真世紀エヴァンゲリオン Menthol Lesson9 瞬間、心、重ねて -17




「おいっ!?見たかよっ!!?」
「見たっ!!見たっ!!!」
「何がぁ~~?」
「知らねえのか?ほら、あの外人」
「・・・外人?」
「2年A組に転校して来たんだよ。先週」
「グぅ~~だよなっ!!」
「惣流・アスカ・ラングレーって言うんだってさ」
既にアスカが第壱中へ転校してきて1週間が経とうと言うのに、第壱中男子生徒達の間ではアスカの話題で持ちきりだった。
なにせ、アスカは100人に聞いて100人が認める美少女な上、第壱中唯一の外人なのだから必然的に注目と話題を集めるのは当然の事。
ちなみに、美少女レベルではレイも負けず劣らずだが、レイの場合は何らかの噂や話題が起こっても大抵は知らず知らずに鎮火するのが常だった。
何故ならば、いかなる噂や話題が起こっても、レイは表情をピクリとも動かさず、噂や話題を起こす方も起こし甲斐がないからである。
「マジに可愛いじゃんっ!!」
「・・・帰国子女だろ?やっぱ進んでいるのかなぁ~~」
「馬鹿、言え・・・。きっとドイツで辛ぁ~~い別れがあったんだよ」
「うんうん、見知らぬ土地で傷ついた心も癒すって奴だな?」
「「「「「おおっ!?すると俺達にもチャンスがっ!!?」」」」」
これほどの美少女だけに当然の事ながら第壱中男子生徒達はこぞってアスカへアプローチをかけた。
だが、アスカはその悉くを無下に断り、終いには下駄箱に連日溢れるラブレターを苛立ち、資源の無駄遣いだと床へ叩きつけて踏みつける有り様。
それでも、アスカファンの第壱中男子生徒達はまるでめげる事を知らず、上記の様な懲りない会話を交わしていた。


「あぁ~~あ・・・。猫も杓子も、アスカ。・・・アスカ。・・・アスカか」
「みんな、平和なもんや」
校舎裏で趣味と実益を兼ねた第壱中の名だたる美少女達の写真販売の露天を開くケンスケとトウジ。
但し、どの写真も目線が正面へ向いていない事から明らかに望遠の隠し撮りと思しき品。
だが、1枚30円と言う実にリーズナブルな値段と隠し撮りには思えない見事な写真は飛ぶように売れていた。
そして、ここ1週間の売れ線はやはりアスカであり、現在は需要に供給が追いつかず、アスカ関連の写真はどれもが連日売り切れ。
特に体操着姿、スクール水着姿などは売り出した直後に売り切れ、今ではそれぞれに値段格差が出来上がり、最高2200円の写真がある始末。
「・・・これを頼む」
「毎度ぉ~~。2200円になります」
「な、なにっ!?き、昨日は2000円だったじゃないかっ!!?」
「ああ、今日から値上げしたんだ」
「うぐっ・・・。わ、解った」
「毎度ぉ~~」
それでも、幾ら値段が高くともご覧の通り、『アスカ、お尻に食い込んだスクール水着を直すの図』を購入する愚か者は後を絶たない。
「しっかし・・・。2000円も出す価値があるんか?2000円ちゅうたら、牛丼が大盛りで4杯も食べられるで」
「まあ、写真にはあの性格が写らないからな。みんなは夢を買っているんだよ」
トウジは去って行く購入者の背中を眺めて不思議顔を浮かべ、ケンスケは金の成る木の写真ネガを太陽に透かしてご機嫌なホクホク顔を浮かべた。


「ねえっ!?見た、見たっ!!?」
「見たっ!!見たっ!!!」
「・・・何の事?」
「知らないの?ほら、あの外人」
「・・・外人?」
「2年A組に転校して来たのよ。先週」
「生意気よねぇぇ~~~っ!!」
アスカが男子生徒達の話題となるに連れ、一緒に話題となったのが転校初日にアスカが開口一発で放ったシンジ変態説。
だが、この説はシンジの絶え間ない努力により、校内から既に綺麗さっぱりと消え去っていた。
「そうそうっ!!碇君が嫌がっているのにしつこく付きまとってっ!!!」
「帰国子女でしょ?やっぱり進んでいるのかなぁ~~」
「きっとそうよっ!!それで碇君を・・・。」
「うんうん、さっそく碇君を狙っているって訳ね?」
「「「「「嫌ぁぁ~~~っ!!碇君、騙されないでぇぇぇ~~~っ!!!」」」」」
その結果、根も葉もない噂を流したと受け止められ、女子生徒達の間では男子生徒達と反比例する様にアスカの評判は失墜。
同時に同年代の男子生徒達と比べ、アスカの容姿にもまるで浮かれる事のないシンジの評判は女子生徒達の間でウナギ昇り状態。
その反面、アスカが唯一話しかける異性のシンジに対して、男子生徒達は嫉妬の炎をメラメラと燃やし、シンジの評判を底辺まで落としていた。


「あ、あのぉ~~・・・。」
しきりに周囲をキョロキョロと恥ずかしそうに伺いながら、ケンスケとトウジの元へ寄ってくる女生徒。
「やあ、毎度どうも。今日は新しいのがあるよ」
「そ、それじゃあ・・・。に、21番と23番と28番のを・・・。」
ケンスケが素早くアスカの写真の見本一覧の上にシンジの写真の見本一覧を置くと、女生徒は見本を眺めてしばらく悩んだ末に購入番号を伝えた。
「はい、90円になりまぁ~~す」
「そ、それと・・・。そ、そちらも・・・・・・。」
だが、ケンスケから写真を受け取りながらもお金を渡さず、女生徒はケンスケの脇に置いてある箱へ視線を向ける。
「はいはい、パックの方も買うんだね?」
「は、はい・・・。え、えっと・・・。こ、これとこれと・・・。こ、これをお願いします」
その視線に気付き、ケンスケは幾つもの黒い袋が列び入った箱を女生徒の目の前へ差し出し、女生徒は散々迷って箱から黒い袋を3つ取り出した。
「毎度ぉ~~。さっきのと合わせて240円になります」
「は、はいっ!!」
そして、ケンスケが右手を差し出すと、女生徒はその右手へ財布から取り出したお金を急いで置き、その場から逃げる様に駈け去って行く。
チャラッ・・・。チャラチャラチャラッ・・・。
「毎度ありぃ~」
ケンスケは女生徒のやや失礼な態度に憤る事もなく、インスタントコーヒーの空き瓶に売上金を入れ、溜まってゆく小銭にご機嫌なホクホク顔。
ちなみに、今さっき女生徒が買った黒い袋『パック』とは、正式名称『チルドレン・パック』と呼ばれる物で1袋50円の福袋である。
その名の通り、袋の中にはシンジ、レイ、アスカのいずれかの写真が1枚入っており、袋を開けるまで誰の写真が入っているのかが解らない代物。
しかも、どんな構図の写真が入っているかも解らず、かなり賭的要素が強いのだが、これが馬鹿受けの大売れ状態。
何故ならば、見本の高額写真が希に入っている事がある上、見本にもない写真が入っている場合もごく希にあるからである。
「けっ!!・・・あいつの何処がええっちゅうねんっ!!!うちの学校のおなご等も見る目がないのうっ!!!!」
「それこそ、写真には本性が写らないからな。みんな、夢を買っているんだよ」
しかし、トウジはシンジの写真が売れれば売れるほど機嫌を傾け、ケンスケはトウジの意見に半ば同意しながら苦笑を浮かべた。
「何が夢やねんっ!!夢は夢でも悪夢ちゅうねん・・・って、ケンスケ」
「んっ!?なんだ?」
トウジは尚も不満を爆発させようとするが、ふと視界にある物を見つけて不満を鎮火させ、ケンスケは何事かとトウジの視線の先へ視線を向ける。
「あのおっちゃん・・・。また来とるで」
「・・・本当だ」
その視線の先には、炎天下の中をトレンチコートに身を包んで目深に帽子を被り、赤いサングラスとマスクを装備した怪しさ炸裂の髭男がいた。


「・・・いつも通り、あるだけ全てを買わせて貰う」
トレンチコートの襟を立て、しきりに周囲をキョロキョロと伺いながら、ケンスケと目を合わせず、パックの総買いを注文するサングラスの男。
ちなみに、この男は既に見本一覧にある目的人物の写真を豊富な資金力で全て購入している為、新作が入らない限りはパックにしか興味はない。
「あのぉ~~・・・。申し訳ありませんが、今日からは大人買いを禁止させて頂き、お1人様5パックまでとなっています」
「なにっ!?金ならあるっ!!!全部、買わせろっ!!!!」
だが、ケンスケが丁重にパックの総買いを断ると、サングラスの男はケンスケを鋭くギロリと睨んでパックの総買いを強要。
「ですが・・・。お客様に買い占められると他のお客様が買えなくなりますので・・・・・・。」
「せやで、おっちゃん。わし等は夢を売っとるんや。その夢を買い占めるなんて大人気ないで」
それでも、ケンスケはサングラスの男の強要を拒否し、トウジは自分の出番が来たかと間に割って入り、サングラスの男を溜息混じりに宥めた。
余談だが、何が入っているのかが解らないパックは賭要素が強い為、購入者にとっての『はずれ』を引いた場合のトラブルがたまにあったりする。
その際、活躍するのが校内でも腕っ節で一目置かれているトウジであり、トウジは言うなればケンスケの用心棒役であった。
「むう・・・。ならば、1袋100円で買おうっ!!それならば、どうだっ!!?」
「そ、それは嬉しいんですが・・・。や、やはり、1度許すと価格破壊が起きますので・・・・・・。」
「くっ!!ならば、1袋150円ならどうだっ!!?」
「い、いや・・・。そ、その・・・。で、ですから、何と言われましても・・・・・・。」
ならばとサングラスの男は1袋辺りの単価をつり上げてパックの総買いを強要し、ケンスケは少し心を惹かれながらも必死に総買いを断る。
「欲深い奴めっ!!良し、1袋200円で買おうっ!!!これで文句はあるまいっ!!!!」
「欲深いのはおっちゃんの方やろ。・・・おっちゃん、解ってぇ~~な。おっちゃんがいつも買い占めるから、わし等も困っとるんやで?」
「強情な奴め・・・。解った。5袋までだな」
見かねたトウジが再びサングラスの男を溜息混じりに宥めると、サングラスの男は憮然としつつ、これ以上の説得は無駄と知って矛を収めた。
「(強情なのはあんただろ・・・。)はい、5袋までです」
「うむっ!!ぬぅぅぅぅぅ~~~~~~・・・。」
ケンスケは内心で深い溜息をつきながら黒い袋が列ぶ箱を差し出し、サングラスの男が黒い袋が列ぶ箱を腕を組んで凝視しながら唸り始める。
「ぬぅぅぅぅぅ~~~~~~・・・。うむっ!!これとこれ、これにこれ、あとこれだっ!!!」
「毎度ぉ~~。250円になります」
そして、約30秒ほど悩んだ末、サングラスの男は箱から黒い袋を5つ選んで勢い良く抜き取り、ケンスケへ代金の250円を叩きつけ渡した。
ビリッ!!ビリビリビリッ!!!
「お、お客様、困ります。あ、開けるのは後にしてくれませんか?」
「ええいっ!!うるさいっ!!!」
すぐさまサングラスの男はその場で黒い袋を開封し始め、ケンスケが慌てて止めようとするも全く耳を貸さない。
ちなみに、何故ケンスケが止めるのかと言えば、この場で開封されて『はずれ』が出た場合、かなりの確率でトラブルになり易いからである。
「うぬっ!?セカンドのなど要らんっ!!!・・・ぬっ!!!?これもセカンドのだとっ!!!!?
 ならば、次こそは・・・。うぐっ!?セカンドのなど要らんと言っておるだろうがっ!!!店主、仕組んでいるなっ!!!?」
「そ、そんな事は断じてありませんよ・・・。パ、パックを選んだのはお客様でしょ?」
案の定、サングラスの男は立て続けに『はずれ』が出た事に怒り出し、ケンスケは慌ててトウジの後ろへ避難して言い返す。
「せやせや、袋を選んだのはおっちゃんや。何が出ても文句は言えんはずやで?」
「むうっ・・・。ぬおっ!?シンジのだとっ!!?しかも、この写真は何だっ!!!?」
トウジはサングラスの男の肩を軽く叩いて宥めるが、サングラスの男は4袋目に入っていた『シンジ、あっかんべーの図』に憤って怒髪天。
ビリビリッ!!ビリビリビリッ!!!
「お前達、私を馬鹿にしているのかっ!?私を誰だと思っているっ!!?」
挙げ句の果て、サングラスの男はシンジの写真を破り捨てた上、粉々になった写真を踏みつけながらケンスケとトウジを猛烈に怒鳴りつけた。
「そう、かっかせんと・・・。おっちゃんには最後の希望があるやろ?」
「うむ・・・。だが、解っているだろうな。これがはずれだったら、貴様等の命はないと思え」
「なに言うとんねん。さっさと開けんかい」
「・・・良いだろう」
トウジはサングラスの男の脅しにも屈せず頭をボリボリと掻きながら宥め、サングラスの男が気を取り直して最後の1袋を開けた次の瞬間。
「のほっ!?」
「ひいっ!?」
サングラスの男が驚きに目を最大に見開き、ケンスケは『はずれ』が出たんだと確信して、トウジの後ろへ隠れるどころか逃げる体勢を整える。
「ふっ・・・。良くやったな。店主」
「・・・へっ!?」
しかし、サングラスの男はケンスケを褒め称えながらニヤリと笑い、ケンスケは予想外の反応に思わず茫然と目が点。
「これはチップだ・・・。今後も期待している」
「・・・あ、ありがとうございます」
今一度、サングラスの男は『レイ、体育座りでパンチラの図』を眺めてニヤリと笑い、ケンスケにチップの1000円を握らせると去って行った。
「あのおっちゃん。いつも思うんやけど・・・。仕事、何をやっとるんやろな?」
「・・・さあな」
「まあ、わし等は売れればええんやけど」
「ああ・・・。それじゃあ、そろそろ昼休みも終わるだろうから教室へ戻ろうぜ」
サングラスの男の背中を茫然と見送った後、トウジとケンスケが5分後に迫った5時間目の授業に備えて閉店準備を始めたその時。
「せやな・・・って、なんやっ!?なんやっ!!?なんやっ!!!?」
「ひ、ひぃぃぃぃぃ~~~~~~っ!?」
突如、サングラスに黒服の男達が十数人ほど左右よりゾロゾロと現れ、トウジとケンスケは驚きのあまり身を寄せ合って混乱大パニック。
「お、おっちゃん等、なんやねんっ!!わ、わし等は真っ当で健全な中学生やでっ!!!わ、わし等に何の用やっ!!!!」
 ま、真っ当でない奴なら、わし等の教室に居るっ!!に、2年A組の碇シンジやっ!!!あ、あいつならボコボコしにして構へんでっ!!!!」
黒服達は無言で2人の周囲を隙間無く取り囲み、トウジが恐怖のあまり怒鳴り叫び、ケンスケがトウジに追従して何度もウンウンと頷く。
「そ、それを・・・。ご、5袋、頼む」
「「・・・はっ!?」」
すると2人の正面に立つ黒服が何やらやるせない溜息混じりに注文を告げ、ケンスケとトウジは黒服のまさかの言葉に思わず茫然と目が点。
「だ、だから、そのチルドレン・パックとやらを5袋ほど買うと言っているんだ」
「「は、はぁ・・・。」」
この後、謎の黒服集団は1人5袋づつパックを買い、結局のところパックは黒服へ指示を出した謎の人物によって買い占められてしまった。


カタカタカタカタカタ・・・。
ネルフ本部のとある実験管制室、お昼休み返上で端末へデーターの打ち込みをしているリツコ。
「ふぅぅ~~~・・・。」
ふと目の疲れを感じて手を止め、リツコが目を手で揉みほぐしつつ傍らの冷めたコーヒーを口に含み、溜息をついてカップを机に置いた次の瞬間。
「少し痩せたかな・・・。」
「・・・そう?」
いきなり背後から加持に抱きしめられ、リツコは驚きながらも加持らしい行動と言葉に苦笑を浮かべ、顔を動かさず加持へ視線を向ける。
「悲しい恋をしているからだ・・・。」
「・・・どうして、そんな事が解るの?」
すると加持は椅子に座るリツコへ更に体重をかけて寄りかかり、人差し指でリツコの顎のラインを撫でて強引に己の方へリツコの顔を向けさせた。
ちなみに、加持は来日の翌日に特殊監査部への転属辞令を受け、アスカと共にそのままネルフ本部勤務となっている。
「それはね。俺も悲しい恋をしているから解るのさ・・・。葛城とシンジ君の同居。あれ、リっちゃんが提案者なんだな」
「えっ!?ど、どうして、それを・・・。」
そこにあった加持の透明な笑みに少し驚いた後、リツコは加持の言葉に体をビクッと震わして本格的に驚き、少しだけ良心をチクリと痛ませた。
何故ならば、リツコは半年ほど前にドイツ支部へ出張した際、加持と数年ぶりの再会しており、加持からミサトへの未練を聞いていたからである。
「ちょっと調べさせて貰ったよ。・・・リっちゃん、どうしてなんだ?俺達、親友じゃなかったのか?」
「か、加持君・・・。く、苦しい・・・。く、苦しいんだけど・・・・・・。」
加持はリツコの両肩に回していた腕をいつしか上へと上げて首に回し、リツコは次第に力がこもってゆく加持の腕力に顔を青白く染めてゆく。
「・・・おっと、済まん、済まん。つい、うっかりな」
「はぁ・・・。はぁ・・・。つい、うっかりで頸動脈を絞めないで欲しいんだけど?・・・もう少しのところで母さんと再会するところだったわ」
一拍の間の後、加持はわざとらしく我に帰って拘束を緩め、リツコは荒い息をつきながら恨めし気な上目づかいを加持へ向けた。
「おっ!?なかなか言うじゃないか。リっちゃんが冗談を言うなんて珍しい事もあるもんだ」
「あら、そう?・・・で、用件は何なの?」
だが、加持は気にした様子もなくリツコのジョークを笑みを浮かべ、リツコは恨めし気な上目づかいを白い視線に変えて話を戻し尋ねる。
「ああ、それなんだが・・・。是非、葛城とシンジ君を同居させた理由について教えて欲しいと思ってな」
「それは簡単。作戦部長とパイロットが同居していれば、作戦上でも、保安上でも何かと都合が良いからよ」
応えて加持は表情を神妙な物へと変えて問い返し、リツコはまさか己の保身の為にミサトを売ったとは言えず、いかにももっともらしい嘘をつく。
「なるほど・・・。しかし、葛城は女でシンジ君は男だぞ?それなら、葛城の副官の・・・。そう、日向君の方が適任じゃないか?」
「そう言われれば、そうかも知れないわね。・・・でも、ミサトは大人、シンジ君は14歳とは言えどもまだまだ子供よ?」
しかし、加持はリツコの応えに満足する事なく質問を更に重ね、リツコは内心でドキドキと動揺しながら努めて冷静に応える。
「確かに・・・・・・。だが、現実を見ろっ!?葛城とシンジ君の関係、あれは何だっ!!?何なんだっ!!!?教えてくれっ!!!!?」
「・・・ええ、そうね。男と女はロジックじゃないもの」
ならばと加持が仮定を持ち出すリツコに対して現実を叫び問うと、リツコは正面へ何処か遠い目を向け、やるせない深い溜息混じりに応えた。
「そんな言葉で誤魔化すなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~っ!!
 リっちゃん、頼むってっ!!俺達、親友だろっ!!!何とかしてくれよっ!!!!頼むよっ!!!!!この通りだっ!!!!!!
 でないと、俺はっ!!俺はっ!!!俺はぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~っ!!!!何の為にぃぃぃぃぃぃぃぃ~~~~~~~~~っ!!!!!」
「わ、解った・・・。わ、解ったわよ・・・。だ、だから、お願い・・・。く、首を絞めないで・・・・・・。」
その応えに納得がゆかない加持はたちまち憤り、再びリツコの首にスリーパーホールドを決め、リツコの顔色が急速に紫へと変わりかけたその時。
余談だが、加持はこの1週間の間に何度となくミサトへアプローチをかけたが、ミサトにその全てを悉くあっさりと軽く避けられていた。
しかも、次第に鬱陶しがられ、今朝に至ってはとても有り難いお言葉『あんたも歳なんだから、早く良い人を作りなさいよ』を頂いている始末。
ブーーー、ブーーー、ブーーーッ!!
「「っ!?・・・使徒っ!!?」」
部屋にけたたましく警報が鳴り響き、加持は我に帰って拘束を緩め、リツコは九死に一生を得て、この時ばかりは使徒に対して感謝した。


『警戒中の巡洋艦ハルナより入電っ!!我、紀伊半島沖にて巨大な潜行物体を発見っ!!!データーを送るっ!!!!』
お昼休み後の気怠い雰囲気を打ち破って警報が鳴り響き、発令所がにわかに慌ただしくなってゆく。
「受信データーを照合。・・・波長パターン青っ!!使徒と確認っ!!!」
「総員、第一種戦闘配置っ!!」
青葉がディスプレイの算出結果を叫び報告すると、冬月は力強く頷き、凛々しい声で発令所に号令を轟かせた。
『総員、第一種戦闘配置っ!!総員、第一種戦闘配置っ!!!』
ブーーー、ブーーー、ブーーーッ!!
同時に、日向より戦闘準備のアナウンスがネルフ本部全域へ放たれ、新たな警報が伝え鳴らされる。
「全く、碇の奴め・・・。この忙しい時に何処をほっつき歩いているんだ」
冬月は機敏に動く眼下の部下達を眺めて満足そうに頷いた後、右隣の主不在の司令席へ視線を移して不機嫌そうに吐き捨てた。


「ぬおっ!?放せ、放さんかっ!!!私はネルフの司令だぞっ!!!!偉いんだぞっ!!!!!凄いんだぞっ!!!!!!」
「・・・と、この様にさっきから訳の解らない事を言っているんですが。・・・班長、どうします?」
「馬鹿を言え、こんな見るからに怪しい奴が司令の訳がないだろ。取りあえず、万が一と言う事もあるだろうから部長へ連絡しておけ」
その頃、トレンチコートに身を包んで目深に帽子を被り、マスクを装備したゲンドウは、ネルフ本部の出入口ゲートで保安部に捕まっていた。




真世紀エヴァンゲリオン
M E N T H O L

Lesson:9 瞬間、心、重ねて




「先の戦闘によって第三新東京市の迎撃システムは大きなダメージを受け、現在までの復旧率は26%。
 実戦における稼働率はゼロと言って良いわ。したがって、今回の迎撃は上陸目前の目標を水際で迎え撃ち・・・。一気に叩くっ!!」
道路に500メートルほどの列を連ね、相模湾沖の迎撃ポイントへ向かうネルフの指揮車両群。
「零号機、弐号機は目標に対して波状攻撃、近接戦闘でいくわよっ!!
 地上へ出たら電源補給の後、間髪入れずフォーメーションを取って・・・。良いわね?」
一方、その地下でも特殊リニアトレインに乗せられた零号機と弐号機が迎撃ポイントの相模湾沖を一路目指していた。


「あぁ~~あ、日本でのデビュー戦だって言うのに・・・。どうして、あんたなんかと組まなきゃいけないのよ」
機体が仰向けに寝そべっている為、必然的にエントリープラグも横向きとなり、アスカが居住性の悪さからついつい愚痴の1つもレイへこぼす。
「・・・それはこっちのセリフ」
「はんっ!!言っておくけど、くれぐれもあたしの足手まといになる様な真似はしないでよねっ!!!」
するとレイからすかさず反論が入り、アスカは不機嫌の上に不機嫌を重ね、毒気たっぷりの嫌味を飛ばした。
「・・・それもこっちのセリフ」
「何ですってぇぇ~~~っ!!もういっぺん言ってみなさいよっ!!!レイっ!!!!」
だが、レイは無表情にあっさりと反論を切り返し、アスカが不機嫌を3つ重ねて遂に憤り、レイが映る通信ウィンドウへ身を乗り出した次の瞬間。
『ほら、アスカっ!!もう着くわよっ!!!』
「えっ!?」
ミサトより到着の知らせが入ると共に、特殊リニアトレインがトンネルを抜け、アスカの目の前に青空が広がった。
キキキキキッ!!
「キャァァァァァ~~~~~~っ!!」
同時にブレーキ音を鳴り響かせて特殊リニアトレインが止まり、ブレーキの作用でアスカの体がシートへ押し付けられるも束の間。
ガッシャンッ!!・・・ゴンッ!!!
「いったぁぁ~~~っ!!」
一瞬後に反作用が働き、アスカは前方のエントリープラグ内壁へ強かにおでこをぶつけ、両手でおでこを押さえながらちょっぴり涙目。
「やっぱり、足手まとい・・・。」
「何ですってぇぇ~~~っ!!」
『そんなのどっちでも良いから、早く電源を接続しなさい。すぐに目標が現れるわよ』
レイはそんなアスカを馬鹿にした様にクスリと笑い、アスカは涙を引っ込めて怒鳴り、ミサトが言い争いの耐えない2人に呆れて溜息をついた。


『零号機及び、弐号機、R26リニアラインよりリフトオフ』
『アンビリカルケーブル、接続完了』
『送電開始』
目標迎撃地点の浜辺で槍状の武器『ソニック・グレイブ』を構える弐号機とパレットガンを構える零号機。
ちなみに、初号機は第五使徒戦で受けたダメージが未だ癒えず、修復率が50%も満たない為、今回はネルフ本部でお留守番中。
「2人がかりなんて卑怯でヤダな。趣味じゃない」
『私達は選ぶ余裕なんて無いのよ・・・。生き残る為の手段はね』
ふくれっ面で今回の作戦について不満を漏らすアスカに、ミサトがやや苦笑を浮かべて諭したその時。
「・・・来るわ」
ザッパァァーーーンッ!!
レイが眉をピクリと跳ねさせて呟きを漏らし、同時に前方の沖合で激しい水柱が立ち上がり、その中からエヴァより一回り大きい物体が現れた。
表面にメタリックな輝きを持ち、四肢がありながら何処かやじろべえの様な形状を持つ第七使徒『イスラフェル』である。
『攻撃開始っ!!』
「「了解」」
すぐさまミサトより攻撃命令が発せられ、レイとアスカは返事を返し、それぞれの武器を改めて構え直した。


「じゃあ、あたしから行くわっ!!援護、よろしくっ!!!」
レイの返事を待たずして、使徒へ突撃をかけるアスカ。
「ふうっ・・・。」
ガガガガガガガガガガッ!!
レイはアスカの要請にいかにも不承不承と言った感じの短い溜息をつき、やる気なさそうながらも正確な射撃を使徒に向けて放つ。
ガシンッ、ガシンッ、ガシンッ、ガシンッ、ガシンッ!!
「・・・・・・?」
使徒へ伸びる火線の横を弐号機が駈け、レイは気怠そうにトリガーを引き続けていたが、ふと使徒の胴体に違和感を感じて首を傾げた。
「・・・っ!?待ってっ!!!」
「いけるっ!!」
一拍の間の後、レイは使徒のコアが2つある事に気付き、驚愕に目を見開きながら制止を叫ぶも、アスカは耳を貸さず弐号機を駈け踏み切らす。
「はっ!!・・・はっ!!!・・・はっ!!!!」
ガシッ!!・・・ガシッ!!!・・・ガシッ!!!!
そして、海中に水没しかけたビルの屋上を足場にして、弐号機がホップ、ステップ、ジャンプの3段飛びで使徒へ迫る。
「ぬりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~っ!!」
アスカはかけ声をかけ、弐号機がジャンプ頂点に達すると共にソニック・グレイブを振りかぶらせ、着地と同時に全身の力を込めて振り落した。
ザクッ!!ザクザクザクザクザクッ!!!
『お見事っ!!アスカ、ナイスよっ!!!』
その結果、唐竹割りされた使徒は脳天から真っ二つに切り裂かれ、ミサトがあっけないながらも見事すぎるアスカの手際を歓喜の声で褒め称える。
「どう、レイ?戦いは常に無駄なく美しくよ」
アスカは得意満面な顔で弐号機を振り返らせ、零号機の元へ歩み戻りながら弐号機の胸を反らして大威張り。
ガガガガガガガガガガッ!!
「・・・って、レぇぇ~~~イっ!!あんた、何すんのよっ!!?」
『ちょ、ちょっと、レイっ!?ど、どうしちゃったのっ!!?』
だが、零号機から銃弾の洗礼を受けて、アスカは怒髪天になり、ミサトがレイのご乱心にビックリ仰天。
「まだ終わっていないわっ!!」
「えっ!?」
『なにっ!?』
するとレイが珍しく叫び、その叫びの意味する言葉に、アスカが弐号機を素早く振り向かせ、ミサトがモニターの使徒へ視線を戻した次の瞬間。
バリッ!!ブクブクブクブクブクッ!!!
『な゛っ!?なんて、インチキっ!!?』
切り裂かれたままの使徒がそれぞれ殻を破る様に表面を破って2体となって分裂し、ミサトが非常識すぎる使徒に対して思わず絶叫を響かせた。


『本日、14時58分15秒。2体に分離した目標『甲』の攻撃を受けた零号機は、駿河湾沖合2Kmの海上で沈黙』
階段状となっているブリーティングルームに集められたネルフ主要幹部とチルドレン達。
ちなみに、席順は最前列に制服へ着替えたレイとアスカ、中前列にミサトとリツコと加持、中後列にシンジとマヤ、最上段列にゲンドウと冬月。
部屋は電気が点けられず薄暗く、マヤのアナウンス進行の元、正面の50インチモニターに先の戦いの様子が次々と映し出されてゆく。
『同35秒。弐号機は目標『乙』の攻撃により活動停止。・・・この状況に対するE計画責任者のコメント』
『・・・無様ね』
戦いはその後、弐号機が不意を突かれた形となって劣勢を強いられ、まずは零号機が戦線離脱をし、結局のところネルフ側の惨敗に終わっていた。
その様は散々たる物であり、零号機は海面に俯せとなってプカプカと浮かび、弐号機に至っては浜辺に上半身を天地逆さまに埋まっている有り様。
「ねえ、マヤさん。零号機の首に引っかかっている海草が実にシュールだと思いません?」
『ぷっ!!ホントだ。土左右衛門みたいね・・・って、シンジ君、ダメじゃない。まだ反省会の途中よ。ぷぷぷぷぷっ!!!』
シンジは零号機の間抜けな姿にクスリと笑って隣に座るマヤへ同意を求め、マヤはマイクが入っているのも忘れて思わずシンジの言葉に吹き出す。
「・・・あなたのせいで碇君に笑われたわ」
「なに言ってんのよっ!!あんたのせいでせっかくのデビュー戦がメチャメチャになっちゃったんじゃないっ!!!」
リツコの侮蔑は堪えなかったレイだったが、シンジの一笑に羞恥心が芽生えてアスカを責め、アスカがレイの責任転嫁にいきり立って席も立つ。
「そう・・・。良かったわね」
「ちっとも良かないわよっ!!あんた、馬鹿っ!!!」
「・・・どうして、そういう事を言うの?」
「はんっ!!とにかく、あんたのせいで負けたって事を自覚しなさいよねっ!!!」
「命令があればそうするわ・・・。」
「きぃぃ~~~っ!!むかつくぅぅぅ~~~~っ!!!」
だが、レイはアスカの怒鳴り声に怯まず正面を向いたまま淡々と返事を返し、アスカはその態度に苛立って怒鳴り声のボリュームを上げてゆく。
「それにしても、惜しかったのは弐号機だよね」
「えっ!?」
そこへシンジが2人の言い争いに割って入り、アスカは意外な所からの援護に驚きながら、期待満面の表情をシンジへ向ける。
「あと2、30メートルほど手前の海へ埋まっていれば、正しく犬神家の一族状態だったのに」
「・・・へっ!?」
するとシンジは腕を組んで何やらウンウンと頷き、アスカがシンジの言葉の意味が解らず思わず茫然と目が点になった直後。
『「「「ぷっ!!」」」』
「えっ!?えっ!!?えっ!!!?」
ミサトと加持とマヤと冬月が弐号機の姿にとある映画の1シーンを思い出して拭き出し、アスカは戸惑いまくって辺りをキョロキョロと見渡す。
「な、何よっ!!だ、大体、あんたがボケボケッとしているから、あんなんになったんじゃないっ!!!」
「・・・あなたには負けるわ」
「何ですってぇぇ~~~っ!!」
「別に・・・。」
その結果、笑いを堪えている4人の様子から馬鹿にされている事だけは解り、アスカは羞恥心に顔を真っ赤に染め、再びレイへ怒りの矛を向ける。
「・・・マヤ」
『は、はい・・・。ふぅぅ~~~・・・。ふぅぅ~~~・・・。ふぅぅ~~~・・・。ふぅぅ~~~・・・。続けます』
リツコはレイとアスカの不毛な言い争いに深い溜息をつき、マヤはリツコの冷たい声に体をビクッと震わし、深呼吸を数回重ねて気を取り直した。
『15時03分をもってネルフは作戦遂行を断念。国連第二方面軍に指揮権を譲渡』
「全く、恥をかかせおって・・・。」
「・・・申し訳ありません」
画面が国連空軍の様子へ切り替わると、冬月も気を取り直して愚痴り、ミサトは信頼する冬月の期待を裏切ってしまった事に俯きながら詫びる。
『同05分、N2爆雷により目標を攻撃』
「(むうっ!?いかんっ!!!)まあ、百戦して百勝ともいかんだろ・・・。要は最後に勝てば良いのだよ。葛城三佐」
「・・・・・・はい」
冬月はそんなミサトの様子にドキッと動揺しつつ慌ててフォローするが、ミサトは顔をションボリと俯かせたまま上げない。
『これにより、構成物質の28%の焼却を成功』
「まっ・・・。建て直しの時間が稼げただけでも儲けもんっスよ」
「ああ、足止めにすぎん。再度侵攻は時間の問題だな・・・。(うむっ!!加持一尉、ナイスフォローだっ!!!)」
続いて、加持が軽い口調でフォローを入れ、冬月は加持の後を大いに頷いて追従し、ミサトが少し元気を取り戻して無言ながら顔を上げたその時。
「・・・パイロット両名」
反省会が始まって以来ずっと黙してゲンドウポーズをとっていたゲンドウが、おもむろに席を立ち上がりつつ初めて口を開いた。
「は、はい!!」
「・・・はい」
その重々しく迫力のある声に慌てて言い争いを止め、アスカが驚きながら即座に振り返り、レイがいつもの無表情でアスカに少し遅れて振り返る。
「お前達の仕事は何か解るか?」
「・・・・・・エヴァの操縦です」
ゲンドウはサングラスを押し上げて問い、アスカはすぐに応えが出せず少し考え込んだ後、無言のままのレイに対して勝ち誇ったかの様に応えた。
「違う。使徒に勝つ事だ・・・。こんな醜態をさらす為に我々ネルフは存在している訳ではない」
「・・・は、はい」
「以上だ・・・。」
しかし、アスカは応えを否定された上に鋭く睨まれて体を萎縮させ、ゲンドウが話はもう終わりだと部屋を出て行こうと振り向いた次の瞬間。
「・・・30点」
「なに?」
ゲンドウを馬鹿するシンジの鼻で笑う声が部屋に響き、ゲンドウが眉をピクリと跳ねさせて勢い良く振り向き戻った。
「シ、シンジ君っ!?」
「司令として、その訓辞は30点だと言ったんだよ。・・・だって、そうだろ?結論だけを言っても、また同じ失敗を繰り返すだけじゃないか」
ミサトはゲンドウの怒気に怯んでシンジを諫めようとするも、シンジは肩を竦めながらご丁寧に言葉を補ってゲンドウを尚も馬鹿にする。
「何だとっ!?」
「マヤさん、戦闘開始前の記録から出せますか?」
「えっ!?あっ!!?う、うん・・・。だ、出せるけど?」
本格的に憤ったゲンドウはシンジへ凄まじい睨みを放つが、シンジはまるで気にした様子もなくマヤの机の上にあるリモコンへ手を伸ばす。
「それじゃあ、お願いします・・・って、ほら、何しているのさ。さっさと座れば?僕が本当の訓辞と言う物を見せてあげるよ」
「ぬ、ぬうっ・・・。」
それどころか、シンジは憤って鼻の穴を開閉させているゲンドウを手で制し、ゲンドウは腕を組みながら再び椅子へ不機嫌そうにドカッと座った。


『あぁ~~あ、日本でのデビュー戦だって言うのに・・・。どうして、あんたなんかと組まなきゃいけないのよ』
『・・・それはこっちのセリフ』
『はんっ!!言っておくけど、くれぐれもあたしの足手まといになる様な真似はしないでよねっ!!!』
指揮車両の記録が戦闘開始前から流され、シンジはアスカが自信たっぷりなセリフを言い放つと同時にリモコンで映像を止めて尋ねた。
「まずはこれだけどさ。・・・何なの、これ?デビュー戦って、何?」
「何って・・・。あんた、馬鹿?そのまんまの意味じゃない」
「だとしたら、下らないね。それは君の驕りだ」
「何ですってぇぇ~~~っ!!」
応えてアスカはシンジを馬鹿にするが、シンジに軽く鼻で一笑され、たちまち怒髪天になって席を勢い良く立つ。
『2人がかりなんて卑怯でヤダな。趣味じゃない』
『私達は選ぶ余裕なんて無いのよ・・・。生き残る為の手段はね』
「次にこれ。さっきの言葉にも引っかかるけど・・・。もしかして、君は1人で戦っているつもりなのかい?
 もし、そうなら勘違いも甚だしいよ。何の為に綾波が一緒に出撃したと思っているんだ?・・・これはもう驕りどころか、自惚れだね」
「な゛っ!?」
だが、シンジはアスカを無視して映像を進め、アスカが2度目に言い放ったセリフについても鼻で笑い、アスカは怒りのあまり言葉が出ず絶句。
「確かに使徒と実際に戦うのは僕等だ・・・。だが、僕等だけが戦っている訳じゃない。ネルフの全員が戦っているんだ。
 所詮、僕等は末端のパイロット。1人では何も出来ない事を自覚した方が良い。
 そう、ミサトさんが居て、リツコさんが居て、たくさんの人達が居て、初めてエヴァは動くんだ・・・。その辺の事をちゃんと理解している?」
「・・・わ、解っているわよ。そ、それくらい・・・・・・。」
「いいや、解っていないね。解っていたら、こんな言葉は決して出てこないはずだ」
「うぐっ・・・・・・。」
シンジは間一髪を入れず更なる正論を重ね、アスカは何とか言葉を取り戻して反論するが、あっさりと看破されて言い返せず悔しそうに着席する。
((・・・シ、シンジ君))
(良く言うわ・・・。あなただって似た様な物じゃない)
一方、ミサトとマヤはシンジの言葉に感動して心を震わせ、リツコは今までの勝手気ままなシンジの戦いぶりを思い起こして心の中で吐き捨てた。
『・・・っ!?待ってっ!!!』
『いけるっ!!』
「次はこれ。・・・綾波はここで使徒のコアが2つある事に気付いていたんじゃないの?」
シンジは更に映像を進め、レイがアスカに制止を叫ぶところで映像を止め、レイがシンジの問いに無言でコクンと頷く。
「えっ!?そうなのっ!!?だったら、どうして・・・。」
「言う暇もなくアスカが突撃をかけたじゃないですか。これは明らかにアスカの独断専行です」
その途端、ミサトは初耳だと言わんばかりにレイを責めようとするが、シンジがミサトの言葉を遮り、溜息混じりにアスカを責めた。
『お見事っ!!アスカ、ナイスよっ!!!』
『どう、レイ?戦いは常に無駄なく美しくよ』
続いて、今回の戦いで最大の敗因となった原因の箇所で映像を止め、シンジはアスカへきつい責めを更に重ねる。
「そして、極めつけがこれ。戦闘終了の合図がかかっていないにも関わらず、使徒に対して背中を見せるなんて、お粗末としか他に言い様ない。
 これも結局のところ、驕りや自惚れからくる行動・・・。
 つまり、戦いの敗因は全てアスカにあり・・・。それに気付いていないからこそ、自分の仕事がエヴァの操縦だなんて的外れの答えを出すんだ」
その全てが正論である為、アスカは一言も言い返す事が出来ず悔しさに顔を俯かせ、膝に置いた両手でスカートの裾を力一杯にギュッと握った。
「・・・と、これが訓辞と言う物だよ。ちゃんと何が悪いのかを言わなくちゃ相手に伝わらないだろ?・・・ねえ、父さん」
「うぐぐぐぐっ・・・。」
するとシンジは顔をアスカからゲンドウへ向け、ゲンドウがその勝ち誇った様なシンジのニヤリ笑いに悔しさのあまり奥歯をギリリと噛みしめる。
(ほほう、なかなか・・・。碇司令に一歩も怯まないとは・・・。碇シンジ、思った以上に曲者の様だな・・・・・・。
 でも、まあ・・・。確かに正論は正論だが・・・。なにも、そこまで言わんでも良いだろうに・・・。こりゃぁ~~、フォローが大変だぞ)
加持はその様を眺めてシンジの評価を改めた後、肩をブルブルと震わせて項垂れているアスカの後ろ姿へ視線を向け、心の中で深い溜息をついた。


「何だ、こりゃ・・・。冗談でしょ?」
ドスッ・・・。バサバサバサバサバサッ・・・。
ミサトが力無く椅子へ腰を下ろしたわずかな振動に反応し、机の上に所狭しと山積みされた書類が雪崩の如く床へこぼれ落ちてゆく。
ちなみに、ここはミサトの執務室であり、どれほど書類が積まれているかと言えば、机の対面から見て座ったミサトの姿が隠れてしまうくらい。
「いいえ、それ全部が関係各所からの抗議文と被害報告書よ。そして、これがUNからの請求書」
「どうせ、喧嘩をするならここでやれって言うんでしょ?言われなくても解ってるわよ。・・・で、エヴァの修理はどれくらいかかりそうなの?」
この上、リツコから更なる書類を渡され、ミサトは感情の赴くまま書類を丸め潰してゴミ箱へ捨て、書類より気になるエヴァの損害状況を尋ねた。
「フルピッチで6日ってところね」
「初号機は?」
「あと3週間は確実にかかるわ。まあ、動かないと言う事はないけれど、せいぜい本来の半分以下の性能しか出せないわよ」
「・・・となるとシンジ君は戦力外。やっぱり何だかんだでキツいわねぇぇ~~~・・・。それで使徒の方は?」
応えてリツコは床へ落ちた書類を拾って机へ戻し、ミサトは高まった書類の山越にいるリツコへ目線を上げ、次に気になる使徒の動向を尋ねる。
「現在、自己修復中。第2波は6日後とMAGIは予想しているわ」
「どっちも6日間は身動きが取れないって訳か・・・。」
そして、返ってきたリツコの応えに手詰まりを知り、ミサトは机に肘すら置けないので椅子に背を持たれ、首の後ろで手を組んで作戦を考え込む。
「碇司令はカンカンよ。今度、しくじったら間違いなくクビね」
「ちょっとぉ~~・・・。ヤな事をサラッと言わないでくれる?」
「そこで、あなたのクビが繋がる良いアイディアが1つ有るんだけど・・・。いる?」
だが、良い策は全く浮かばず、ミサトがリツコの嫌味に顔を顰めると、リツコが書類の山越にミサトへ1枚のディスクを差し出した。
「いる、いるっ!!いるに決まってるじゃないっ!!!さっすが、赤木リツコ博士っ!!!!」
バサバサバサバサバサバサバサバサバサバサッ・・・。
「残念。私が考えたアイディアじゃないんだけどね」
「えっ!?じゃあ、誰が?」
即座にミサトは勢い良く立ち上がりながらリツコからディスクを引ったくり取り、その振動に山積みされた書類が一気に机からこぼれ落ちてゆく。
「加持君よ」
「げっ!?」
リツコがミサトの問いに応えると共に、ミサトはディスクを裏返して、ラベルに書かれた『マイ・ハニーへ』の文字に顔を引きつらせた。
余談だが、ディスク内には作戦アイディアと一緒にミサト宛の50Kバイトにも及ぶ熱烈なラブレターも入っていたりする。
「・・・やっぱ、いらね」
「あら、クビになっても良いのね?」
「う゛っ・・・・・・。」
ミサトは少し躊躇った後、ディスクをゴミ箱へ捨てるが、リツコに嫌味っぽい笑顔を向けられ、背に腹は代えられずゴミ箱をすぐに漁り始めた。


「・・・・・・。」
反省会が終わって既に1時間弱、未だアスカは薄暗い部屋で悔しさに項垂れていた。
プシューー・・・。
「っ!?」
不意に静寂だけが満ちる部屋に圧縮空気の抜ける音が響いて出入口の扉が開き、アスカが廊下から射し込んだ光に思わず体をビクッと震わす。
「あった、あった。やっぱり、ここに忘れていたのか・・・って、おっ!?アスカ、まだ居たのか?」
加持は1時間前の退出時にわざと机に置き忘れていった携帯電話を懐へしまいながら、あたかも偶然にアスカを見つけたかの様に驚き話しかけた。
「・・・どうした、どうした?アスカらしくないぞ?いつもの元気はどうしたんだ?」
だが、俯いたままのアスカからの返事はなく、加持は困り顔で頭をボリボリと掻き、戯けた口調で再び声をかけつつアスカの隣の席へ座る。
「まあ、そう気を落とすなって。・・・なっ!?」
それでも、俯いたままのアスカからの返事はなく、加持は内心でやれやれと溜息をつきながら、アスカの肩へポムッと手を乗せて励ました。
「加持さん・・・。」
「っ!?・・・何だ?」
その甲斐あってか、アスカは少しだけ顔を上げ、加持はその横顔が泣きはらした顔だと知って驚いた後、優しい口調でアスカの言葉を促し待つ。
ちなみに、アスカと加持の付き合いは既に4年ほどになるが、加持は未だかつてアスカの泣き顔を1度たりとも見た事はなかった。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
どれほど握ったのか、膝の部分が最早しわくちゃになっているスカートの裾を改めて握り締め、何かを耐える様に肩をブルブルと震わすアスカ。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
部屋に静寂が戻って1分弱が経過した頃、アスカは顔を俯かし戻して肩の震えを止め、ようやく重い口を開いて加持へか細い声で尋ねた。
「あたしって・・・。あいつが言う通り、自惚れているかな?」
「んっ!?ああ・・・。まあ、そうだな。シンジ君が言っていた事は正しいだろう」
「・・・そう。加持さんもそう思うんだ・・・・・・。」
加持はアスカの問いに迷いながらも正直に頷き、アスカはきっと加持なら否定してくれると思っていただけにショックが大きく更に顔を俯かせる。
「だがな。アスカ・・・。シンジ君はアスカが憎くて、ああ言ったんじゃないぞ?アスカに死んで欲しくないからこそ言ったんだ」
「あたしが・・・。死ぬ?」
しかし、加持に思ってもみなかった事を言われ、アスカは戸惑い顔を上げて問い返した。
「そうだ。アスカはこの前の戦いで鮮やかに勝ちすぎたから、少し忘れているんじゃないのか?
 使徒との戦いはゲームでもなければ、コンクールや発表会でもない。命を賭けたやり取りだと言う事を・・・。
 今回は上手く生き残れたが・・・。葛城と国連の対応が少しでも遅れていたら、アスカは間違いなく死んでいただろう。レイちゃんと一緒にな」
「っ!?」
そして、加持にシンジの言葉を丁寧に補われ、アスカは自分のしでかした過ちの大きさを知り、勢い良く顔を振り向かせながら驚愕に目を見開く。
「これで解っただろ?まあ、葛城の不手際もあっただろうが、今回の敗因はシンジ君が言う通りアスカにある。
 確かにアスカは子供の頃からチルドレンとしての訓練を重ねてきたが・・・。それを驕ってはいけない。
 そして、シンジ君やレイちゃんの方が実戦の先輩だと言う事も忘れてはいけない。
 確か、アスカはこんなを言っていたな。戦いは無駄なく美しくと・・・。
 だが、そんな物は必要ない。どんなに汚い手段を使ってでも生き残れば勝ち。・・・そう、シンジ君はアスカに教えてくれたんだよ。
 なぁぁ~~~に、勝負はまだついていない。次を頑張って、シンジ君を見返してやれば良いじゃないか。高い授業料も払ったんだからな」
加持はここぞとばかりに言葉を重ね、アスカの肩に手を置きつつ優しく諭したかと思ったら、最後は軽い口調でアスカの肩をポムッと叩いた。
「でも・・・。もう、あたしなんて・・・・・・。」
「おいおい、本当にどうしたんだ?1度の失敗くらいで諦めるのか?そんなのアスカらしくないぞ?」
「・・・あたしらしく?」
「まあ、さっき言った事とは反対の意味にもなるが・・・。
 アスカはセカンド、シンジ君はサード。なら当然、チルドレンとしてはアスカの方が大先輩だ。
 そこに自信を持てば良い。自信と驕りは違うからな。
 それに考えても見ろ?シンジ君なんて、数ヶ月前まではごくごく普通の中学生だったんだぞ?
 だったら、アスカがシンジ君に色々と教えてやらないでどうする?・・・そうさ、今度はアスカがシンジ君に教えてやる番だ」
すると薬が効きすぎたのか、アスカは再び自信なさ気に顔を俯かせてしまい、加持は場を盛り返そうと言葉の鞭から言葉の飴へ作戦変更。
「そう・・・。そうよねっ!!加持さんっ!!!」
「ああ、そうだっ!!その意気でシンジ君を見返してやるんだっ!!!」
「今に見てなさいっ!!シンジっ!!!傷つけられたプライドは10倍にして返してやるわっ!!!!」
たちまち効果は覿面に現れ、勢い良く席を立ち上がったアスカが、右拳を力強くギュッと握って天へ掲げ、打倒シンジを決意したその時。
『ファーストチルドレン及び、セカンドチルドレンの両名は作戦部長執務室へ至急集合して下さい。
 繰り返します・・・。ファーストチルドレン及び、セカンドチルドレンの両名は作戦部長執務室へ至急集合して下さい』
「ほぉ~~ら、早速のお呼びだ。頑張ってこい」
「うんっ!!加持さん、ありがとうっ!!!」
呼び出しのアナウンスが部屋に響き、加持に腰を軽く叩かれて促され、アスカは加持へお礼の言葉を残しながら元気一杯に部屋を駈け出て行く。
(いやいや、アスカは俺の希望だからな。礼を言うのはこっちの方さ・・・。
 どうやら、リっちゃんも上手く動いてくれた様だし・・・。あとはアスカの活躍に期待だな・・・・・・。)
そんなアスカの背中を見送って満足そうにウンウンと頷き、加持はアスカの後ろ姿が視界から消えると何やらニヤリとほくそ笑んだ。


(さてさて、今回はどうなる事やら・・・。と言っても、初号機はまだ動けないだろうから・・・・・・。)
こんな時間まで何処をほっつき歩いていたのやら、シンジが葛城邸マンションへ帰宅する頃には影がすっかり夕陽に長く伸びていた。
余談だが、シンジ達は使徒襲来により午後から学校を公休しており、反省会後に真っ直ぐ帰っていれば4時前には帰宅しているはずだったりする。
またその頃、マヤは2時間ほど仕事をサボったのがリツコにバレてしまい、徹夜の残業を命じられて涙をルルルーと流していた。
「やっぱり・・・って、あっ!?待ってっ!!!僕も乗るよっ!!!!」
「っ!?・・・碇君」
シンジは扉が閉まりかけたエレベーター内にレイを見つけて急いで駈け、レイは思わぬシンジとの遭遇に驚きながら扉の『開』ボタンを押す。
「やあ、ありがとう」
「・・・いい」
おかげで、シンジは何とかエレベーターに間に合い、レイは『閉』ボタンを押して扉を閉め、シンジとの密室空間に何やら頬をポッと紅く染める。
ウィィーーーン・・・。
「ところで、どうしたの?こんな時間に・・・。しかも、鞄なんか持っちゃって?」
エレベーターが上昇を開始して一拍の間の後、シンジは過去の経験から何故レイがここにいるのかが解っていながら敢えて尋ねた。
「任務・・・。今日から一週間、碇君の家にお泊まりなの」
するとレイはシンジの予想通りの回答を応えて俯き、何やら頬をポポッと紅く染め、隣に立つシンジへ上目づかいの横目を向ける。
ちなみに、レイが持っている鞄は学校鞄だが、中身は3日分の下着の替えとシンジから買って貰ったシルクのパジャマ。
「へぇぇ~~~・・・。なら、しばらくは昼も、夜も綾波と一緒か・・・。何だか嬉しいね?」
「な、何を言うのよ・・・。」
応えてシンジもレイへ横目を向け、レイは何故か『夜』の単語に反応して頬をポポポッと紅く染め、恥ずかし気にシンジから顔を背けた。
「・・・嬉しいね?」
「な、何を言うのよ・・・。」
ならばとシンジはクスリと笑いながらレイの顔を下から覗き込み、レイはたまらず頬をポポポポッと紅く染め、今度は横へ体ごと顔を背ける。
「・・・嬉しいね?」
          「な、何を言うのよ・・・。」
「・・・嬉しいね?」
          「な、何を言うのよ・・・。」
「・・・嬉しいね?」
          「な、何を言うのよ・・・。」
だが、シンジはレイを追って再びレイの顔を下から覗き込み、レイはシンジから逃れようと再び横へ体ごと顔を背け、同じ行動を繰り返す2人。
「・・・嬉しいね?」
          「な、何を言うのよ・・・。」
「・・・嬉しいね?」
          「な、何を言うのよ・・・。」
「・・・嬉しいね?」
          「な、何を言うのよ・・・。」
その間抜けな行為が幾多も重なってレイの周囲をグルリと3周したシンジは、ようやくレイを追いかけるのを諦めて寂しそうに呟いた。
「そう・・・。綾波は嬉しくないんだね」
「ち、違うっ!!わ、私もっ!!!」
思わず更に横へ体ごと顔を背けようとしたが、シンジの言葉が反語になっているのに気付き、慌ててレイがシンジの方へ振り返った次の瞬間。
「んんっ!?んんんっ!!?んんんんん~~~~~~っ!!!?」
いきなりシンジはレイをエレベーターの壁へ押し付けて抱き、レイは予告もなく唇に重ねられたシンジの唇にビックリ仰天。
ドスッ・・・。
「んんっ・・・。んんんっ・・・・・・。」
しかし、レイはすぐに落ち着きを取り戻すと、鞄を床に力無く落とし、甘く切ない声を漏らしながらシンジの腰へ両腕を回してキスに応え始めた。
これこそ、シンジが師匠『加持リョウジ』より伝授された52の口説き技の1つ『押してダメなら、引いた直後の攻め』の応用である。
「んはっ・・・。碇くふぅ~~ん・・・・・・。」
「こらこら、ダメだよ。ここはエレベーターの中なんだから」
「お願い・・・。お願い・・・。お願いなの。碇くふぅぅ~~~ん・・・・・・。」
「やれやれ、仕方がないね。綾波ってば、大人しそうな顔をしてHなんだから」
「・・・な、何を言うのよ」
その後、レイがシンジに何をお願いしたのかは全くの謎だが、2人は途中下車をせずエレベーターに乗ったまま最上階で小一時間ほど滞在した。


「さあ、着いたよ。綾波」
何故だかレイを背負って葛城邸前へ帰宅したシンジは、意識のないレイを背中から下ろして壁に寄りかけ、頬を軽く叩いて意識の覚醒を促した。
「う、うんっ・・・。い、碇君?あ、あうっ・・・。」
「・・・大丈夫?」
「え、ええ・・・。だ、大丈夫・・・・・・。」
レイはゆっくりと意識を覚醒させるが、すぐに微睡み状態へ戻ってしまい、その場へ腰砕け状態で力無くペタリと尻餅をつく。
「ちょっと待ってて。今、水を持ってくるから」
「お、お水・・・。お、お願いなの・・・・・・。」
シンジはそんなレイに苦笑して玄関の扉を開け、レイは水の到着を待って沈みゆきそうになる意識を必死に耐える。
「・・・って、あれ、アスカ?」
「っ!?」
だが、葛城邸内へ1歩踏み出したシンジが告げた名前を聞くなり、レイはお目めをパッチリと開けて意識を一気に覚醒。
「あっ!?綾波、大丈夫なの?」
「・・・どうして、あなたがここに居るの?」
「あんた、馬鹿?見りゃ解るでしょ。引っ越しよ、引っ越し」
そして、やや腰が定まらないながらも果敢に立ち上がってシンジの前に立ち、レイは何やら忙しなく荷物の運搬をしているアスカを睨み付けた。
実際、アスカの言葉を表す様にキッチンへ続く廊下には引っ越し便が所狭しと列び、それに混じってシンジの私物らしき物が置かれていた。
しかも、アスカは葛城邸が既に我が家同然気分なのか、水色のタンクトップに青のジョギパンと実に気楽そうな恰好。
「・・・引っ越し?」
「そっ・・・。あんた、今日からお払い箱よ。ミサトはあたしと暮らすの。ホントは加持さんと一緒が良いんだけどぉ~~♪」
シンジがアスカの言葉の意味を解っていながら怪訝顔を浮かべると、アスカは数時間前の弱気は何処へやら強気な姿勢でシンジへニヤリと笑った。
「なるほど、お払い箱か・・・。なら、仕方がないね」
「えっ!?」
するとシンジは腕を組んで少し考え込んだ後、実に晴れ晴れとしたニッコリ笑顔を見せ、アスカは予想外のシンジの反応に思わず茫然と目が点。
「それじゃあ、僕は綾波の家へ引っ越そうかな?・・・良い?綾波」
「えっ!?」
続いて、シンジに綾波邸入居の是非を問われ、レイも突然の提案に驚きと嬉しさを入り混ぜて思わず茫然と目が点。
「あら?みんなして、こんな所で何やってんの・・・って、何なの、これぇぇぇぇぇ~~~~~~っ!?」
「何って、引っ越しの準備ですよ。どうやら、僕はお払い箱らしいですからね。・・・・・・ミサトさん。長い間、お世話になりました」
「えっ!?」
更に帰宅したミサトも、廊下に列んでいる引っ越し便を驚いているところに突然シンジからお辞儀と共に離別を告げられ、思わず茫然と目が点。
「取りあえず、僕の荷物を外へ出そうか。・・・綾波、そっちの荷物をお願いね」
「え、ええ・・・。」
3人が茫然とする中、シンジは自分の荷物を玄関外へ運び始め、レイはシンジの呼び声で慌てて我に帰り、シンジに習って荷物を運び始める。
(碇君が・・・。碇君が・・・。碇君が私の家へお引っ越し・・・・・・。
 つまり、同居・・・。同棲・・・。恋人・・・。奥さん・・・。私は碇君の奥さん・・・。2人は新婚さんなのね・・・・・・。
 新婚さん・・・。裸エプロン・・・。問題ないわ。この時の為にあの本で予習も、復習もしたし、フリルのエプロンも準備したから大丈夫なの)
そして、お得意の連想ゲームに突入したレイは、持った小箱が意外と重くて力んでいるのか、何やら急速に頬をポポポポポっと紅く染めてゆく。
一体、レイがどんな本を参考にしたかは全くの謎だが、それは例によって黒いカバーの文庫本である。
また、タイトルは『幼妻の誘惑』と言い、レイは今回のお泊まり会で必要になるかも知れないと考え、その本を着替えの入った鞄に忍ばせていた。
「ちょ、ちょっと、ちょっとっ!?な、なに言ってんのよっ!!?ひ、引っ越しって、どういう意味よっ!!!?シ、シンジ君っ!!!!?」
「んっ!?・・・そのままの意味ですけど?」
「どうしてよっ!?どうして、引っ越すなんて言うのっ!!?なんでっ!!!?何故、何故っ!!!!?Whyっ!!!!!?」
少し遅れて我に帰ったミサトはシンジへ叫び問いながら、玄関外へ出ようとしているレイに対し、立ち塞がって両手を大きく左右に広げる。
「退いて・・・。ばーさん」
「な゛っ!?誰がばーさんよっ!!?誰がっ!!!?」
しかし、レイは強引にミサトのガードを突破し、ミサトはレイの無礼な態度に憤りつつレイが運ぶ小箱を元に戻そうと引ったくり奪う。
「・・・葛城三佐」
「私はまだ29よっ!!!まだまだお姉さんよっ!!!!」
すぐさまレイは小箱を奪い返すが、再びミサトに小箱を奪われ、ミサトはもう離さないと言わんばかりに小箱を胸へ大事そうに力を込めて抱えた。
「十分、立派なばーさん・・・。ばーさんは用済み」
「レぇ~~イぃぃ~~~?・・・今すぐ謝んないと、さすがの温厚なミサトお姉さんも怒っちゃうわよ?」
ならばとレイは右足を上げてミサトのお腹に引っかけ、小箱を引っ張り抜き奪い返そうと試みる。
(レ、レイ・・・。あ、あんたって・・・。ど、どうして、いつもそんなパンツばっかり履いている訳?)
その際、レイのスカートが捲れて太ももと紫のショーツが覗き、その中学生らしからぬアダルトすぎる下着に、アスカが我に帰ってビックリ仰天。
「さすが、ばーさん・・・。怒って、皺が出来ているわ」
「あんですってぇぇぇぇぇ~~~~~~っ!!」
苦労の末、小箱はレイの手へ再び移るが、ミサトは決して小箱から手を離さず、2人は小箱の両端を持ってお互いに引っ張り合い始める。
「まあまあ、2人とも落ち着きなよ」
「「(碇君、シンジ君)は黙っててっ!!」」
シンジはその醜い奪い合いに苦笑して宥めるが、レイとミサトは女の戦いに夢中で耳を貸そうとはしない。
「やれやれ、困ったものだね。・・・アスカもそう思うだろ?」
「ちょ、ちょっとっ!!き、気安く触んないでよっ!!!」
これでは2人が邪魔で荷物を運び出す事が出来ず、シンジが肩を竦めて苦笑を深め、おもむろにアスカの肩を抱いた次の瞬間。
「「(碇君、シンジ君)っ!!」」
バリッ!!
只でさえも凄まじい力で引っ張り合っていたレイとミサトに更なる力が加わり、遂に厚紙製の小箱が真ん中から悲鳴をあげて真っ二つに破れた。
「「キャっ!?」」
ドッシィィーーーンッ!!
その結果、拮抗していた力のバランスが失われ、レイとミサトはそれぞれ後方へ勢い良く吹き飛び、お互いに尻餅をついてパンツ丸見え状態。
「・・・あっ!?」
「「えっ!?・・・あっ!!?」」
同時に小箱の中に入っていた小さな小箱が6ダースほど床に散らばり、シンジはその小箱に驚いて目を見開き、レイとミサトも驚きに目を見開く。
ちなみに、どんな意味があるのかは全くの謎だが、その小箱には『簡単装着』、『超うす型』、『医学外用品』などの文字が列んでいる。
「・・・何、これ?」
何やら妙に気まずい雰囲気が3人の間に流れる中、アスカが3人の様子に不思議顔を浮かべ、問題となっているらしき小箱を興味深そうに拾う。
「「(い、碇君、シ、シンジ君)・・・。こ、これって?」」
「フフ、綾波の為に用意したのさ。・・・もしかして、もっと必要だったかな?」
一拍の間の後、レイとミサトが顔を紅く染めて揃って問うと、シンジは動揺を隠してレイへ極上の笑みでニッコリと微笑んだ。
「・・・な、何を言うのよ」
「ぐっ・・・。」
レイは頬をポッと紅く染めて恥ずかし気にシンジから顔を逸らし、ミサトが向けられたレイの勝ち誇ったニヤリ笑いに唇を悔しさに噛んだその時。
「チョコレートかしら・・・って、嫌ぁぁぁぁぁ~~~~~~っ!!何よ、これぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~っ!!!」
「痛っ!?・・・何するんだよ。アスカ」
アスカが小箱の中に入っていたピンク色の風船らしき物体に顔を真っ赤に染め、その物体を汚らわしいと言わんばかりにシンジの顔へ投げつけた。


「MAGIのシミュレーションの結果、2つに分離した第7使徒はお互いがお互いを補っている事が解ったわ。
 つまり、二身で一体と言う事ね。・・・だから、第7使徒を倒すには2つのコアに対して2点同時の荷重攻撃しかないの。
 言い換えると、エヴァ2体のタイミングを完璧に合わせた攻撃よ。
 ・・・で、初号機はまだ直らないから、出撃には零号機と弐号機、レイとアスカの2人の協調と完璧なユニゾンが要求されるわ」
取りあえず、玄関先での一波乱の決着がつき、シンジとミサトも普段着に着替え、リビングに集まっての作戦会議。
「そこで、レイとアスカにはこれからの6日間、ここで一緒に暮らして貰います」
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~~~~~っ!?」
真剣な面もちでミサトの話を聞いていたアスカだったが、葛城邸に6泊7日の滞在をしなくてはならない事を知り、悲鳴を葛城邸に響かせた。
何故ならば、玄関先での一波乱の結果、ミサトの必死の説明により、シンジのお払い箱説はアスカの勘違いだと解ったからである。
なにせ、アスカのシンジに対する評価は初対面時より最悪な為、アスカにとって6泊7日とは言えどもシンジと一緒に暮らすなど言語道断な話。
余談だが、ミサトは先ほどネルフでアスカを執務室へ呼び出した際、アスカに自分の家へ引っ越して来いなどとは一言も言ってはいない。
但し、敗戦の報告書処理が忙しいあまり『着替えを持って家へ来い』とだけ言い、アスカを執務室から追い払ったミサトが悪いのも確か。
だが、アスカが勘違いした真の理由は加持にあった。
加持はネルフ本部の宿舎へ着替えを取りに戻ったアスカへ引っ越しの手伝いに来たと告げたのである。
その際、アスカは宿舎が未だ仮借用だった事実もあり、加持の説明からミサトの言葉を引っ越しの意味と解釈し、玄関先での一波乱に至った始末。
更に余談だが、あの山積みになった書類の処理がこの短時間で終わるはずもなく、現在は日向がミサトに代わって書類処理の真っ最中。
「やあ、楽しそうな一週間になりそうだね」
「嫌ぁぁぁぁぁ~~~~~~っ!!こんなケダモノと一緒に住むなんて、嫌ぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~っ!!!」
シンジはアスカの心を落ち着かせるべくクスリと微笑むが、アスカはその微笑みに身の危険を感じ、頭を抱えて左右にブンブンと振りまくり。
「やれやれ、嫌われたものだね。常に紳士を心がけている僕に対してケダモノとは・・・。」
「問題ないわ・・・。アスカと葛城三佐は出て行けば良いもの。ユニゾンは私と碇君がするの」
その激しい拒絶ぶりに、シンジはいかにも悲しそうに肩を落とし、レイが慰めようとシンジへすり寄り、シンジの肩へ頭をちょこんと乗せた。
「でも、初号機は動かないんだよ・・・って、ああ、夜のユニゾンの事?綾波も好きだねぇ~~」
するとシンジはミサトの作戦内容と矛盾するレイの言葉を少し考え込んだ後、レイの言葉を全くの謎な解釈をしてクスクスと笑い始める。
「・・・?・・・っ!?・・・い、碇君のH」
レイはシンジの全くの謎な解釈が解らず困惑するが、数瞬後にシンジの言わんとする事が解って目を見開き、頬をポポポッと紅く染めて俯いた。
ベキッ!!
「ミ、ミサトっ!!あ、あたし、絶対に嫌よっ!!!こ、こんな奴と一緒に住むだなんて死んだ方がマシよっ!!!!」
そんな2人のラブラブムードに、ミサトは苛立って飲んでいたビール缶を握り潰し、アスカは更なる身の危険を感じて作戦変更を切に訴える。
「仕方ないでしょ。作戦なんだからさ」
「だからって・・・。ほら、あれよっ!!あれっ!!!昔から男女七歳にして同衾せずって言うじゃないっ!!!!」
「時間がないの。命令拒否は認めません」
「だったら、別の所で・・・。そう、そうよっ!!別にここでする必要ないじゃないっ!!?本部の宿舎でやるとか、色々あるでしょっ!!!?」
「・・・お生憎様。今、本部の宿舎は一杯なんだってさ」
「何よ、それっ!!それならそれで別の何処かに部屋を借りれば良いじゃないっ!!!」
「経費が落ちなかったのよ・・・。」
「それこそ、何よっ!!あたし達は人類の存亡を賭けて戦っているんでしょっ!!!これくらい、ケチケチしないでも良いじゃないっ!!!!」
ところが、ミサトにあっさりと断られ、具体的な作戦変更案を提案するが、その全ても悉くあっさりと断られ、アスカがいきり立って席も立つ。
ちなみに、以上の条件が重なり、今回の作戦会場が葛城邸となった理由には、加持の暗躍とリツコの協力があったのは言うまでもない。
その目的は葛城邸にレイとアスカが存在する事によって防波堤となり、シンジとミサトの間に良からぬ感情が芽生えない様にする為である。
そして、これこそが加持の真の目的であり、加持にとってはユニゾン作戦など目的の為の足掛かりな口実にしか過ぎなかった。
プシュッ!!
「ほら、何とか言ったらどうなのっ!?ミサトっ!!!」
ミサトはアスカの怒気を無視して新たなビール缶を開け、アスカがミサトの態度にますます苛立って怒鳴りつけた次の瞬間。
ガゴンッ!!
「うるさいわねっ!!私だって嫌よっ!!!嫌に決まってるじゃないっ!!!!
 なんで、他の女を家に寝泊まりさせなきゃなんないのよっ!!監督しなくちゃならない理由が無かったら誰があんた達なんかっ!!!」
「・・・えっ!?」
飲もうとしていたビール缶を机に叩きつけて、ミサトが矢継ぎ早に捲し立て始め、アスカは思ってもみなかったミサトの反応に怯んで一歩後退。
「シンジ様もシンジ様ですっ!!これ見よがしにレイといちゃいちゃ、いちゃいちゃっ!!!大体、シンジ様はいつも、いつも・・・。」
「僕がっ!!・・・何ですって?ミサトさん」
「えっ!?あっ!!?い、いえ、何でもありません・・・。も、申し訳ありません。わ、私ごときがシンジ様に意見するなど・・・・・・。」
続けざまにミサトはシンジにも矢継ぎ早に捲し立てようとするが、シンジに強い口調で言葉を遮られ、たちまち意気消沈して身を精一杯に縮めた。
「・・・ミ、ミサト?」
「え゛っ!?・・・はっ!!?・・・と、とにかくっ!!!!
 か、完璧なユニゾンをマスターする為、このテープの曲に合わせた攻撃パターンを覚えるよっ!! い、1分でも、1秒でも早くっ!!!」
しかし、アスカから困惑の眼差しを向けられ、ミサトはこの場が何処かを理解して、慌てて威厳を取り戻そうとするも声を上擦らせて効果無し。
(やっぱり、ばーさんは要注意・・・。ばーさんは用済み・・・。ばーさんは殺す・・・。チャンスは1週間。問題ないわ・・・・・・。)
レイはシンジとミサトの間にある種の絆を感じ取り、その絆の強固さにミサトへの嫉妬と殺意を今まで以上に高めていた。



感想はこちらAnneまで、、、。

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