は汗をダラダラと流しまくって決戦前に決戦以上の悩みを抱えてしまい、最早食事など喉が通らず昼食どころではなくなった。


(おのれぇぇ~~~っ!!シンジめぇぇぇ~~~~っ!!!)
決戦を30分前に迫り、ゲンドウは発令所への道のりを何やら激しく憤りながら鼻息荒く怒り肩の大股歩きで向かっていた。
(留守を狙って、私のレイの家へ勝手に泊まり込むなど断じて許せんっ!!
 あそこを何処だと思っているっ!!あそこは私とユイの思い出の地なんだぞっ!!!それをお前の汚らわしい菌で汚染しおってっ!!!!)
何故にゲンドウが怒っているかと言えば、出張中に自分の与り知らぬところでシンジが勝手に綾波邸へ泊まり込んでいた事に他ならない。
(最早、バイオハザードした部屋にレイを住まわせておくのは危険すぎる・・・・・・。
 ふっ・・・。だが、これはチャンスだ。この際、レイをジオフロントへ引っ越させれば、シンジがレイに接近するのは難しかろう)
だが、ゲンドウはこの絶望的状況下に災い転じて福と成す手段を見出し、レイのジオフロント引っ越し案を策謀してニヤリと笑った。
(うむ、それが良いっ!!我ながら良い考えだっ!!ならば、以前から申請のあった女子寮のセキュリティ強化案も認めてやろうっ!!!!
 いや、機械に過信するのは良くない・・・。保安部に新しい部署を作らねばっ!!そして、24時間の完全監視体制でレイを守るのだっ!!!)
その策謀に思考を集中するあまり、ゲンドウは周りに目がゆかなくなり、普段なら決して見逃さない様な物をついつい見逃してしまうも十数秒後。
「(そうと決まれば善は急げだ。早速、今日にでも引っ越しさせ、あの部屋は洗浄した後に記念館として・・・。)って、な、なにっ!?」
遅まきながら網膜に焼き付けられた映像が海馬のとある映像と一致して脳内に電流が走り、ゲンドウは驚愕に目を見開かせて勢い良く振り返った。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
その視線の十数メートル先に居るのは、ピンクのシャツに黒のタイトミニ姿で白衣を着るショートシャギーの女性。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
たっぷり1分ほど経過した後、ゲンドウが言葉を取り戻して瞳と声を震わせながら恐る恐る尋ねた。
「ユ、ユイ・・・。ユ、ユイなのか?」
「あら、私をお忘れですか♪ゲンドウさん♪♪」
応えて女性は首を縦にも横にも振らず、ただ優しくニッコリとだけ微笑む。
「ユ、ユイぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ!!
その懐かしい笑顔に滂沱の如く涙を流しつつ魂の絶叫をあげて駈け、ゲンドウが両手を広げて女性まであと一歩と迫った次の瞬間。
「・・・ユイ?父さん、嫌だな。僕はシンジだよ。シンジ」
「な゛っ!?シ、シンジっ!!?」
女性はカツラを素早く外してシンジに変わり、ゲンドウは目の前の相手がシンジと解るや否や、こんな奴を抱きしめてなるものかと慌てて避ける。
ドゴッ!!
「ぶべらっ!?」
その結果、それなりの速度で走っていたゲンドウは、間抜けにも勢い余って通路の壁に自ら正面衝突して床へ轟沈した。
「くっくっくっ・・・。な、なかなか楽しませて貰ったよ。と、父さん・・・。くっくっくっくっくっ・・・。あっはっはっはっはっはっ!!」
「シ、シンジ・・・。き、貴様ぁ~~・・・・・・。」
バタッ・・・。
シンジはその様に高笑いをあげながら去って行き、ゲンドウはシンジを鋭く睨んで必死に起き上がろうとするも途中で力尽きて沈黙。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
しばらくすると、シンジの高笑いも通路の向こう側に消え、何事も無かったかの様に静けさが辺りに戻ってゆく。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
数分後、この通路を通りがかった冬月は、床で寝ているゲンドウを見つけて何やら一人芝居を打ち、懐から取り出した書類に拇印を押させた。
ちなみに、その書類を良く見ると『ファーストチルドレン・綾波レイに関する住居変更の報告』なる題名が書かれている。
「んっ!?碇、何やってるんだ。お前・・・。こんな所で寝ていると風邪をひくぞ?
 ・・・っと、丁度良かった。お前の所に判子を貰いに行くところだったんだ。
 この書類に判子を押してくれないか。・・・なに?判子を持っていない?仕方のない奴め。まあ、拇印で良いだろう。ほら、ここに押すんだ」
そして、決戦が間近に迫っている事もあり、冬月はやれやれと深い溜息をつくと、ゲンドウの右手を持って引きずりながら発令所へと向かった。


「目標は強羅絶対防衛戦を突破」
青葉の報告と同時に、発令所のモニターに山の稜線より自己修復を終えて再び1体となった使徒の姿が映る。
「来たわね。今度は抜かりないわよ。
 音楽スタートと同時にATフィールドを展開っ!!あとは作戦通りに・・・。2人とも良いわねっ!!!」
『『了解っ!!』』
ミサトの呼び声と共に零号機と弐号機の通信ウィンドウがモニターに開かれ、レイとアスカが威勢の良い返事を返す。
「零号機と弐号機は内部電源で戦闘する為、稼働時間は62秒しか保たないわ。
 だから、シンジ君は万が一の場合があった時、こちらの指示を待たず自己の判断で出撃して構わないから」
『了解』
続いて、初号機との通信ウィンドウが開かれ、瞑想するかの様に腕を組んで目を瞑るシンジが静かに頷く。
「目標は山間部に侵入」
モニターに映る使徒は遂に第三新東京市外れへ入り、青葉の報告が決戦の時が迫っている事を伝える。
『いいわねっ!!最初からフル可動、最大戦速で行くわよっ!!!』
『ええ・・・。』
発令所の士気は嫌がおうにも高まり、レイとアスカも自信満々ながら表情を引き締め、2人の士気はこの上なく高まってゆく。
余談だが、シンジからユニゾンの極意を伝授されたアスカは、起床後にレイとの難易度レベル5のユニゾンを見事成功させていた。
「(イケるっ!!)・・・碇司令っ!!!」
「問題ない・・・。存分にやりたまえ。葛城三佐」
ミサトは2人の表情に勝利を確信して力強く頷き、司令席でゲンドウポーズをとるゲンドウがミサトの視線に応えて最終作戦実行許可を与える。
「「「「「えっ!?」」」」」
だが、ゲンドウにしては妙に声質が高く、ミサトに続いてリツコと日向と青葉とマヤも思わず違和感に振り返って司令席を見上げたその時。
ガンッ!!
「・・・だ、大丈夫ですか?い、碇司令」
ゲンドウがゲンドウポーズから顎を落として机に顔面を直撃させ、ミサトがその痛そうな激突音に大粒の汗をタラ~リと流して安否を気づかう。
「問題ない・・・。私の事は構わず、戦闘に集中しろ」
「はっ!!」
するとゲンドウは机に顔を伏せたまま重々しい声を発して叱り、ミサトともども全員がゲンドウの迫力に怯んで慌てて正面へ振り向き戻る。
(全く、世話をかかせおって・・・。
 しかし、人間塞翁が馬とはこの事だな。いつだったか、忘年会の為に練習した腹話術がこんな所で役に立つとは・・・。)
冬月はその隙を突いて慌ててゲンドウにゲンドウポーズをとり直させ、額にかいた冷や汗を腕で拭いながら安堵の深い溜息をついた。
実を言うと、先ほどのシンジとの一件よりゲンドウは未だ沈黙中であり、遠目にはサングラスで良く見えないが、その瞳は白目を剥いている。
「目標ゼロ地点に到達しますっ!!」
「外部電源パージっ!!」
一方、司令不在の中、青葉から決戦の時の声があがり、ミサトが号令を発すると共に、発令所にユニゾンのテーマ曲が流れ始めた。


「発進っ!!」


残り62秒・・・。
ミサトの号令で射出口より地上へと打ち出される零号機と弐号機。

残り52秒・・・。
射出された勢いを殺さずリフトロックを外し、両機がそのまま天空へと舞う。

残り48秒・・・。
両機は跳躍頂点で一回転しながら装備していたソニックグレイブを投げつけ、使徒を2体に分断、そして着地。

残り45秒・・・。
左右の兵装ビルよりパレットガンが出され、両機は全く同時のタイミングで装備、攻撃して使徒の目を向けさせる。

残り38秒・・・。
爆煙の中から2体の使徒が光線を放つが、両機はこれを見越していたかの様にパレットガンを投げ捨て、華麗なバク転で攻撃を次々と避けてゆく。

残り33秒・・・。
両機が目標地点まで下がると共に道路より防御壁が現れ、再び左右の兵装ビルより出されたパレットガンを装備して使徒へ撃ち込む。

残り29秒・・・。
2体はパレットガンの苛烈な火線を跳んで避けた上、突撃をかけて防御壁を破り、零号機が左、弐号機が右に飛んで2体の攻撃を避ける。

残り27秒・・・。
ミサトの指示で兵装ビル、自走砲車両、山間ロケット砲とあらゆる通常兵器の砲門が開き、使徒を狙って弾幕を作る。

残り25秒・・・。
2体が弾幕に目を眩ませた隙を突き、一気に間合いを詰める両機。

残り23秒・・・。
まるで合わせ鏡の様に両機は2体に対して、同時にアッパーからの踵落としに繋ぎ、ストレートを叩き込んでお互いの目標を吹き飛ばす。

残り22秒・・・。
ネルフの面々はこの零号機と弐号機のまるでダンスの様な美しい動きに感動して勝利を確信。

残り20秒・・・。
両機は同時に駈け、2体に対してトドメの飛び蹴りを放つべく踏み切り飛ぼうとしたその時。


『ぐっ!?』
突如、アスカが下腹を走った鈍痛に顔を顰め、弐号機がバランスを崩して走り転び、ユニゾンする零号機もまた走り転んだ。
「まずいっ!!・・・シンジ君っ!!!」
「初号機、地上へ出ますっ!!」
ミサトが驚愕に目を見開き、シンジへ指示を出そうとするよりも早く、日向から初号機が既に出撃しているとの報告の声があがった。


「はぁぁぁぁぁ~~~~~~っ!!」
零号機、弐号機と同様に射出の勢いを殺さずリフトロックを外し、そのまま天空へと舞う初号機。
「はい、はい、はい、はいっ!!」
                チュドドドドォォォォォーーーーーンッ!!
「はい、はい、はい、はいっ!!」
                チュドドドドォォォォォーーーーーンッ!!
「はい、はい、はい、はいっ!!」
                チュドドドドォォォォォーーーーーンッ!!
跳躍頂点で一回転した後、シンジのかけ声と共に、初号機が左右の掌を交互に何度も突き出し、左右の掌から数多のオレンジ色の光弾を放つ。
「はい、はい、はい、はいっ!!」
                チュドドドドォォォォォーーーーーンッ!!
「はい、はい、はい、はいっ!!」
                チュドドドドォォォォォーーーーーンッ!!
「はい、はい、はい、はいっ!!」
                チュドドドドォォォォォーーーーーンッ!!
初号機が地上へ着地するまでの間、雨霰の如く幾十もの光弾が放たれ、その全てが均等に使徒2体の元へ降り注いで動きを止める。
ガッシィィーーーン・・・。シャコンッ!!
「*********っ!!」
そして、初号機は片膝付いて地面へ着地すると、左肩の武装パックを開き、シンジが何かの言葉を喋る様に声なく口を刹那ほど動かした次の瞬間。
「行けっ!!」
ドゴッ!!
シンジが左目を力強くギュッと瞑り、初号機が右手にプログナイフを逆手に装備して大地へ勢い良く突き立てた。
ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!
「くうっ!!さすがにきついっ!!!」
その途端、一条のオレンジ色の閃光が迸って大地を切り裂き、閃光が瞬く間に使徒の足下へ達すると、使徒の周囲に黒円を描いて広がった。


「目標の質量増大っ!!・・・これは重力波ですっ!!!目標の直下に重力波が発生していますっ!!!!」
「何ですってっ!?そんな事が有り得るはずがないわっ!!?」
青葉からあがった信じられない報告に、リツコが驚愕に目を見開いて叫ぶ。
ブシュッ!!ブシュッ!!!ブシュブシュブシュブシュブシュッ!!!!
「しょ、初号機の筋繊維、毛細血管が次々と断裂してゆきますっ!!こ、このままではパイロットが危険ですっ!!!」
その直後、初号機の装甲の隙間と言う隙間から赤い液体が勢い良く噴き出し、マヤがあまりに酷い初号機の状況に悲痛な叫び声をあげる。
『2人とも何をモタモタしているっ!!そう長くは保たないぞっ!!!』
「レイっ!!アスカっ!!!」
通信ウィンドウに映るシンジの右目だけから赤い涙が流れ始め、ミサトはシンジの危機を悟り、シンジの左右に開く通信ウィンドウへ叫んだ。


残り10秒・・・。
両機が頷き合って一斉に駈け、再び2体に対してトドメの飛び蹴りを放つべく踏み切って天高く舞う。

残り08秒・・・。
跳躍頂点で一回転した後、2体へ向けて手をクロスさせ、きりもみ回転させながら更なる勢いを付けて降下を始める両機。

残り07秒・・・。
間合い直前でムーンサルトを決めて背中合わせとなり、零号機は右脚、弐号機は左脚を突き出し、左右対称で2体目がけて飛び蹴りを放つ。

残り06秒・・・。
蹴りは見事にお互いの目標の胸にあるコアへ命中し、同時に初号機が2体の足下に作っていた黒円が消える。

残り05秒・・・。
2体が蹴りの衝撃に押され、両機ごと背後にある山の頂へと吹き飛ばされて行く。

残り02秒・・・。
同時に2体のコアにひびが走って激しい発光を始め、2体と両機が山の頂へと達した次の瞬間。

残り00秒・・・。
2体が大爆発を起こして本部のモニターを白く焼き、己の血で全身を真っ赤に染めた初号機が大地へ力無く倒れ伏した。


「・・・で、どうして、あんた達がここに居るのよ。作戦は終わったんだから、さっさと自分の家へ帰んなさいよ」
多少はヒヤッとしたところがあった物の戦いは勝利に終わって嬉しいはずが、ミサトは不機嫌そうにシンジとビールで祝杯をあげていた。
ミサトが不機嫌な理由、それは作戦が終わったにも関わらず、目の前で自分達と夕食後の一時を共にしているレイとアスカの存在に他ならない。
女の子座りをする膝の上にペンペンを座らせ、ペンペンの頭を撫でながらTVを見ているレイ。
リビングの床にクッションを置いて俯せになって寝転びながらファッション雑誌を読んでいるアスカ。
その恰も昔からここにずっと住んでいる様な2人のくつろぎぶりが余計にミサトの不機嫌さを煽っていた。
それに加え、アスカのノーブラで水色のタンクトップに青のジョギパンと言うシンジを挑発するかの様な薄着姿もミサトは気が気でない。
ちなみに、アスカに対抗してか、ミサトもノーブラでピンクのキャミソールにカットジーンズな悩殺姿。
また、シンジは青のTシャツに膝下まである黒の長半ズボン姿、レイはシンジに買って貰った水色のワンピース姿。
「・・・問題ないわ」
「仕方ないでしょ。いつの間にか、住所がここに変更されちゃったんだからさ」
これもユニゾンの副産物か、レイはTVへ視線を向けたまま、アスカは雑誌へ視線を向けたまま、ミサトの問いにぞんざいっぽく応える2人。
「なら、私がまた手続きしてあげるわよ。1人暮らしの方が気を使わないし、その方が良いでしょ?大体、うちは部屋が足りないんだからさ」
「ま、まあ、そうなんだけどねっ!!で、でも、もう荷物もこっちに全部あるし、また引っ越すのも面倒だからここで我慢してあげるわっ!!!」
その無礼な態度に憤るも堪え、ミサトが御し易そうなアスカを追い出しにかかると、アスカは体を勢い良く起こして尤もらしい口実を訴えた。
(このガキぃぃ~~~っ!!魂胆が見え見えなのよっ!!!
 今日はもう遅いから仕方がないとして・・・。明日になったら、朝1番で住居変更の書類を提出して絶対に追い出してやるっ!!)
だが、シンジとアスカの仲の接近具合にある確信を得ているミサトは、何やら嫉妬の炎を燃やして一計を企み、続いてレイの追い出しにかかる。
「じゃあ、レイ・・・。あなたは自分の家がちゃんとあるでしょ・・・って、何、これ?」
「命令・・・。今日からここに住むの」
「え゛っ!?(・・・な、何故ですか?ふ、副司令・・・・・・。わ、私に何か恨みでもあるんですか?)」
するとレイはスカートのポケットから書類を取り出し、ミサトは手渡された書類の書面を見るなり肩をワナワナと震わせて驚愕した。
これこそ、冬月が苦心してゲンドウに許可を取り付けた『ファーストチルドレン・綾波レイに関する住居変更の報告』なる書類。
しかも、提案者の欄に信頼する冬月の署名があっては拒否する事など出来るはずもなく、ミサトはレイを追い出す全ての手段を失ったと言えた。
その上、レイを許してアスカを許さない訳にもゆかず、同時にミサトはアスカを追い出す手段もほぼ全て失ったと言える。
「ところで、アスカ・・・。」
「なに?」
ふとシンジがテーブルに缶ビールを置いて会話に混ざり、アスカがシンジのご指名にミサトの時とは違って嬉しそうに体を起こす。
「ほら、戦いの時さ・・・。どうして、あんな所で転んだの?」
「・・・えっ!?」
しかし、不思議顔を浮かべたシンジの問いかけに、アスカはたちまち言葉に詰まって何やら顔を紅く染めてゆく。
「あっ!?それ、私も気になっていたのよね。レイはアスカにユニゾンして転んだんでしょ?」
「はい・・・。」
ミサトもシンジの疑問に加わって問いかけ、レイがミサトの事情聴取にコクンと頷く。
「おかげで、僕の初号機はまた壊れちゃったんだよ?」
「そうよね。リツコがボヤいていたわ。また、しばらく徹夜だって・・・。」
シンジは肩を竦めて初号機の被害状況に溜息をつき、ミサトは定時帰りする際に向けられたリツコの恨めし気な視線を思い出して苦笑を浮かべる。
「「ねえ、どうして?」」
「そ、それは・・・。そ、その・・・。だ、だから・・・。え、えっと・・・・・・。
 ・・・う、うるさいわねっ!!あ、あの時はまだ何か挟まった感じがあって痛かったのよっ!!!し、仕方ないでしょっ!!!!」
そして、シンジとミサトは声を揃えて再び問いかけ、アスカは尚も言葉詰まった後、2対の興味津々な視線に耐えきれず遂に怒鳴って秘密を暴露。
「んっ!?・・・・・・おぉ~~おっ!!?」
「っ!?」
その反動で場が静まり返るも一拍の間の後、アスカの言葉を理解して、シンジが右拳で左掌をポンッと叩き、ミサトが驚愕に目を最大に見開く。
「・・・あっ!?」
「そうなると・・・。ひょっとして、僕のせい?いやぁ~~、ごめん、ごめん」
「わ、解れば良いのよっ!!わ、解ればっ!!!」
更に一拍の間の後、アスカは自分の問題発言に気付いて耳まで真っ赤に染め、微笑み謝るシンジの顔がまともに見れずクッションへ顔を埋めた。
(やっぱり、赤毛ザルも要注意・・・。赤毛ザルは用済み・・・。赤毛ザルは殺す・・・。チャンスはこれから。問題ないわ・・・・・・。)
「ク、クワワワワッ!?」
レイは今の会話が解らないなりにも、シンジとアスカの間にある種の絆を感じ取って苛立ち、ペンペンが鶏冠をレイに引っ張られて悲鳴をあげる。
「(くっ!!冗談じゃないわ。こんな女と一緒に住んでいたら、絶対にシンジ様を・・・って、はっ!!?)・・・ね、ねえ、シンジ君?」
「何ですか?」
「そ、その・・・。マ、マヤちゃんから何か聞いてる?」
ミサトはレイ以上に苛立ってアスカへ嫉妬の炎をメラメラと燃やしていたが、ふと昨夜あった重大な事を思い出してシンジへ恐る恐る尋ねた。
「いいえ、別に?・・・何かあったんですか?」
「い、いや、何でもないのよっ!!え、ええ、何でもっ!!!」
応えてシンジはキョトンと不思議顔を浮かべ、ミサトが心底に胸をホッと撫で下ろして安堵の溜息をつくも束の間。
「そうですか?でも、ただ言えるのは・・・。ミサトさんがプライベートで何をしようとも、僕は干渉するつもりはないので安心して下さい」
「っ!?・・・ち、違うっ!!!ち、違うんですっ!!!!シ、シンジ様っ!!!!!あ、あれは加持の馬鹿が無理矢理っ!!!!!!」
シンジがビールを飲みつつニヤリと笑い、ミサトはその笑みに昨夜の秘密が知られていると確信するや否や、涙目でシンジへ抱きつき縋り付いた。
「何、とち狂ってるのよっ!!ミサトっ!!!」
「・・・ばーさんは即時殲滅」
これもまたユニゾンの副産物か、即座にアスカとレイが2人を引き剥がすべく勢い良く立ち上がる。
ドゴッ!!
「グワッ!!」
おかげで、レイの膝の上に乗っていたペンペンは、レイの膝から床へ滑り落ち、強かに顔面を床へぶつけて轟沈した。


カァァーーーン・・・。
           カァァーーーン・・・。
カァァーーーン・・・。
           カァァーーーン・・・。
カァァーーーン・・・。
           カァァーーーン・・・。
街がシーンと静まり返り、闇夜が世界を支配する丑三つ時。
つまり、誰もが寝静まる午前2時の深夜、第壱中の裏山にある神主も居ない小さな神社の森から何かを打ち据える断続的な音が響いていた。
カァァーーーン・・・。
           カァァーーーン・・・。
カァァーーーン・・・。
           カァァーーーン・・・。
カァァーーーン・・・。
           カァァーーーン・・・。
その発生源は、白いジャージに身を包みんで下駄を履き、3本の蝋燭を頭に立てて鉢巻きを巻き、口にヘアブラシをくわえているトウジの手元。
「シンジぃぃ~~~っ!!わしは許さへん、許さへんでぇぇぇ~~~~っ!!!
 アキを誑かし、イインチョを誑かした揚げ句っ!!男の純情を汚したお前を許さへんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~~~~~っ!!!」
カァァーーーン・・・。
トウジは涙をルルルーと流してシンジへの恨みを訴えながら、この神社のご神木である大木にワラ人形を左手に構える木槌で打ちつけていた。
しかも、何処で調べたのか、姿恰好に多少の間に合わせはある物のワラ人形に刺さる3本の五寸釘は頭、胸、股間と呪術作法に則った徹底ぶり。
無論、ワラ人形の胸内部には『碇シンジ』と血文字で書かれた紙とシンジの毛髪が入っている事は言うまでもない。
カァァーーーン・・・。
           「1つ打っては、アキの為ぇぇ~~~っ!!」
カァァーーーン・・・。
           「2つ打っては、イインチョの為ぇぇ~~~っ!!」
カァァーーーン・・・。
           「3つ打っては、わしの為ぇぇ~~~っ!!」
その鬼気迫る凄まじい気迫は何者をも寄せ付けず、トウジが見渡す範囲の限りは虫1匹、鳥1羽も居ない。
カァァーーーン・・・。
           「シンジぃぃ~~~っ!!許さへんでぇぇぇ~~~~っ!!!」
カァァーーーン・・・。
           「お前のせいで・・・。わしは、わしは、わしはぁぁ~~~っ!!」
カァァーーーン・・・。
           「死ねっ!!死ねっ!!!死ねぇぇ~~~っ!!!!」
だが、そんなトウジの気迫にも怯まず、黒い影が徐々にトウジへ忍び寄っていた。
パキッ・・・。
「っ!?」
突如、小枝が踏み割れる様な音が幽かに響き、トウジが驚愕に体をビクッと震わせて動きを止める。
「ふっ・・・。」
「だ、誰やっ!?だ、誰やねんっ!!!?で、出て来いやっ!!!?」
続いて、暗闇の森に不気味な含み笑いが響き、トウジは忙しなく辺りをキョロキョロと見渡しながら驚愕の上に恐怖を重ねて叫んだ。
「・・・力が欲しいか?」
「ひいっ!?」
するとトウジの背後で月明かりに反射した2つの赤い輝きが暗闇に浮かび上がり、恐慌したトウジは思わずその場に腰を抜かして尻餅をつく。
「どうだ?・・・お前にその気があるのなら、私がお前に力をくれてやろう」
「だ、誰やっ!?お、おっちゃんっ!!?」
一拍の間の後、暗闇よりサングラスをかけた髭面の男が現れ、トウジはヤクザの様な風貌を持つ男へ奥歯をガチガチと鳴らしながら正体を尋ねた。
「ふっ・・・。私は通りすがりのネルフ司令だ」
「・・・と、通りすがりのネルフ司令?」
応えて髭面の男『ゲンドウ』はサングラスを押し上げ、トウジは相手がその筋の者でないと解って少しだけ落ち着きを取り戻す。
実を言うと、ゲンドウもまたトウジ同様の目的でここを訪れたらしく、ズボンの両ポケットには呪いワラ人形セット一式が入っている。
「今一度、問おう・・・。力が欲しいか?」
「・・・ど、どう言う事や?」
ゲンドウは腰を抜かしているトウジの目の前まで進み出ると、表情にニヤリ笑いを浮かべながら高みよりトウジを見下ろし問いた。
「お前をチルドレンにしてやると言っている」
「なんやてっ!?」
ゲンドウの言っている意味が解らず問い返すと、予想外の返答が返され、トウジが驚愕に見開いた目を爛々と輝かす。
今までは歩く治外法権を持つシンジへ手を出す事が決して出来ず、こんな呪いと言う男らしくない手段で己を慰めていたトウジ。
しかし、ゲンドウの提案を受け、チルドレンとなる事によってシンジと同じ土俵に立てるのだから、トウジがこれを喜ぶなと言うのは無理な話。
「そして、己の腕を磨け・・・。お前の努力次第でシンジなど容易く葬れる」
「ほ、ほんまかっ!?ほ、ほんまなんかっ!!?」
「幸いにして、今は戦時下だ・・・。正々堂々と立ち向かうも良し、戦闘中に後ろから殺るも良し。チャンスは幾らでもある」
「や、やるっ!!や、やるでっ!!!お、おっちゃんっ!!!!わ、わしはチルドレンをやるでっ!!!!!」
その上、ゲンドウからシンジの殺人許可書まで与えられ、トウジは考える間もなく二つ返事でゲンドウと悪魔の契約を結んだ。
「ならば、私はお前を待っている・・・。明日の午後、ネルフへ来い」
「おうよっ!!絶対に行くでっ!!!待っててやっ!!!!」
ゲンドウは満足な手応えにニヤリと笑いながら去って行き、トウジは興奮に勢い良く立ち上がり、両拳を掲げて満月に向かって吼えまくる。
「ふっ・・・。(シンジ、もうすぐだ。首を洗って待っていろ・・・。
 お前にも信じていた者に裏切られる地獄を見せてやる・・・。そして、愚劣にもユイの姿を謀った天罰を受けるが良い・・・・・・。)」
「やったるっ!!わしはやったるでぇぇ~~~っ!!!シンジ、今に見とれよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」
こうして、様々な運命と思惑が重なり合い、翌日チルドレン選抜組織・マルドゥック機関によってトウジはフォースチルドレンに任命された。


「ねえ、シンジ様ぁ~~・・・。」
「フフ、どうしたんだい?・・・甘えた声なんか出して?」
「お金・・・。貸して頂けませんか?」
「おや、それは意外なお願いだね。・・・幾ら欲しいんだい?1000円、2000円、3000円?」
「そ、その・・・・・・。に、200万ほど」
「・・・はぁ?そんな大金、何に使うの?」
「で、ですから・・・。ル、ルノーのエンジンが・・・・・・。」
「なるほど・・・。まあ、僕にも責任がない事もないし・・・・・・。良いよ。解った」
「ほ、本当ですかっ!?」
「ああ・・・。それくらいなら、明日にでも用意が出来るよ」
「ありがとうございますっ!!では、今夜はいつも以上に頑張らせて頂きますっ!!!」
「くふぅっ!?そ、そんな事まで・・・。ま、正にサービス満点だね」
余談だが、翌日ミサトは4人で住むには部屋数が足りないと必死に冬月へ訴え、レイとアスカを葛城邸の隣の部屋へ引っ越させる事に成功した。




- 次回予告 -
降り注ぐ太陽の光・・・。      

何処までも青い空・・・。      

白い砂浜に寄せては返す波・・・。  

ここは沖縄、南国パラダイス・・・。 

でも、泳げない僕には関係のない事さ。

僕は首里城にでも見学しに行くよ。  

・・・って、おや?君は・・・・・・。


Next Lesson

「マ グマダイバー」

さぁ~~て、この次はノゾミちゃんで大サービスっ!!

注意:この予告と実際のお話と内容が違う場合があります。


後書き

う~~~ん、前回の後書きではあんな事を言ってたのに・・・。
まあ、色々と事情はあるのですが、Bパートは片パートのサイズとしては過去最大の約120Kです(笑)
それはともかく、このお話ではアスカのレイの呼び名は『ファースト』ではなく『レイ』なんですが・・・。
前話のシンジのお説教が関係しているとは言えども、やっぱり違和感がちとありますね(^^;)
でも、今回これを書くにあたり、原作第8話を見ていたら、アスカがレイの事を『レイ』と呼んでいるじゃないですか。
ひょっとして、まだこの辺りでは設定が決まっていなかったんですかね?
他にもリツコの眉が何気なく金髪になっているミスカットも見つけちゃいました(爆)
あとBパートラストの葛城邸のシーンでシンジ、レイ、アスカ、ミサトの服装の描写がありますが・・・。
今後、特別の表記がない限り、これが4人の葛城邸での普段着だと思って下さい。

余談ですが、トウジが行っているワラ人形の正式な呪術儀式作法は以下の通りです。

1.時間は丑三つ時(午前2時)前後。
2.頭に3本の蝋燭(本来は長さの指定がありますが忘れました)を立てる。
3.白装束に身を纏う。
4.口に丸櫛をくわえ、呪う相手の名前を唱える。
5.一本足の高下駄を着用。
6.木槌は必ず左手に持って使用。
7.ワラ人形には頭、胸、股間へ五寸釘を打ちつける。
8.この儀式を誰にも見られてはならない。

もしかしたら、多少は間違っているかも知れませんが、確かこんな感じだったと思います。


感想はこちらAnneまで、、、。

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