真世紀エヴァンゲリオン Menthol Lesson11 evolution -22




Truth Genesis
EVANGELION
M E N T H O L 
Lesson:11

evolution





「んっ・・・。ふぁ~~あ・・・・・・。」
帰宅した直後にそのまま眠りへ就いたのか、オールバックヘアーを爆発させた頭で上半身を起き上がらせ、伸びをしながら大欠伸をする日向。
「・・・何だよ。結局、寝たのは3時間足らずか・・・・・・。」
瞼を数度ほどシパシパと瞬きさせた後、日向はベット脇の目覚まし時計へ視線を向け、就寝前とあまり変わっていない時間に溜息をついた。
「ん~~~・・・。」
カチッ、カチカチッ・・・。
それでも、まだ少し眠いのか、半開き瞼の日向は手を机へ伸ばしてライターを取り、残業の合間の気分転換にと最近覚えた煙草に火を着ける。
「ふぅぅ~~~・・・。たいして、うまいとは思わないんだけどな」
カシャッ・・・。
そして、肺に溜めた毒の煙を吐き出しつつ苦笑を浮かべ、日向が続いて目覚めの強壮ドリンクを飲もうと封を開けたその時。
ブルブルブルブルブル・・・。
『こちらは第三管区航空自衛隊です。
 只今、正体不明の物体が本地点に対して移動中です。住民の皆様は速やかに指定のシェルターへ避難して下さい。・・・繰り返します』
暑さに少し開けていたサッシ窓から複葉機らしきプロペラ音が聞こえ、それと共にスピーカーから放たれた大音量の避難勧告が聞こえてきた。
「・・・そりゃ、大変だ」
ゴク、ゴク、ゴク、ゴク、ゴクッ・・・。
日向はその避難勧告をまるで他人事の様に聞き流すが、思わず向けた顔をサッシ窓から正面へ戻して強壮ドリンクを呷った途端。
「や、やばいっ!!ほ、本部へ急がなきゃっ!!!」
寝ぼけ眼を一気にシャッキーンッと見開かせて勢い良く立ち上がり、日向は一瞬にして24時間戦える戦士へと変貌を遂げた。


「・・・ねえ?」
約4畳半ほどの狭い部屋、少女は組んだ両手を枕代わりに寝そべり、扉のない部屋出入口と続くネコの額ほどに狭い幅の通路へ顔を向けて尋ねた。
「ん~~~?・・・呼んだぁ~~?」
「あの話、聞いた?」
「あの話ぃぃ~~~?」
「やだ、知らないの?・・・昨日の夕方、高杉とリョーコが第3格納庫でキスしてたって噂」
その呼び声に応え、通路奥から別の少女が顔も見せず適当に間延びした相づちを打つが、少女の口から衝撃の噂が飛び出た途端。
「「「えっ!?嘘っ!!?」」」
ガンッ!!
「痛っ!?・・・それで、それで?」
3つの顔が出入口左脇に高さ1メートル弱ほどの段差で並び、少し遅れて1番高い位置にある顔と同じ高さに出入口右脇から涙目の顔が出た。
ちなみに、最後の顔が何故に涙目なのかと言えば、慌てるあまりベットから起きあがる際に頭を天井へぶつけてしまったから。
ならば、何故に頭をぶつける程の高い位置にベットがあるかと言えば、このベットが3段ベットであり、それこそが3つの顔に高低差がある理由。
つまり、この部屋は約4畳半の部屋と3段ベットのある空間を合わせて1つの部屋となり、6人の少女達が一緒に住んでいる部屋なのである。
そして、ここは富士の樹海奥深くに隠された戦自トライデント部隊秘密基地であり、その地下2階にあるパイロット候補生女子3班の部屋。
それ故、この部屋には窓がなく、多少の空調が入っているとは言えども蒸し暑く、少女達はいずれもTシャツにショーツ姿。
余談だが、そのTシャツも、ショーツも戦自支給品の為、白無地で飾り気は全くなく、安物のショーツにすら付いているフロントのリボンもない。
また、当然の事ながら長い髪は訓練の邪魔となる為、それぞれにそれなりの個性を付けているが、少女達の髪型は揃ってショートヘアー。
「うん、それでね。リョーコと同じ部屋の娘達の話だと・・・。」
「「「「・・・・話だと?」」」」
皆の食い付きの良さにニヤリと笑い、話を持ちかけた少女は上半身を起こして胡座座り、言葉を勿体ぶるかの様に溜めてから更なる衝撃を放った。
「リョーコ・・・。夜中の1時頃に部屋をこっそりと抜け出したんだってっ!!」
「「「「・・・キャァァ~~~っ!!」」」」
「しかも、部屋へ帰ってきたのが朝方だったんだってっ!!」
「「「「キャァァ~~~っ!!キャァァ~~~っ!!!キャァァ~~~っ!!!!」」」」
衝撃のあまり目を大きく見開かせた後、4人は驚き顔を見合わせて刹那の間を作り、揃って黄色い悲鳴を部屋に響かす。
「そう言えば、今日のリョーコって眠そうにしてたよね」
「うんうん、してた、してた。講義の時も居眠りしてて怒られてたもんね」
「・・・言われてみれば、高杉も欠伸ばっかりしてた様な気がする」
「それって・・・。それって・・・。それって・・・・・・・。」
たちまち噂の検証に部屋は騒がしくなるが、検証の末に導き出された答えを誰も言葉に出せず口を噤み、部屋がシーンと静まり返るも束の間。
「や、やっぱり・・・。シ、シ、シちゃったって事かな?」
「「「「・・・キャァァァァァァァァァァ~~~~~~~~~~~っ!!」」」」
1人が意を決して皆の心を代弁するや否や、残った4人は真っ赤に染めた顔を見合わせて刹那の間を作り、揃って黄色い悲鳴を部屋に再び響かす。
なにせ、娯楽室へ行っても将棋や囲碁などの基本的、古典的な娯楽しかないこの基地において、噂話、特に男女間の噂話ほどの娯楽はない。
しかも、この基地にパイロット候補生として集められた少年少女達は14歳前後であり、その手の知識と行為に憧れを持つ思春期真っ盛りの年代。
もっとも、特殊環境下故に男女交際は規則で厳禁なのだが、火が着いた思春期真っ盛りの少年少女達に猛る想いを止める事など出来る訳がない。
その為、この禁を犯して運悪く見つかってしまい、この基地からの除名処分を受け、別基地へ島送りとなる者が半年に1人、2人ほどいたりする。
「彼氏・・・。私も欲しいな・・・・・・。」
「・・・だよね」
「でもさぁ~~・・・。ロクな男、いないよね」
「そうそう、スケベばっかりっ!!」
「そうだよねぇ~~・・・。そう考えるとマナは良いよねぇぇ~~~・・・・・・。」
それも一時の事、所詮は敗北者でしかない事を思い知って虚しくなり、少女達は深すぎる溜息をつきながら3段ベット右の1番下へ視線を向けた。
「「「「「はぁぁぁぁぁ~~~~~~・・・。」」」」」
「あはははは・・・って、んっ!?何か、呼んだ?」
マンガを俯せになって読んでいたマナは、ふと感じた突き刺さる様な鋭い視線に顔を上げ、そこにあった恨めしそうな顔々にキョトンと不思議顔。
「・・・これだもん」
「何よぉ~~・・・。何の話よぉぉ~~~・・・・・・。」
その不思議顔を余裕と受け取り、1人の少女が首を左右に振りながら深い溜息をつき、マナは妙な疎外感を皆の雰囲気から感じて口を尖らす。
「なに、モテない女の僻みよ。マナにはリー君って言う彼氏がいて良いなって言うね」
「なっ!?・・・止めてよ。どうして、ムサシなんかが私の彼にならなきゃいけない訳?」
別の少女がマナの問いに肩を竦めて応えると、マナは冗談じゃないと両手で勢い良く上半身を突っぱね起こし、ますます口を尖らせて尚も問いた。
「・・・だって」
「「「「ねぇ・・・。」」」」
応えて少女はマナの鋭い睨みから逃れる様に皆へ話を振り、残りの4人が少女の意見を大いに賛成してウンウンと頷く。
「あのねぇ~~・・・。前々から言ってるけど、これっぽっちも私とムサシは何でもないんだってば」
「ならさ。どうして、リー君と良く一緒に居たりするの?今日のお昼だって、一緒に食べてたじゃない」
マナは女の子座りをしながら疲れた様に溜息混じりで諭すが、少女は納得がいかないとマナへ人差し指と証拠を突きつけて白状を迫る。
「だから、あれはムサシが勝手に私の後を付けてくるんだってば・・・。
 そもそも、いつも2人だけで一緒に居るみたいな事を言ってるけど・・・。さっきだって、いつだって、ムサシと一緒にケイタも居るでしょ?」
「「「「「そ、そう言えば・・・。」」」」」
ならばとマナは証拠不十分さを説いて反論し、少女達はお昼の光景を思い出して納得に言葉を詰まらせた。
「・・・でしょ?大体、私はムサシなんてノーサンキュー。全然、趣味じゃないもん」
「えっ!?どうしてっ!!?リー君、格好良いじゃないっ!!!?」
「そうよっ!?それに凄く真面目だし、他の男子と比べたら月とスッポンよっ!!!」
しかし、マナが鼻で一笑しつつムサシ彼氏論を完全否定すると、たちまち少女達は焦り言葉を取り戻し、その否定理由を矢継ぎ早に尋ね始めた。
何故ならば、この基地においてマナは1、2を争う美少女であり、双璧をなすもう1人に比べてプロポーションも断然に良いからである。
実際、男子内で秘密裏に行われた女子イケてるランキングでもマナは堂々の1位に輝いているほど。
即ち、マナの恋愛対象がムサシでないのならば、自分の強力なライバルとなる可能性が有り、少女達が危険視して焦ってしまうのも無理はない話。
「うんうん、数少ないマトモな男子だよね」
「あっ!?もしかして・・・。リー君じゃなくて、ケイタの方なのっ!!?」
「嘘っ!?そうなのっ!!?マナってば、趣味悪ぅぅ~~~っ!!!!」
挙げ句の果て、少女達は想像力を都合良く働かせ、ムサシでないならばともう1人の一緒にいるケイタをマナの彼氏と定めた。
「違うってっ!!私が好きなのはっ!!!」
「「「「「好きなのはっ!?」」」」」
マナは自分抜きで自分の彼氏を決めたがる皆に腹を立て、少女達はマナの大告白に目を輝かし、息を飲んでマナの次なる言葉を今か今かと待つ。
「あの時、つくば技研で会った王子様だもん♪」
「・・・ま、また、それぇぇ~~~?」
だが、マナの口から出てきた期待外れの言葉に、少女達は気が抜けて頭をガックリと垂れ、1人が皆の心を代弁して心底に呆れた深い溜息をつく。
「またとは何よっ!!またとはっ!!!私は本気なんだからっ!!!!いつか王子様がきっと私をここから助け出してくれるってっ!!!!!
 そうよ。そうなれば・・・。もう、具のないカレーなんてご馳走じゃないし、ミルメークを奪い合う必要もなくなるわ・・・・・・。
 焼き肉・・・。ステーキ・・・。お寿司・・・。鰻の蒲焼き・・・。松茸ご飯・・・。そうだっ!!チョコパフェも食べてみたいなっ!!!」
胸の前で両手を組み、恋する乙女の表情で何処かを上目づかいしていたマナは、皆の反応にご立腹となって己の心の内を大々的に熱く打ち明ける。
「まっ・・・。この分なら大丈夫だね。マナが1人だけ大人になるって事はまずないよ」
「・・・だね。大体、目的の先にあるのが食べ物の事ばっかりだし・・・。まあ、マナらしくて良いけどさ」
「そもそも、相手はネルフのパイロットなんでしょ?何処に私達と繋がりがあるのよ?うちとネルフの仲の悪さくらい知ってるでしょ?」
その熱い想いは最早マナの意中の相手に興味を失った面々には届かず、少女達は噂話を始める前の状態に戻ってマナへ適当な相づちを打つ。
「そうっ!!それよ、それっ!!!王子様はネルフのパイロットに対し、私は戦自のパイロットっ!!!!
 つまり、2人の仲は禁じられた恋っ!!・・・でも、私は負けないわっ!!!愛は障害が有れば有るほど燃え上がる物なのよっ!!!!」
それでも、マナだけは更に感情をヒートアップさせ、ベットの上に女の子座りをしたまま力強く握った右拳を斜め前へ突き出して闘志を燃やす。
既にお気づきかも知れないが、マナが先ほどから熱く語り、夢見ている王子様とはシンジの事である。
第5使徒戦前、戦略自衛隊つくば技術研究本部であったシンジとの不思議な出逢い、それはマナの心を掴んで離さず強烈な印象を与えていた。
それこそ、食べる事と寝る事が何よりも楽しみなマナが、シンジの事を思うだけで食事が喉を通らず、なかなか寝付けない夜を過ごすほど。
その想いは日々募り、いつシンジが迎えに来るのかを待ち焦がれ、マナはご覧の通りの夢想ぶりを度々披露してルームメイト達を困らせていた。
「あっそ・・・。さて、私は洗濯にでも行って来ようかな」
「ちょっとっ!?私の話はこれからなんだからちゃんと聞いてよっ!!?」
「はいはい・・・。帰ってきたら、幾らでも聞いてあげるから」
マナをあしらう気にもなれず、小部屋にいた少女が外出の為に自分のベットの上に脱ぎ捨てたビリジアン色のつなぎ服へ手を伸ばしたその時。
ブーーー、ブーーー、ブーーーッ!!
『総員戦闘配置、総員戦闘配置っ!!パイロット及び、パイロット候補生は直ちにミーティングルームへ集合せよっ!!!』
突如、緊急事態を告げる警報がけたたましく鳴り響き、天井のライトの色が白から赤に切り替わって部屋を断続的に赤で照らし始めた。
「えぇ~~っ!!何でよぉぉ~~~っ!!!」
「まだ20分も残ってるじゃない・・・。休み時間くらい、ゆっくりと休ませてよ」
「どうせなら、もっと別の時にして欲しいよね。マラソン訓練の時とかさ・・・。」
「それにしても、どうにか何ないかな?これ・・・。どう考えても、不便すぎるよ」
「・・・だよね。特にトイレの時なんか、いちいち全部脱がないといけないしね」
ベットにいた者達も不満の声をあげながら通路へ下りて面倒くさそうに自分のつなぎ服を着始め、マナがつなぎ服へ右片足を入れた次の瞬間。
『尚、これは訓練ではないっ!!訓練ではないっ!!!』
「そう考えると男の子は楽よね。チャックを下ろすだけで・・・って、え゛っ!?」
アナウンスが3日1回の割合である緊急時訓練ではない事を告げ、マナは勿論の事、部屋にいる全員が驚愕して思わず固まる。
『繰り返すっ!!総員戦闘配置、総員戦闘配置っ!!!パイロット及び、パイロット候補生は直ちにミーティングルームへ集合せよっ!!!!』
「「「「「「・・・っ!?」」」」」」
一拍の間の後、全員が驚愕顔を見合わせて我に帰り、すぐさま緊張感に誰もが無言となって素早く着替え始めた。


シャーーコ・・・。
         「はぁ・・・。はぁ・・・。」
シャーーコ・・・。
         「はぁ・・・。はぁ・・・。」
シャーーコ・・・。
         「はぁ・・・。はぁ・・・。」
陽炎がモヤモヤと立ち上る急勾配の上り坂を息絶え絶えに汗をダラダラと流しながらママチャリで駈け上る日向。
ちなみに、日向は使徒襲来の報に慌てて家を出た為、服装は起床時の格好のままであり、汗で汚れている違いはあれでも今朝の服装と全く同じ。
シャーーコ・・・。
         「はぁ・・・。はぁ・・・。」
シャーーコ・・・。
         「はぁ・・・。はぁ・・・。」
シャーーコ・・・。
         「はぁ・・・。はぁ・・・。」
しかし、ママチャリは遅々として先に進まず、どう考えても歩いた方が断然に早いと思われるくらいの速度。
ガシャンッ!!
「はぁ・・・。はぁ・・・。や、やっぱり・・・。お、俺もマヤちゃんみたいにスクーターでも買おうかな・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。」
しかも、遂には力尽きてママチャリを倒し、日向はそのまま大の字で道路のド真ん中に寝ころび、顔色にチアノーゼ症状を起こしてしまう始末。
「ダメだっ!!ダメだっ!!!ダメだぁぁ~~~っ!!!!
 葛城さんが俺を待ってるんだぞっ!!そうだっ!!!待ってるんだっ!!!!それなのに俺ときたら・・・・・・。くふっ!!!!?」
それでも、日向は気力を無理矢理に振り絞って立ち上がろうとするも、体力がまるで付いて来ず、膝をカクカクと笑わせて前倒しに道路へ轟沈。
「はぁ・・・。はぁ・・・。こ、こうなったら・・・。ガ、ガソリン補給だ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。」
カシャッ・・・。
日向は不屈の闘志で視界の霞む目を強引に見開かせ、ママチャリのかごへ必死に震える手を伸ばし、コンビニ袋から強壮ドリンクを手に取る。
ゴクッ・・・。ゴク、ゴク、ゴク、ゴクッ・・・・・・。
「おっしゃぁぁぁぁぁ~~~~~~っ!!」
そして、寝ころんだまま強壮ドリンクの封を開けて飲み干した途端、たちまち日向は24時間戦える戦士へと変貌を遂げて勢い良く立ち上がった。
「葛城さん、待ってて下さいっ!!この日向マコトがあなたの元へ今すぐ参りますっ!!!」
シャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカッ!!
そうかと思ったら、日向は自転車を起こして颯爽と跨り、猛烈な勢いでペタルを漕ぎまくり、急勾配も何のそのと言った感じに駈け上ってゆく。
「・・・・・・はうっ!?」
ガシャンッ!!
だがそれも束の間、まやかしの効果はすぐに切れてしまい、日向は体をビクッと跳ね震わせ、豪快に自転車ごと横倒しに道路へ轟沈。
「はぁ・・・。はぁ・・・。な、何故だ・・・。こ、これほど飲んでいるのにまだ足りないのか・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。
 ・・・くっ!?しっかりしろっ!!!これくらいでへばってどうするっ!!!!葛城さんが俺の事を待ってるんだぞっ!!!!!」
全身を痙攣でブルブルと震えまくらせながらも、日向が十数秒間ほどの活力を得る為に新たな強壮ドリンクへ手を伸ばしたその時。
『こう言った非常時にも動じない。高橋覗、高橋覗をよろしくお願い致しまぁ~~す』
「おおっ!?ラッキーっ!!?」
坂頂点の陽炎の中から選挙カーが姿を現し、道路に倒れたまま日向は力尽きて落ちそうになる震える手を必死に神の救いへと伸ばした。


「以上が今回の作戦内容だ。・・・何か質問は?」
二尉の襟章を付けた男が教壇から部屋全体をグルリと見渡して問うが、教壇前に居並ぶ五十数名の少年少女達は声1つすらあげない。
ちなみに、男の背後には3つのスクリーンがあり、その内の1つには使徒の姿が、他の2つには戦場戦術図と戦場周辺地図が映し出されている。
「よろしい。では、今回の出撃メンバーだが・・・・・・。
 今回の作戦は我が部隊にとっての初陣。ならば、華々しい戦果を飾るべく、訓練の成績優秀者を選ぶのが当然だ」
しかし、男が今回の作戦における出撃メンバーを示唆した途端、彼方此方でざわめきが起こり、3人の少年に視線が一斉に集まった。
何故ならば、この部隊の冠となっているトライデント級陸上軽巡洋艦が、現在のところ故障や調整などで稼働実数が9機中3機だからである。
「・・・だが、俺から見れば、お前等など大して変わらん。どいつも、こいつも、戦士としてはまだまだ未熟。
 良いか?これから向かう先は戦場だ。訓練では怒鳴られるだけで済んだ簡単なミスでも、命を落とす危険性がたっぷりとある戦場だ。
 そう、死ぬんだっ!!今、隣にいる奴と1時間後には永遠に会えなくなる可能性がある命を賭けた戦いだっ!!!
 だから、今回はパイロット、パイロット候補を問わず、志願者を作戦参加させるっ!!今すぐにでも死ぬ覚悟がある奴は手を挙げろっ!!!」
その3人の怯えた表情に無理もないと内心で溜息をつき、男は訓練成績などよりも今この場の勇敢さを選んで作戦志願を叫び募った。
「はいっ!!霧島陸士長、志願しますっ!!!」
「・・・き、霧島。ほ、本当に良いのか?し、死ぬかも知れないんだぞ?」
するとマナが即座に手を勢い良く高々と挙げ、皆の視線が一斉にマナへ集まり、男は間一髪を入れないその決断に面食らって思わず茫然と目が点。
「お言葉ですが、教官は私達に常々こう言ってたじゃないですかっ!!
 国家存亡の時に命を惜しむなっ!!国民の為に我々戦自隊員が盾になれとっ!!!私は今がその時だと判断し、作戦に志願しますっ!!!!」
男のあからさまに意外そうな態度にムッと苛立つも表情には出さず、マナは声高らかに熱い魂の叫びを部屋中に響かせた。
「おおっ!!霧島っ!!!今、俺は猛烈に感動しているっ!!!!そして、すまないっ!!!!!俺はお前を誤解していたっ!!!!!!
 講義では寝てばかり、訓練では怠けてばかり・・・。その癖、食欲だけは人の3倍はあるお前が俺の教えを心に刻んでいてくれたとはっ!!
 くぅぅ~~~っ!!良いだろうっ!!!現時刻を以て、お前を候補生から正パイロットに昇格、同時に2階級進させて陸二曹とすっ!!!!」
「はっ!!謹んで拝命しますっ!!!(・・・なんか、全然誉められてる気がしないんだけどぉ~~?)」
男は目をハッと見開かせた後、マナの勇敢さに涙をハラハラと流して感動しまくり、マナは男へ敬礼を返しながら男の誉め言葉にやや口を尖らす。
「ちょっと、ちょっとっ!?本気なのっ!!?マナっ!!!?」
「そうよっ!?教官も言ってたけど、死ぬかも知れないのよっ!!?」
マナの左右に立つルームメイトの2人が、志願するマナの心が解らず声を潜めつつも声を荒げて心配そうに問う。
「大丈夫だよ♪だって、あそこは第三の近くだし、あの怪獣は元々ネルフの管轄だもん♪♪」
「だからって・・・って、はっ!?あ、あなた・・・。ま、まさか・・・・・・。」
応えてマナはご機嫌にニコニコとだけ笑い、1人は尚も考え直さすべく説こうとするも、ふとマナのご機嫌理由に思い当たって目を見開かせた。
「それに言ってたもんね♪第三新東京市で待ってるって♪♪
 どんな名前なのかな・・・。そうだっ!!とっておきのに履き替えなくっちゃっ♪もしかしたらって事があるかも知れないもんね♪♪」
「・・・ダ、ダメだ。こ、こりゃ・・・・・・。」
案の定、マナは戦いの事よりシンジの事しか考えておらず、もう1人がマナの真意を知って大粒の汗をタラ~リと流しながら顔を引きつらせる。
「くっ・・・。はいっ!!リー陸三曹、志願しますっ!!!」
マナとの間に5人を挟み、その会話を必死に盗み聞いていたムサシは、肩を悔しさにワナワナと震わせ、燃える決意に手を勢い良く高々と挙げた。
「くぅぅぅぅぅ~~~~~~っ!!リー、お前もかっ!!?俺はお前達の様な生徒を持って嬉しいぞっ!!!!
 うむっ!!良いだろうっ!!!現時刻を以て、お前を1階級進させて陸二曹とすっ!!!!しっかり、霧島を守ってやれっ!!!!!」
「はっ!!・・・お前も志願しろ。ケイタ」
男は続けざまの志願者に感動のあまり号泣して嬉しい悲鳴をあげ、ムサシは男へ敬礼を返しながら小声で隣に立つケイタへボソリと呟く。
「絶対、言うと思った・・・。はい、浅利陸士長も志願します」
「おおっ!!おおっ!!!おおぉぉぉぉぉ~~~~~~っ!!!!
 良いだろう、良いだろうっ!!現時刻を以て、お前も候補生から正パイロットに昇格、同時に2階級進させて陸二曹とすっ!!!」
ケイタは深い溜息をつきつつ控えめに手を挙げ、男は感動に溢れる涙を止める事が出来ず、これから出陣する戦士3人に涙は不吉と背中を向けた。
「ちょっと、どういうつもりっ!?これは私にとって大事な作戦なのよっ!!?もし、邪魔なんかしたら承知しないからねっ!!!?」
「・・・な、何、言ってんだ。お、俺はただマナの為を思って・・・・・・。」
マナはその隙にタレ目な目をつり上げてムサシへ駈け迫り、ムサシが襟首を掴まれた苦しさとマナの迫力の恐怖に声を震わせながら応えを返す。
(嘘ばっかり・・・。まあ、マナの王子様とやらも良く解らないけど・・・・・・。
 いい加減、ムサシも諦めれば良いのに・・・。マナにちっとも気がないのは解ってるんだからさ・・・・・・。)
ケイタはチームワークを作戦前から乱している2人を眺め、本当に生き帰ってこれるのだろうかと心配になって早くも先行きの不安を感じていた。


(しかし・・・。幾ら何でも突然すぎやしないか?第一、お前が直接1人で潜り込むなんて危険すぎるだろ?)
(ええ、変なのよ。この命令、お昼を食べている時に受けてね。工作員を集めている暇もなかったのよ)
(そりゃ、確かに変だな・・・。)
(・・・でしょ?)
(だが、だとすれば・・・。この停電、俺達が考えている以上のもっと別の目的があるぞ。これは・・・・・・。)
空調が止まって熱気蒸す狭いエレベーター、加持と笛井は目線と唇のわずかな動きで言葉を読む読心術で声なく秘密裏に意見を交わしていた。
「それにつけても、暑いわねぇぇ~~~・・・。」
「そうだな。空調が止まって結構経つからな。葛城、暑けりゃ服を脱いだらどうだ・・・って、な、なんだ?」
そこへミサトの苦情が音声付きで混じり、加持は戯けた口調で茶化そうとするも、変えた視線の先のニヤリ笑いに嫌な予感を感じて言葉を止める。
「加持ぃぃ~~~・・・。あんた、そう言う人がちゃんといるんじゃない。
 ・・・実はちょっとだけ心配してたのよね。しつこく付きまとうから本当にいないのかって・・・。でも、これで私も安心したわ」
「な゛っ!?」
するとミサトは加持へ擦り寄って小声で耳打ち、加持は嫌な予感的中に思わず目を大きく見開いて絶句。
「まったまたぁ~~、トボけちゃってぇぇ~~~♪さっきから見てれば、目と目で見つめ合っちゃったりして・・・。ムフフっ♪♪」
「お、お前・・・。な、何か勘違いしてるだろ?」
そんな加持の反応を照れと受け取り、ミサトはニヤニヤと笑いながら肘で加持の脇をウリウリと突っついて茶化す。
「解ってる、解ってる♪このミサトさんにはちゃぁ~~んと解ってるわよん♪♪」
「・・・い、いや、お前は絶対に解っていない」
「別に隠さなくたっても良いじゃん♪あの人、あんたの新しい彼女なんでしょ♪♪」
加持は反対に顔を引きつらせまくり、小声で誤解を必死に解こうとするが、ミサトのニヤニヤ笑いと突っつき攻撃は止まらない。
「ご、誤解だっ!!か、彼女とは別に何でもないん・・・。」
「・・・誤解?・・・・・・何でもない?」
「い、いや・・・。そ、それは・・・。そ、その・・・。だ、だから・・・。え、えっと・・・・・・。」
たまらず加持は叫び否定しようとするも、女のプライドに火を着けた笛井から鋭く睨まれ、たちまち恐怖に声と二の句を失って沈黙した直後。
「えっ!?あっ!!?・・・ご、ごめんなさい」
「んっ!?あ、ああ・・・。い、良いんだ。べ、別に・・・・・・。」
今度は笛井が加持と自分の立場を思い出して我に帰り、あまりに加持が自分を蔑ろにするあまり思わず腹を立てた失敗に恥じて俯き沈黙する。
「ふぅ~~う、暑い、暑い♪なぁぁ~~~んか、私ってばお邪魔虫かしらん♪♪」
(か、葛城ぃぃ~~~・・・。)
その2人の様子を照れ合っていると勘違いしたミサトは、手団扇の風を自分へ送って茶化しまくり、加持は涙をルルルーと流して力無く項垂れた。


「暑いわね。空気も淀んできたわ。これが近代科学の粋を凝らした施設とは・・・。」
人々の熱気に発令所の不快指数は鰻登り、さすがのリツコもトレードマークの白衣を脱ぎ、総務部支給の団扇で扇いでだらけた雰囲気。
「そうですね・・・。ねえ、青葉君。今の温度って、どれくらいあるの?」
「・・・聞かない方が良いよ。聞いたら、余計に暑くなる・・・・・・。」
「そう・・・。それにしても、男の人は良いわよね。服を脱げば良いんだからさ・・・・・・。」
「・・・俺からして見れば、チエちゃんの方が羨ましいよ。スカートの方が涼しそうだし・・・・・・。」
チエに至っては団扇を扇ぐ気力もなく、コンソールに上半身をグッタリと俯せ、反対に青葉は椅子に背をグッタリと持たれて天を仰いでいる始末。
その上、この暑さにリツコはストッキング、チエはタイツを脱ぎ、青葉など制服上着を脱いだ上にシャツも脱いで上半身裸の有り様。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
似た様な光景が発令所の彼方此方で見られ、誰もが暑さに口を開くのも億劫となり、自然と発令所がシーンと静まり返ってゆく。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
それに伴い、何処からともなく聞こえてくる暑さの不快感を増長させる嗚咽声。
「うっうっうっ・・・。うっ・・・。うっうっ・・・。」
「・・・ところで、赤木博士?マヤちゃん、さっきからあそこで何やってんっスか?」
青葉は気怠そうに椅子の頭置きに置いた頭をゴロリと転がし、発令所片隅で体育座りをして膝に顔を埋めているマヤへ視線を向けた。
「マヤっ!!そこに居ると鬱陶しいから出て行きなさいっ!!!」
「うっうっ・・・。ひ、酷いです。せ、先輩・・・。うっうっうっ・・・。」
リツコは青葉の問いに応えず、暑さの不快感から猛烈にマヤを怒鳴り、マヤは刹那だけ泣き顔を上げた後、再び顔を膝に埋めて皆へ背を向ける。
「・・・やはり、暑さは人に冷静さを失わせるな」
「ああ・・・。」
そんな眼下のだらけた光景に溜息をつき、いつもと変わらぬ姿で冷静な冬月とゲンドウだが、実は足を水の張ったバケツに入れて涼を取っていた。
「それにしても、もう1時間になるのか・・・。赤木博士が言う通り、電気が通らないだけで案外とモロい物だな」
「だが、これは事故ではない。・・・間違いなく、必然性の物だろう」
「やはりな・・・。外部から隔離されても自給自足が出来るコロニーとして作られたジオフロント。
 その全ての電源が落ちると言う状況は理論上ありえんからな。・・・となれば、その目的はここの調査か?」
冬月は腕時計をチラリと一瞥して苦笑を浮かべ、ゲンドウの意見に頷いて腕を組んで考え込み、苦笑を深めながらゲンドウへ問う。
「ああ・・・。復旧ルートから本部の構造を把握しようとでも言うのだろう」
「癪な奴等だ。しかし、本部初の被害が使徒では無く、同じ人間にやられた物とは・・・。全く、やりきれんな」
「・・・所詮、人間の敵は人間だよ」
応えてゲンドウはゲンドウポーズの下の口の端をニヤリと歪め、冬月の苦々しい嘆きに口の端を更に歪めてニヤリ笑いを深める。
「冬月先生・・・。」
「・・・何だ?いきなり、藪から・・・棒・・・に・・・・・・。」
数瞬ほどの沈黙が流れた後、いきなりゲンドウから懐かしい呼び名で呼ばれて驚き顔を向け、冬月はそこにあった思い詰めた様な顔に2度驚く。
「所詮、人間の敵は人間・・・。ですが、人間は信じ合う事によって素晴らしい味方となり得ます」
「まあ、そうだろうな。・・・しかし、どうしたんだ?お前がそんな事を言うなんて明日は雪か?」
しかも、その口からはゲンドウらしからぬ言葉が飛び出して3度驚き、冬月が戸惑いを隠しながらも苦笑でゲンドウを茶化す。
「つまり、我々に必要なのは信じ合うと言う事ですよ」
「う、うむ・・・。よ、良く解らないが解った」
だが、ゲンドウは冬月の冗談を取り合わず冬月へ真剣な表情を向け、冬月はゲンドウの何やら必死の眼差しに気圧されて取りあえず頷く。
ちなみに、ゲンドウは何が言いたいのかと言えば、お昼前にリツコより冬月の派閥化形成の疑惑警告を受け、その確認を取っているのである。
「信じていますよ。冬月先生」
「あ、ああ・・・。(ど、どうしたと言うんだ?ほ、本当に・・・・・・。も、もしかして、この停電はお前が原因か?)」
するとゲンドウは安心したかの様に肩の力を抜いてニヤリと笑い、冬月は再び頷きながら大粒の汗をタラ~リと流して顔を引きつらせた。


「よぉ~~いしょっとっ!!」
ガガッ・・・。バタンッ!!
停電の為、開けるのも苦労なら、閉めるのも苦労の玄関の自動ドアを人力で閉め、額にかいた汗を腕で拭うシンジ。
「やれやれ・・・。今晩は素敵なディナーを用意しておいたのに、停電で臨時休業とは・・・・・・。
 ・・・取りあえず、停電でハードディスクがクラッシュしていない事を祈るよ・・・って、んっ!?どうしたんだい?」
そして、玄関から続く長い廊下へ歩を進め、シンジはリビング中央でポカンと立ち竦んでいるカヲルへ怪訝そうに尋ねた。
「凄い・・・。凄い部屋だね。ここ・・・・・・。」
「なに、大した事ないさ。・・・ワイン、飲めるだろ?」
「うん、頂くよ・・・。でも、住んでいる訳でも無さそうだね?」
カヲルはシンジへ惚け顔を向けて応えた後、改めてリビングをキョロキョロと見渡して惚け顔を更に深める。
カヲルが惚けている理由、それはリビングの広大さもさる事ながら、その広大さをより印象づけている部屋の様子にあった。
何故ならば、100畳はあろうかと言うリビングにも関わらず、家具は中央にキングサイズのベットとライン剥き出しの電話機があるのみ。
ここは先日シンジが購入したマンションの部屋『碇邸』であり、奥の書斎部屋にはリツコがハッキングしたシンジの秘密端末が置かれている。
ちなみに、シンジの心配である秘密端末のクラッシュは、停電前にハッキングされた為、自衛シャットダウンプログラムが働いて難を逃れていた。
「フフ、ちょっとした秘密基地って感じかな?・・・あっ!?そうだっ!!?良かったら、ここに住まない?カヲルさん」
「えっ!?・・・・・・さすがに無理だよ。こんな凄い部屋・・・・・・。だって、月に幾らかかるんだい?」
そこへシンジより予想外な提案がなされ、驚いたカヲルはリビングを更に見渡して苦笑を浮かべ、広大なリビングから推察した賃貸料に辞退する。
「それなら、大丈夫。ここは僕の持ち家だから、お金の心配は要らないよ」
「なんだ、そうなのかい・・・って、ええっ!?ここ、シンジ君の持ち家なのかいっ!!?」
だが、辞退理由の家賃は要らないと言われ、カヲルはシンジが向かった先のリビングにあるカウンターバーへ顔を勢い良く向けてビックリ仰天。
「・・・なに?そんなに驚くほどの事?」
「だって、この街の賃貸料は何処も信じられないくらい高いじゃないか?
 本当は僕も本部の宿舎じゃなくて、最初は部屋を借りようと思ったんだけど・・・。僕の手当ではとても手が出なかったよ?」
シンジはカヲルの反応がおかしくクスクスと笑い飛ばすが、カヲルはにわかに信じられず来日前に苦悩した住宅事情を説明して尋ねた。
「そうらしいね。アスカも・・・。あっ!?アスカってのはセカンドチルドレンの娘ね?
 で、アスカもそんな事を言ってたけど・・・。でも、それはあくまで賃貸での話、購入となるとそうでもないんだよ。これが・・・・・・。」
「・・・どういう事だい?」
「この街の土地神話が崩れたのさ」
「・・・土地神話?」
応えてシンジは肩を竦め、更に問いてきたカヲルへニヤリと笑い、カヲルはシンジの意味深な言葉にキョトンと不思議顔になって尚も問う。
「この街が使徒襲来に備えて造られたのは解るよね?
 でも、世間的に発表された目的は違う。第三新東京市の名前から解る通り、来年の遷都を目指して造られた街なんだ。
 ・・・となれば、人が集まり、仕事が集まり、全てが集まり、この街の地価が自然と高くなってゆくのは当然の事。
 だから、企業や資産家はこの街の土地を買い漁り、将来を見越してビルやマンションを次々と建てていった。
 実際、今年の3月まで地価は上昇の一途を辿っていたが・・・。この神話を根底から崩す決定的な事件がこの街で今年の4月に起こった」
シンジはカウンターバー内へ入ってカヲルを手招き、棚から出したワインのコルクを抜きつつ説き、半分ほど抜いた辺りで敢えて言葉を止めた。
余談だが、ロクな家具が揃っていないにも関わらず、カウンターバーの設備だけは十分に整い、棚には高級そうなお酒が幾本も列んでいる。
「・・・そうか。使徒が現れたんだね」
「ご名答、この街の地価は使徒襲来の翌日から一変して下落の一途を辿り始めたんだ」
その沈黙が問いかけだと悟り、カウンター席に座ったカヲルは顎に人差し指を当てて考え込み、シンジがカヲルの応えにニッコリと微笑む。
「だけど、ここで不思議な矛盾が起きた。それは使徒襲来時に避ける事の出来ない都市破壊と次なる使徒襲来に備えての都市修復。
 つまり、使徒が来れば来るほど、使徒が街を壊せば壊すほど、建設会社にはネルフからの受注が入るって寸法さ。
 その結果、この街に人が集まり、仕事が集まり、全てが集まり・・・っと、ここまでは普通なんだけど、そう上手くはいかない。
 だって、そうだろ?いつ来るか解らない使徒に怯え、こんな街に一般人が定住しようと思うかい?
 ましてや、いつ自分の家が破壊されるか解らない街に・・・。この矛盾が土地の賃貸力を高め、土地自体の資産力を低くさせたカラクリさ」
シンジは残りのコルクを腕力で強引に引っ張り抜き、コルクに染みついたワインの香りを嗅ぎながら再び説いた。
「なるほど・・・。でも、それにしたって、この部屋はかなりするんじゃないかい?幾ら何でも悪いよ」
「じゃあ、これならどうだい?この部屋の家賃として、カヲルさんを管理人として雇うのは?
 こうも広いとさすがに僕1人では管理しきれないし・・・。これだけの部屋を殆ど使わず、遊ばせておくのも勿体ないからね。
 第一、こう言うのも何だけど、本部の宿舎ってかなり狭いよ?備え付けのベットを含めて6畳一間の上、トイレはあってバスはないしね」
「そう言う事なら・・・。うん♪喜んで引き受けさせて貰うよ♪♪」
それでも、カヲルは気が引けて断るも、シンジがグラスにワインを注ぎつつ提示した譲歩を断るのも気が引け、嬉しそうに微笑んで引き受ける。
「なら、決まりだ。・・・さあ、グラスを持って」
「でも・・・。どうして、そんなに君は僕へ良くしてくれるんだい?」
しかし、カヲルは実質的に初対面の自分に対するシンジの優しさが解らず、差し出されたグラスを受け取りながら率直に尋ねた。
「・・・君の幸せが僕の幸せ。それが理由ではいけないかい?」
「そ、それは嬉しいけど・・・。」
シンジは自分のグラスにもワインを注ぎつつカヲルへ流し目を向け、カヲルは直球すぎるシンジの言葉に照れ、紅く染めた顔を俯かせるも束の間。
「・・・けど?」
「僕は君に何も返してあげられない。僕は何も・・・。何も持っていないから・・・・・・。」
続けて弱々しく呟いた言葉に無表情となり、カヲルは別の意味で俯きを更に深め、シンジが左手でカヲルの顎を持って無理矢理に顔を上げさせる。
「・・・いいや、僕はとっくに君からたくさんの物を貰っているよ。そう、本当にたくさんの物をね・・・・・・。」
チィィ~~~ンッ・・・。
カヲルはそこにあったシンジの儚げな笑みに思わず言葉を失い、シンジが鳴り合わせたグラスの響きが静寂と共にリビングへ広がっていった。


「しかし、ネルフも不運だな。こんな時に停電とは・・・。」
使徒発見より約1時間が経とうと言うのに未だネルフとは連絡が取れず、参謀長が着々と進んでゆくモニターの作戦図を眺めながらポツリと呟く。
「ふっ・・・。君はまだまだ若いな。参謀長」
「・・・どう言う意味です?」
「そのままの意味だよ。一佐、教えてあげろ」
陸将はその呟き声を拾って鼻で笑い、怪訝顔を向けて尋ねる参謀長に応え、苦笑を浮かべて陸幕長へ話を振る。
「使徒の侵攻、第三の停電、トライデント計画の発動・・・。全てのタイミングがあまりに良すぎると思わないか?」
「確かに・・・・・・。ま、まさかっ!?」
同じく苦笑を浮かべた後、陸幕長は今まであった事象を列べて真顔で問い、参謀長は更に怪訝顔となるも、ふと思いついた想像に目を見開かす。
「恐らく、使徒の侵攻に合わせ、仕組まれた事に間違いないだろう。ネルフを陥れる為のな」
「で、ですが・・・。い、幾らネルフを陥れる為とは言え、失敗した後はサードインパクトなんですよ?」
陸幕長は参謀長が何か言うよりも早く参謀長の想像を肯定して頷き、参謀長は信じられないと言わんばかりに声を震わせながら尋ねた。
「ふんっ!!統幕本部連中めっ!!!政治ばかり優先して、現場の事などまるで考えちゃおらんっ!!!!」
「それだけ、ネルフのおかげで立場が危ういって事ですよ。実際、来年度の予算は大幅に縮小される様ですしね」
陸将は苛立ちに声を荒げて自分の上役達を激しく愚痴り、陸幕長が再び苦笑を浮かべ、自分の立場的に陸将をまあまあと宥める。
『車両部隊、全て配置につきましたっ!!』
『航空部隊もOKですっ!!』
『トライデント部隊の到着にはまだ時間がかかりますっ!!あと約10分っ!!!』
『目標っ!!間もなく、第四次防衛ラインに到達しますっ!!!』
だが、陸将の機嫌を更に傾ける報告が入り、陸将は舌打って刹那だけ考え込み、即決した新たな作戦指示の檄を怒鳴る様に飛ばす。
「ちっ・・・。何をやっているっ!!トライデントは作戦の要だぞっ!!!
 ・・・集結した車両部隊半数は前進した後、目標『クモラ』に対して攻撃開始っ!!
 残り半数と航空部隊は後退、トライデントの到着を待てっ!!トライデント部隊には到着を急がせろっ!!!」
『『『『了解っ!!』』』』
陸幕長は指示内容の中に何か引っかかる単語を見つけるが、その引っかかりが何なのかを考えるも解らず、たまらず不思議顔で陸将へ尋ねる。
「・・・司令、今の指示の中にあった『クモラ』と言うのは何ですか?」
「ああ、ほら・・・。子供の頃、原爆実験が原因で東京を攻めてきた怪獣の映画があっただろ?あれだよ・・・。呼称がないと不便だからな」
「そ、それでしたら・・・。へ、変更しませんか?」
陸将は名案だろと言わんばかりにニヤリと笑うが、陸幕長は顔を引きつらせて陸将へ呼称の改名を勧めた。
「どうしてだ?なかなか言えて妙で我ながら良い名前だと思うけどな?」
「し、しかし、その映画・・・。か、必ず自衛隊が負けるじゃないですか?そ、それにその怪獣は正義の味方ですよ?」
「う゛っ・・・。た、確かに縁起が悪いな。で、では、『クモットン』にしよう」
その勧めに不満顔となって問うが、陸幕長の説明に尤もだと言葉を詰まらせ、陸将も顔を引きつらせて陸幕長の勧めに従って呼称を変更する。
「そ、それもダメですよ。そ、その特撮物でも自衛隊と言うか、地球防衛軍は役立たずの上、ヒーローも1回は負けている怪獣じゃないですか?」
「う゛う゛っ・・・。い、言えてるな。な、なら、何が良いと思う?」
「「・・・そ、そうですね」」
しかし、新たな呼称名も今度は参謀長に否定され、陸将はならばと2人へ苦し気に意見を募り、3人は揃って下らない事で激しく悩み始めた。


「中央自走砲車両隊、24から36まで沈黙っ!!」
「春雨部隊、半壊滅っ!!撤退を要求していますっ!!!」
「目標『タランチュラ』は尚も前進中っ!!」
「左翼の火力がまるで足りませんっ!!このままでは突破されますっ!!!」
作戦要のトライデント部隊到着を待たずして使徒との本格的な戦端が開いてしまい、悲報だけが続々と届く第四次防衛ライン戦自移動指揮車両。
「陣形を凸形陣より三日月陣へ再編成っ!!装甲の厚い戦車を前に出して、目標『タランチュラ』を半包囲せよっ!!!
 とにかく、いかなる犠牲を払っても時間を稼ぐんだっ!!・・・くそっ!!!トライデントはまだ着かないのかっ!!!!」
腕を組んで立つ部隊長はモニターを睨み付けながら、爪を力強く二の腕に食い込ませて檄を怒鳴り飛ばし、顔だけを勢い良く振り向かせて尋ねた。
「いえ、まだ連絡は・・・。あっ!?今、到着しましたっ!!!指示を求めていますっ!!!!」
「やっと来たかっ!!待ちかねたぞっ!!!」
応えて通信士は首を力無く左右に振るも、その直後に声を嬉しそうに弾ませて目を輝かせ、部隊長も目を輝かせて新たな檄を矢継ぎ早に飛ばす。
「全部隊に通達っ!!これより、作戦を開始するっ!!!
 全車両隊は陣形再編後に戦域より後退しつつ砲撃っ!!撃って、撃って、撃ちまくれっ!!!今日は出血大サービスだっ!!!!
 葵月、蘭月航空隊は速やかに抗使徒兵器を戦域一帯へ投下っ!!残る航空隊は第五次防衛ライン上に予備兵力として待機せよっ!!!
 トライデント隊は抗使徒兵器投下後に戦線へ加わって遊撃っ!!攻撃のタイミングはそちらに全て一任すっ!!!サポートは任せろっ!!!!」
「「「「「了解っ!!」」」」」
各通信士がそれを受けて担当部隊へ指示を通達してゆき、指揮車両の雰囲気が今さっきまでとは違う忙しさに満ちてゆく。
「・・・いよいよですね」
「ああ・・・。これで上手くいけば、ネルフの連中からデカい顔をされずに済む」
部隊長の脇に控える副官が一息ついた事もあって声をかけ、部隊長は二の腕に食い込ませていた爪と表情をやや緩めて頷いた。
「同感です。・・・ところで、二佐。『タランチュラ』と言うのは目標の呼称ですよね?」
「そうだろうな」
「ですが、あれは全然『タランチュラ』って感じがしませんよ?どちらかと言えば、クモか、アメンボっぽくありません?」
副官も頷いた後、先ほどから思っていた疑問を尋ね、部隊長から返ってきた応えに反論して自分の表現を提示する。
「俺もそう思って司令部の方へ問いあわせたんだが・・・。Qにはマンがいないから、これで良いんだそうだ」
「・・・何ですか、それ?」
「さあな・・・。俺にも上の考えている事はちっとも解らんよ」
すると部隊長は困り顔となって首を傾げ、怪訝顔を返す副官に腕を組んだまま肩を竦めて応えた。


チュドチュドーーーンッ!!
             チュドチュドーーーンッ!!
チュドチュドーーーンッ!!
             チュドチュドーーーンッ!!
チュドチュドーーーンッ!!
             チュドチュドーーーンッ!!
戦域を後退しながら絶え間ない轟音を響かせ、使徒に対して苛烈な砲火を浴びせる戦車隊と自走砲隊。
チュドチュドーーーンッ!!
             チュドチュドーーーンッ!!
チュドチュドーーーンッ!!
             チュドチュドーーーンッ!!
チュドチュドーーーンッ!!
             チュドチュドーーーンッ!!
だが、農家の田園を犠牲にした一点集中攻撃もATフィールドの前には全く歯が立たず、使徒は歩を止める事なく悠然と前進し続けて行く。
ヒューーーン・・・。
          ヒューーーン・・・。
ヒューーーン・・・。
          ヒューーーン・・・。
ヒューーーン・・・。
          ヒューーーン・・・。
すると後退して行く車両隊に入れ替わり、横一文字に編隊を組んだ爆撃機が低空飛行で現れ、使徒の手前で次々と幾つもの爆弾を一斉に投下。
ヒューーーン・・・。
          ヒューーーン・・・。
ヒューーーン・・・。
          ヒューーーン・・・。
ヒューーーン・・・。
          ヒューーーン・・・。
その爆弾は地面へ落ちても爆発はせず、いずれもが不発弾かと思われた次の瞬間。
シュポン、シュポンッ!!
            シュポン、シュポンッ!!
シュポン、シュポンッ!!
            シュポン、シュポンッ!!
シュポン、シュポンッ!!
            シュポン、シュポンッ!!
爆弾両端の封が心地良い音を立てて吹き飛んだかと思ったら、爆弾両端より薄黄色い煙がモクモクと吐き出され始めた。
シュポン、シュポンッ!!
            シュポン、シュポンッ!!
シュポン、シュポンッ!!
            シュポン、シュポンッ!!
シュポン、シュポンッ!!
            シュポン、シュポンッ!!
そんな虚仮威しの煙などに惑わされる事なく前進し続けた使徒だったが、薄黄色い煙内部へ入った途端、慌てて逃げる様に急いで後退。
これこそ、戦自技術部が持ちうる技術の粋を結集させ、今日と言う日に自信を持って戦力投入した『抗使徒兵器・甲』である。
しかし、『抗使徒兵器・甲』と小難しい名称が付いている兵器だが、その実は単なる『悪臭兵器』に過ぎないのが真相。
度重なる使徒襲来に敗走を重ね、戦自上層部は非常に焦り、戦自技術部へ使徒殲滅の新兵器開発を急がせた。
もっとも、使徒は正体不明の生物な上、使徒に関する情報はネルフに一切を隠匿されており、開発するにも開発できないのが当然の話。
しかも、使徒は21世紀最大の兵器発明と言われるN2兵器にも耐えれるのだから、戦自科学者達はこの無理な注文に悉く匙を投げた。
そんな中、とある科学者が提唱した説により、研究は全く別の角度から進歩が見出され、急ピッチで進められてゆく事となる。
それは『スパイの情報によると、使徒もDNAとアミノ酸を持つ生物。そう、生物・・・。ならば、細菌兵器が有効なのではないか?』と言う物。
ところが、細菌兵器は第三次世界大戦後に結ばれた南極条約で使用を堅く禁じられていた為、大っぴらに使う事も、研究する事も出来なかった。
ましてや、国土を細菌兵器で汚染するなど愚の骨頂となり、細菌兵器とは再従兄弟関係くらいにある悪臭兵器が開発される事となったのである。
だからと言って侮る事なかれ、戦自技術部が持ちうる技術の粋を結集して作られた悪臭は恐ろしく強烈苛烈。
実際、超微粒子の悪臭粉は簡易ガスマスク程度では完全に防ぎきれず、ご覧の通りあの使徒でさえ逃げ出してしまう始末。
ヒューーーン・・・。
          ヒューーーン・・・。
ヒューーーン・・・。
          ヒューーーン・・・。
ヒューーーン・・・。
          ヒューーーン・・・。
それを狙って後続爆撃機隊が現れ、使徒の退路を塞ぐ様に次々と幾つもの爆弾を一斉に投下。
シュポンッ!!ベチャッ・・・。
               シュポンッ!!ベチャッ・・・。
シュポンッ!!ベチャッ・・・。
               シュポンッ!!ベチャッ・・・。
シュポンッ!!ベチャッ・・・。
               シュポンッ!!ベチャッ・・・。
その爆弾は地面着弾と同時に破裂して粘性のある液体を辺りに飛び散らせ、使徒はその液体に足を絡め取られ、動こうにも身動きを封じられる。
これこそ、戦自技術部が持ちうる技術の粋を結集させ、今日と言う日に自信を持って戦力投入した『抗使徒兵器・乙』である。
しかし、『抗使徒兵器・乙』と小難しい名称が付いている兵器だが、その実は単なる『トリモチ兵器』に過ぎないのが真相。
技術の粋を結集して『抗使徒兵器・甲』は完成したが、所詮これは使徒の動きを誘導するだけで決定的兵器にはなりえないのは当然の話。
莫大な費用と時間、犠牲をかけて開発したにも関わらず無用の長物となってしまい、戦自科学者達は徒労から悉く酷い虚脱感に襲われた。
そんな中、とある科学者が提唱した説により、研究は全く別の角度から進歩が見出され、急ピッチで進められてゆく事となる。
それは『この兵器は何だかバルサンに似ている。なら、ゴキブリホイホイの様に使徒の動きを止めてみたらどうだろうか?』と言う物。
その結果はご覧の通り、運命の女神は戦自に微笑んだのか、今回襲来した使徒はゴキブリにも似て、その効果は抜群な有り様。
チュドチュドーーーンッ!!
             ボフボフボフッ!!
チュドチュドーーーンッ!!
             ボフボフボフッ!!
チュドチュドーーーンッ!!
             ボフボフボフッ!!
この機を逃してなるものかと後退中の自走砲車両隊より砲火が放たれ、空中で炸裂した砲弾は煙幕を広げ、戦場一帯は一瞬の内に白煙で包まれた。


「なんかさ・・・。こう言っちゃなんだけど、かなり格好悪い作戦だよね」
車両部隊が左右に分かれて後退して行く中、行く手に出来た花道を縦に列んで疾走して行く青い3つの機影。
この機影こそが戦自秘蔵の局地戦用人型兵器『トライデント級陸上軽巡洋艦』であり、その全長は足下の戦車がテッシュ箱くらいに見える巨大さ。
また、人型と言っても全体的に背の曲がった老人と言う印象を受け、軽巡洋艦の型名が付く通り、正しく軽巡洋艦に手と足を取り付けた様な機体。
その動力は内部バッテリーより供給され、外部補助バッテリーを搭載すれば、最高連続12時間前後の単独作戦行動が可能な優れ物。
もっとも、走行時には足裏の高速キャタピラを併用して機体後部のジェットエンジンを使う為、最大戦速での連続使用はせいぜい1時間程度。
但し、軽巡洋艦の型名は伊達ではなく、手足を折り畳めば水上運用は勿論、水中運用も可能であり、更に極めて短時間ではあるが空中運用も可能。
基本武装として前部に前方220度回転可動式バルカン砲、両サイドに4連装ミサイル発射口があり、他にも様々なオプション武装が装備可能。
「何、言ってんだっ!!戦いに格好良いも、格好悪いもあるかっ!!!それより、突っ込むぞっ!!!!」
「えっ!?でも、王子様がまだ来てないよ?」
「馬鹿っ!!いい加減、目を覚ませっ!!!そんな奴はいないだよっ!!!!」
ムサシは前方の白煙が舞う戦場へ向かってアクセルをベタ踏もうとするが、通信ウィンドウに映るマナの問いに気勢を削がれて怒鳴り返す。
ちなみに、コクピットは機体中部にあって外部とは強化ガラス越しの為、つなぎ服上に気休め的なクリーム色の軽装甲服を上半身に着ている状態。
無論、戦闘機搭乗時に装備する様なクリーム色のヘルメットも被っており、両手には肘近くまであるクリーム色の革グローブも装備されている。
「な゛っ!?誰が馬鹿だってぇぇ~~~っ!!!そんな事を言う口はどの口だぁぁぁ~~~~っ!!!!」
ガガガガガガガガガガッ!!
その言い様にカチンときて腹を立てたマナは、両足の間から延びて右手だけで持つ操縦桿のトリガーを引き、前方のムサシ機へバルカン砲を乱射。
「うわっ!?よ、止せっ!!?お、俺を撃って、どうするっ!!!?」
「ごっめぇ~~ん♪どうも、機銃の調整がいまいちみたい♪♪」
「あ、あのなぁぁ~~~・・・。」
慌てて右に操縦桿を倒し避けて猛烈に怒鳴るが、マナは笑顔で舌をペロッと出して全く悪びれた様子なく、ムサシが青ざめた顔を引きつらせる。
「(仲が良いんだか、悪いんだか・・・。)それで、ムサシ。どの陣形でゆくの?」
「そうだな・・・・・・。良しっ!!メールシュトロームで行くぞっ!!!」
そんな2人に苦笑を浮かべるも、ケイタは決戦の時が間もなく迫っている事に表情を引き締め、ムサシもケイタの問いに応えて表情を引き締めた。
余談だが、マナも、ムサシも、ケイタも、基地の少年少女達も14歳前後ではあるが、これは何もネルフのチルドレンに対抗してではない。
マナ達は5年前に全国各地より集められ、本来は5年後の設立を見据えた戦自特車両部隊のエリートパイロット達なのである。
その訓練内容はネルフと比べ物にならないほどに厳しく、実際5年前は250人にもいた子供達が今では1/4にまで減っていた。
「・・・そうだね。1部隊しかいないから、それが1番かもね」
「おっけぇ~~っ!!じゃあ、シフトは?」
ケイタはムサシの意見に賛成して頷き、マナは不敵にニヤリと笑って唇を緊張に舐め、今さっきまであったお茶ら気ムードを霧散させる。
「ケイタが1、俺が2、マナが3だっ!!良いなっ!!!」
「「了解っ!!」」
「なら、行くぞっ!!1・・・。2・・・。」
「「「3っ!!」」」
シュシュシュシュシュシュシュシュシュシュッ!!
そして、ムサシの指示と合図で3機は横一列に並んでブースターを拭かせ、煙幕で姿は見えずともレーダーに映る使徒へ砲門を一斉に開いた。
カキィィーーーンッ!!
チュドチュドチュドチュドチュドォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーンッ!!
12発の熱源追跡ミサイルは視界ゼロの白煙内を突き進み、使徒を見事に探し当てるが、使徒が前方へ展開したATフィールドに阻まれて爆散。
「行っけぇぇ~~~っ!!」
ガガガガガガガガガガッ!!・・・カキィィーーーンッ!!!カカカカカカカカカカッ!!!!
それを予期していたかの様に後方よりケイタ機が現れ、ケイタはバルカン砲を放つも、これまた使徒のATフィールドにあっさりと防がれる。
「何処を見ているっ!!俺はここだぁぁ~~~っ!!!ここにいるっ!!!!」
ガガガガガガガガガガッ!!
ムサシ機がその隙を突いて側面よりゼロ距離射撃を行うべく迫り、使徒はムサシ機の方に危険性があると判断してATフィールドを解除。
キュインッ!!
「なんとぉぉ~~~っ!!」
その直後、使徒は体側面の目玉模様を輝かせ、慌ててムサシ機は迫る光弾に対して右へ大きく避け、絶好のゼロ距離射撃チャンスを失ってしまう。
チュドォォーーーンッ!!
「貰ったぁぁ~~~っ!!」
だが、これすらも実は囮であり、光弾が爆発した反対側面よりマナ機が現れ、手首を超高速回転させながら使徒へ両貫手を放った。
つまり、メールシュトローム陣形とはその名の通り、目標を中心に円陣を組み、目標との距離を渦巻き移動で狭め、波状攻撃するという物である。
ザクザクッ!!
ウィィーーーンッ!!ガリガリガリガリガリガリガリガリッ!!!・・・ザクザクザクッ!!!!
両貫手が使徒表面を抉って手首まで埋没すると、アームカバーがスライドして3本の電極棒が現れ、マナが操縦桿頭部のボタンを押した次の瞬間。
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチッ!!
「ムサシっ!!ケイタっ!!!」
電極棒より凄まじい電流が流れ、使徒は苦しそうに全身を猛烈に振りまくるが、マナ機は両手がガッチリと手首まで埋没している為に離れない。
「おうっ!!」「了解っ!!」
ザクザクッ!!ウィィーーーンッ!!!ガリガリガリガリガリガリガリガリッ!!!!・・・ザクザクザクッ!!!!!
マナの作戦成功の合図に煙幕の彼方よりムサシ機とケイタ機が再び現れ、マナ機同様に使徒へ両貫手を放って放電開始。
バチバチバチバチバチッ!!
             バチバチバチバチバチッ!!
バチバチバチバチバチッ!!
             バチバチバチバチバチッ!!
バチバチバチバチバチッ!!
             バチバチバチバチバチッ!!
只でさえも苦しかったところに3倍量の電流が流され、使徒は懸命に体を藻掻かせるが、使徒に食らい付いた3機は決して離れない。
これこそ、戦自技術部が持ちうる技術の粋を結集させ、今日と言う日に自信を持って戦力投入した『抗使徒兵器・丙』である。
しかし、『抗使徒兵器・丙』と小難しい名称が付いている兵器だが、その実は単なる『電気ショック兵器』に過ぎないのが真相。
技術の粋を結集して『抗使徒兵器・乙』は完成したが、所詮これは使徒の動きを封じるだけで決定的兵器にはなりえないのは当然の話。
結局、またしても無用の長物となり、戦自科学者達は2重になった徒労と戦自上層部の厳しい叱責に悉く頭を抱えて日々頭痛に悩まされた。
そんな中、とある科学者が提唱した説により、研究は全く別の角度から進歩が見出され、急ピッチで進められてゆく事となる。
それは『DNAとアミノ酸。つまり、細胞の構成には水が不可欠。ならば、水の特性を生かす電流攻撃と言うのはどうだ?』と言う物。
その結果はご覧の通り、抗使徒兵器の1つ1つは非常に単純発想な物だが、3つが揃う事によって初めてその効果は絶大。
恐らく、抗使徒兵器シリーズを開発した戦自科学者達は、今頃何処かで胸をホッと撫で下ろして喝采をあげている事だろう。
バチバチバチバチバチッ!!
             バチバチバチバチバチッ!!
バチバチバチバチバチッ!!
             バチバチバチバチバチッ!!
バチバチバチバチバチッ!!
             バチバチバチバチバチッ!!
しばらくすると使徒の抵抗が徐々に弱まりを見せ始め、遂には動きを止めてしまい、使徒は力無く大地へ崩れ落ちて沈黙した。
プッシュゥゥ~~~・・・。ドサッ・・・・・・。
「・・・なんか、意外と呆気なかったね」
「うん・・・。聞いていたほどでもなかったね」
それを確認して3機は放電を止め、全身から煙をプスプスと上らせる黒炭な使徒を眺め、マナとケイタが拍子抜けした様にポツリと呟き合う。
「はぁ~~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!
 それは違うなっ!!こいつは強かったっ!!!でも、俺達の方がもっと強かったっ!!!!只、それだけの事だっ!!!!!
 ・・・なっ!?マナもこれで解っただろっ!!?お前が言う王子様なんて要らんっ!!!!こんな奴、俺だけで十分だっ!!!!!」
そんな2人の感想を豪快に大口を開けて笑い飛ばし、ムサシはマナへどうだと言わんばかりに力強く握った右拳のガッツポーズを送った。


『ひ、非常事態宣言発令に伴い・・・。き、緊急車両が通りますっ!!ひ、非常事態宣言発令・・・。に、に伴い、緊急車両が通りますっ!!!』
法廷速度を悠に越え、速度メーターを完全に振り切り、街中を疾走する選挙カーから響くウグイス嬢の怯え声。
『・・・って、あ、あのぉ~~・・・。い、行き止まりですよ?』
「良いから、突っ込めっ!!なんせ、非常時だからなっ!!!」
「りょぉぉ~~~かいっ!!」
前方のトンネル入口にネルフ保安部員達の検問を見つけ、ウグイス嬢が怖ず怖ずと進言するが、目を血走らせた日向と運転手は全く取り合わない。
『そこの車っ!!今すぐ、止まれっ!!!止まらんと撃つぞっ!!!!』
『・・・あ、あんな事を言ってますけど?』
すると保安部員達は道路を封鎖すべく横一列に並んでマシンガンライフルを構え、顔面蒼白となったウグイス嬢が半泣きになって改めて進言する。
余談だが、この選挙カーの本来の持ち主である高橋覗氏は、約3分ほど前に白目を剥いて気絶してしまい、最後部座席で今も轟沈中。
「気にするなっ!!なんせ、非常時だからなっ!!!」
「やぁ~~ってやるぜっ!!」
「「「「「「「「「「『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!』」」」」」」」」」」
だが、日向と運転手のハイテンションコンビは速度を全く緩める事なく検問へ突っ込み、慌てて保安部員達が逃げまどって選挙カーに道を空ける。
バキッ!!
『くっ!!・・・撃て、撃て、撃てぇぇ~~~っ!!!』
その隙に選挙カーはトンネル入口の停止バーをぶち破ってジオフロントへ突入し、体勢を整えた保安部員達がすぐさま選挙カー目がけて発砲開始。
パリン、パリン、ガン、ガン、パリィィーーーンッ!!
「「はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!」」
『い、嫌ぁぁ~~~っ!!だ、誰か、止めてぇぇぇぇぇ~~~~~~っ!!!』
銃弾が車内に乱れ飛んでガラスが割れ、日向と運転手の高笑いが響く中、ウグイス嬢は急速にショーツが湿ってゆくのを感じながら絶叫をあげた。


キィィィィィーーーーーーン・・・。
横一列の編隊を組み、ほぼ地面とスレスレの超低空飛行で白煙が立ちこめる戦場へ突入してゆく戦闘機。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
それに伴い、戦闘機が放つソニックウェーブに白煙が拡散され、戦場に充満していた煙幕が次第に四散して薄れてゆく。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
そして、たっぷり1分ほどが経過して完全に戦場が晴れ渡り、焼け焦げて動かない使徒とその周囲を囲むトライデント3機が姿を現した。
「や、やりましたねっ!!に、二佐っ!!!」
「良ぉぉぉぉぉ~~~~~~しっ!!」
副官が部隊長へ喜び顔を勢い良く振り向かせ、部隊長が右拳を脇に引くガッツポーズで勝ち鬨を上げ、それをきっかけに指揮車両内が歓声で湧く。
『やったっ!!やったぞっ!!!』
『勝ったっ!!俺達は勝ったんだっ!!!』
『よっしゃぁぁ~~~っ!!』
『どうだっ!!ネルフの連中めっ!!!』
『見たかっ!!クモ野郎っ!!!散々、ビビらせやがってっ!!!!』
その歓声は指揮車両だけに止まらず、回線がオープンとなっている各部隊からも聞こえ、全部隊の彼方此方で歓声が溢れかえる。
『っ!?・・・見てっ!!?』
『動いてるっ!?まだ死んでないんだっ!!?』
『マナっ!!ケイタっ!!!もう1回やるぞっ!!!!』
だが、それ等の歓声に混じり、最前線にいるマナとケイタとムサシから風雲急を告げる驚愕声が指揮車両に届いた。
『『了解っ!!』』
ベリベリベリベリベリッ!!
すぐさまトライデント各機が動き出すも、それよりも早く使徒の体が激しく震え、その体を突き破って中からスズメバチの様な物体が飛び出す。
『『『な゛っ!?』』』
「・・・・・・な、何じゃ、そりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~っ!!」
マナとケイタとムサシは思わず茫然と目が点になり、指揮車両内も茫然と静まり返る中、我に帰った部隊長が皆の心を代弁して魂の咆吼をあげた。


「・・・疲れた」
「ぜぇ~~ったいにっ!!上、見ないでよねっ!!!見たら殺すわよっ!!!!」
「そう、何度も言わんでも解っとるわいっ!!うるさいやっちゃなっ!!!」
リニアトレイン常備備え付けの緊急用ロープを垂らし、上からレイ、アスカ、トウジの順で下りて行く3人。
(それにしても・・・。相変わらず、派手なパンツばっかり履いてるわね。こいつ・・・・・・。)
『**、*****っ!!**、****中っ!!!**、**接近中っ!!!!』
「んっ!?・・・何か聞こえない?」
アスカは何となく上を見上げ、レイのスカートの中身に呆れていたが、ふと聞こえてきた微かな声に周囲をキョロキョロと発生源を求めて見渡す。
余談だが、現在3人は地表より高さ約60メートルくらいの位置にいるが、ここはジオフロントの為にほぼ無風。
それ故、スカートは風に靡く事なく、重力に引かれて型通りの形を保ち、下から見ると見事なくらいパンツ丸見え状態。
「なんや?何か言うたか・・・って、おおうっ!!?」
トウジはアスカの問いかけに上を見上げ、そこにあった素敵な光景に目を輝かせ、思わず興奮に鼻の穴を全開に開く。
「どうしたのよ・・・。っ!?」
反対にアスカはトウジの驚き声に顔を下へ向け、そこにあったスケベ顔に眉をつり上げ、状態が状態だけにどうする事も出来ず必死に足を閉じる。
「ちゃ、ちゃうんやでっ!?わ、わしはただ呼ばれたかと思うて・・・。せ、せや、わしは悪くあらへんっ!!!ふ、不可抗力やっ!!!!」
「だったら・・・。いつまで見てんのよっ!!このドスケベっ!!!!さっさと下を見ろぉぉ~~~っ!!!!」
ゲシッ!!ゲシゲシゲシッ!!!
「ぶべっ!!ぶべ、ぶべ、ぶべらぁぁぁぁぁ~~~~~~っ!!!」
慌てて我に帰ったトウジはすぐさま弁解を計り叫ぶが、アスカは許さず謝りながらも決して下を向こうとしないトウジの顔面へ猛襲キックを炸裂。
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッ!!
「あぢっ!?あぢっ!!?あぢぃぃぃぃぃ~~~~~~っ!!!?」
その結果、トウジは蹴られる毎にロープをズリ落ち、終いには加速的に勢い良くズリ落ち始め、その凄まじい摩擦熱に装備中の軍手が火を噴く。
「はっ!?・・・ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?」
バキッ!!ガサガサガサッ!!!バキバキバキッ!!!!ガサガサガサガサガサガサッ!!!!!ドスッ・・・・・・。
トウジはあまりの熱さに思わずロープから手を離してしまい、地上約20メートルの位置からフリーダイビングして直下にあった森の中へ不時着。
「ま、まあ・・・。す、鈴原なら、大丈夫でしょう・・・。き、きっと・・・・・・。」
「・・・そ、そうね」
アスカとレイは下を眺めて大粒の汗をタラ~リと流した後、トウジの事を意図的に忘却の彼方へ押し込め、先ほど聞こえた声の発生源を探す。
『現在、使徒接近中っ!!現在、使徒接近中っ!!!現在、使徒接近中っ!!!!』
「っ!?・・・日向二尉の声だわ」
「助かったっ!!・・・おぉぉ~~~いっ!!!おぉぉ~~~いっ!!!!おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~~~~~~いっ!!!!!」
するとジオフロント西口トンネルより選挙カーが現れ、レイがその放送内容に驚いて目を見開き、アスカが精一杯の大声で日向へ助けを求めた。
『現在、使徒接近中っ!!現在、使徒接近中っ!!!現在、使徒接近中ぅぅ~~~っ!!!!』
『あ、あのぉ~~・・・。あ、あそこで人が呼んでますよ?』
『そんなのに構うなっ!!なんせ、非常時だからなっ!!!』
『おうよっ!!任せておけっ!!!』
『現在、使徒接近中っ!!現在、使徒接近中っ!!!現在、使徒接近中っ!!!!』
『も、もう、嫌ぁぁ~~~っ!!な、何なの、この人達ぃぃぃ~~~~っ!!!』
だが、暴走選挙カーは2人の事など見向きもせず、すぐ近くの道路を通り過ぎてネルフ本部へと突入してゆく。
「・・・行っちゃった」
「あの眼鏡ぇぇ~~~っ!!あとで覚えておきなさいよっ!!!」
レイは助かったと思っただけに落胆の虚脱感が激しくガックリと項垂れ、アスカは薄情な日向に復讐を誓って肩をワナワナと震わせた。


「はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。」
体温を越えた室温に加え、極度の緊張感が体力と精神力の消耗を急速に誘い、床に胡座をかいて座る加持は息絶え絶えにガックリと項垂れていた。
その制服上着を脱いで上半身裸となった肌には汗がダラダラと流れ、顎を伝って落ちた汗は床にちょっとした水たまりを作っている。
また、加持が感じている極度の緊張感とは、エレベーター中央後部に座る加持を間に挟み、左右に座るミサトと笛井の存在に他ならない。
ちなみに、ミサトはストッキング、笛井はタイツを脱いで床に生足を崩して座り、双方とも制服上着を脱いでキャミソール姿。
無論、座るには靴が邪魔な為、3人の脱いだ靴がエレベーター隅に揃え置かれている。
「・・・あんた、大丈夫?かなり顔色が悪いわよ?」
「んっ!?あ、ああ・・・。だ、大丈夫だ。す、少し喉が乾いたがな・・・・・・。」
ミサトは明らかに様子がおかしい加持を心配して尋ね、加持が項垂れたままミサトへ目線だけを向け、ぎこちない笑顔を作って応えた次の瞬間。
「うっ・・・。」
「か、加持っ!?」
加持が短い呻き声をあげながらミサトの方へ力無く倒れ、慌ててミサトが両手を広げて抱き留めようとする。
「リョ、リョウジ君っ!?」
ドスッ・・・。
しかし、加持がミサトの胸に埋まる寸前、ミサトよりも一歩早く反応した笛井が、加持を勢い良く抱き引き寄せて胸に抱く。
「リョウジ君、しっかりしてっ!!リョウジ君っ!!!リョウジ君っ!!!!」
(・・・なぁ~~んだ。やっぱり、デキてるんじゃない。・・・・・・これで私も安心できるわね)
その素早い行動と血相を変えて加持の名前を連呼する笛井の姿に、ミサトはやり場のなくなった腕を組んで何度もウンウンと深く頷いた。


ブォォォォォーーーーーーンッ!!
「うおっ!?」
「キャっ!?」
突如、通路の彼方より爆音が響いてきたかと思ったら、発令所最下層フロアへ突入してくる暴走選挙カー。
『現在、使徒接近中っ!!直ちにエヴァ発進の要有りとみとむっ!!!』
「何ですってっ!?」
皆が何事かと遠巻きに見守る中、日向が助手席窓より身を乗り出し現れ、もたらされた情報に驚愕声をあげ、リツコが振り返り司令席を見上げる。
「冬月・・・。あとを頼む」
「・・・どうする気だ?」
「私はケイジでエヴァの発進準備を進めておく」
「まさか・・・。手動でか?」
するとゲンドウがサングラスを押し上げながら司令席を立ち上がり、冬月はゲンドウの意外な行動に驚いて目を丸くする。
「緊急用のディーゼルがある」
「・・・しかし、パイロットがいないぞ?」
「ふっ・・・。問題ない」
そんな冬月の反応に自信たっぷりのニヤリ笑いを返すと、ゲンドウは司令フロア脇のタラップを使って司令フロアから下りて行った。
「や、やっと・・・。と、止まった・・・・・・。」
バタッ・・・。
一方、未だ皆の注目を集めている選挙カーから逃げる様に下り、ウグイス嬢は5歩ほど蹌踉めき歩いて膝を力無く折ると床へ沈黙。
「ねえ、君・・・。葛城さんの姿が見えないけど?」
「そう言えば、見ませんね。お休みじゃないですか?」
「何だってっ!?・・・ぐはっ!!?」
「ひゅ、日向二尉っ!?」
その後、日向は自分の役目は終わったと鼻血を噴水の様に噴いて力尽き、駈け付けた医療スタッフによってウグイス嬢と共に医務室へ運ばれた。


チュドォォーーーン・・・。チュドチュドチュドォォォォォーーーーーーン・・・・・・。
テニスボールほどの大きさの使徒が空の彼方に浮かび、狼煙の様に幾本もの煙が立ち上る地平の向こうから絶え間なく響く爆音。
「・・・・・・完敗だね」
「ああ・・・・・・。」
車両部隊と航空部隊が壊滅してゆく姿をぼんやりと眺め、ケイタとムサシが深い溜息混じりの疲れ切った声で呟く。
その背後にはトライデント3機が鎮座しており、ムサシ機とケイタ機は小破、マナ機に至っては右片足を根こそぎ失って中破。
カコォォーーーンッ!!カラコロ、カラコロ・・・。
「もうっ!!王子様の馬鹿っ!!!どうして、助けに来てくれないのっ!!!!」
唇を悔しそうに噛んでいたマナが、脱ぎ持っていたヘルメットをアスファルト道路へ投げ叩き付け、遂に姿を見せなかったエヴァに苛立ち怒鳴る。
「まだ、そんな事を言ってるのか?マナ・・・・・・。
 どうしてなんだ?なんでなんだ?どんな奴かは知らないが・・・。そもそも、ネルフのパイロットなんて俺達の敵だろ?だったら・・・。」
この期に至っても、未だ夢想から抜け出せないマナに呆れ、ムサシがマナへ不満と苛立ちを入り混ぜた顔を向けた次の瞬間。
「うるさぁぁ~~~いっ!!」
ボグッ!!
「ぶべらっ!!」
マナがムサシへ強烈な延髄斬りキックを炸裂させ、ムサシは勢い良く前倒しにアスファルト道路へ倒れて轟沈。
「マ、マナ・・・。そ、それは幾ら何でも酷くない?」
「何よっ!!ケイタまで私の気のせいだって言うのっ!!!王子様はいるのよっ!!!!私、ちゃんと声を聞いたんだからっ!!!!!」
「い、いやっ!!ぼ、僕は信じてるよっ!!!マ、マナの話っ!!!!あ、当たり前じゃないかっ!!!!!」
ケイタは大粒の汗をタラ~リと流してマナを諫めるが、蹴りの体勢を構えたマナに怯み、戦慄の汗をダラダラと流しながら慌てて前言を撤回。
余談だが、延髄斬りキックの後遺症により、ムチウチ症の戦時負傷診断を受け、ムサシは以後2週間に渡って首コルセットを装備する事となる。
しかし、ムサシはマナへ最初こそは腹を立てていたが、コルセット装備5分後には機嫌を取り戻し、それからの2週間は幸福絶頂に浸った。
何故ならば、ムサシの哀れな姿に良心を痛めたのか、マナが今までになく優しくなり、何かと身の回りの世話を手伝ってくれたからである。
それこそ、寝る時とトイレの時、お風呂の時以外は常に付き添い、食事の時など箸で食べ物を口へ運んでくれる徹底した優しい世話ぶり。
無論、事情を全く知らない基地の少年少女達は、その2人の姿に戦場で愛が芽生えたと大確信。
そして、噂が噂を呼んで尾鰭が付きまくり、基地水面下で急速に『ムサシとマナがヤっちゃった説』がまことしやかに流布してゆく。
一体、何をヤっちゃったのかは全くの謎だが、この事態を重く見た基地上層部はマナとムサシに対する査問会を開廷。
その結果、マナのムサシに対する態度は以前に増して冷たくなり、天国から地獄へ突き落とされたムサシに長い長い冬の時代が到来する事となる。
「でしょ、でしょっ!?そうだよねっ!!?・・・ったく、ムサシときたらっ!!!!」
「う、うん、全くだよね・・・。(う、うわっ!?し、白目を剥いちゃっているよ・・・・・・。)」
マナは腕を組んでケイタの応えを満足そうに笑顔でウンウンと頷き、ケイタは俯せて倒れているムサシを仰向けにさせて顔を盛大に引きつらせた。


「せぇ~~のっ!!」
          「「「「「「「「「「せぇ~~のっ!!」」」」」」」」」」
「せぇ~~のっ!!」
          「「「「「「「「「「せぇ~~のっ!!」」」」」」」」」」
「せぇ~~のっ!!」
          「「「「「「「「「「せぇ~~のっ!!」」」」」」」」」」
ワイヤーを引っ張る男達の熱いかけ声がケイジに響き、零号機の首筋から徐々に停止信号プラグが抜かれてゆく。
「停止信号プラグ、排出完了です」
「良し・・・。各機ともエントリープラグ挿入準備」
零号機首筋に合わせていた双眼鏡を下ろし、チエが作業終了の報告を告げ、ゲンドウがサングラスを押し上げながら次なる指示を出す。
「ですが、未だにパイロットが・・・。」
「大丈夫。あの子達は必ず来るわ」
チエはその指示に怪訝顔を浮かべるが、リツコが笑顔を振り向かせてチエの疑問を封じる。
「ぬっ・・・。赤木博士」
「はい」
「・・・あれを何とかしろ。士気に関わる」
リツコの意見にニヤリと笑った際、ふとゲンドウがある物を見つけ、ズリ落ちたサングラスを再び押し上げ、その人差し指でケイジ片隅を指す。
「マヤっ!!みんな、あなたと違って忙しいのっ!!!そこに居ると邪魔だから出て行きなさいっ!!!!」
「うっうっ・・・。ひ、酷いです。きょ、今日の先輩・・・。つ、冷たいです・・・。うっうっうっ・・・。」
リツコが視線を何事かと指先へ辿らせると、そこには発令所からリツコの後をついてきたマヤが体育座りをして嗚咽しながら膝に顔を埋めていた。
「せぇ~~のっ!!」
          「「「「「「「「「「せぇ~~のっ!!」」」」」」」」」」
「せぇ~~のっ!!」
          「「「「「「「「「「せぇ~~のっ!!」」」」」」」」」」
「せぇ~~のっ!!」
          「「「「「「「「「「せぇ~~のっ!!」」」」」」」」」」


「むほっ・・・・・・。むうっ・・・・・・。むほっ・・・・・・。むうっ・・・・・・。むほっ・・・・・・。むうっ・・・・・・。」
狭い空調ダクト内をトウジ、アスカ、レイの順に匍匐前進で突き進んで行く3人。
余談だが、日向が選挙カーで発令所へ行けた様に歩いても行けるのだが、その場合は日向と違って徒歩の為にかなりの時間がかかってしまう。
何故ならば、只でさえネルフ内の通路は入り組んでいる上、最短ルート上にある幾つもの扉は停電で空かず、人力で開けるしかないからである。
しかも、侵入者を防ぐ為に要所、要所の隔壁が停電後に堅く閉ざされ、この隔壁はさすがに人力で開ける事はかなわない。
そこでレイの発案により、ネルフ本部全域を網の目の様に広がる空調ダクトを使い、ケイジを目指そうと言う事になった次第。
「・・・何、さっきから変な声を出してんのよ?気持ち悪いわねぇぇ~~~・・・・・・。」
「ふぅぅぅぅぅ~~~~~~・・・。」
アスカは先ほどから前方で奇声をあげているトウジに嫌悪感を示すが、額に脂汗をダラダラと流すトウジは何も応えず何やら深い溜息をつくだけ。
「それより、まだなの?もう、かなり進んでるんじゃない?」
「・・・そろそろのはず」
「ふ~~~ん・・・。」
そんなトウジを怪訝に思いながら顔を後ろへ向け、レイがアスカの問いに少し考え込んで応え、アスカが顔を正面へ戻したその時。
ちなみに、アスカがレイへ進み具合の指針を尋ねている理由は、3人の中でレイが本部構造に最も詳しく土地勘がある為。
それならば、レイが先頭となって皆を先導すれば良いのだが、前記で説明した通り空調ダクト内は狭く匍匐前進の体勢。
それ故、スカート越しとは言え、レイとアスカはトウジへお尻を間近で見せる事を嫌い、先ほどロープを降りた際と同様の順番となった訳である。
また、地上約20メートルの高さからフリーダイビングしたトウジだが、奇跡的に怪我は擦り傷だけで済み、あとはジャージが多少汚れた程度。
「むほっ!?」
「ちょっとっ!?何、止まって・・・。」
プゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ~~~~~~~~~~~~・・・。
停止中だったトウジのお尻にアスカの顔がぶつかり、トウジがその拍子に体をビクッと震わせ、長きに渡って耐えていた物を一気に放出させた。


「チエ、そっちのバッテリーはどう?」
「はい、OKです。先輩、こっちのはどうします?」
遅々とながらもエヴァ各機の発進準備が人力で確実に進んでゆき、リツコとチエも出来る範囲内での各機チェック作業を手作業で進めてゆく。
「う゛え゛ぇ゛ぇ゛~゛~゛~゛っ!!な、何、考えてんのよっ!!!こ、この馬鹿っ!!!!」
「痛っ!?・・・な、何すんねんっ!!!お、お前が悪いんやろっ!!!!こ、このボケナスがっ!!!!!」
「な、何ですってぇぇ~~~っ!!」
ガンッ!!ガンガンガンガンッ!!!
「「んっ!?」」
すると頭上より聞き覚えのある2つの叫び声と金属を叩くが聞こえ、リツコとチエが作業の手を止めて何事かと上を見上げた次の瞬間。
バコンッ!!
「ぶべらぁぁぁぁぁ~~~~~~っ!!」
「キャァァァァァ~~~~~~っ!!」
空調ダクトの底が1ブロックだけ外れ、同時にトウジとアスカが空調ダクトの中から落ちてきた。
「痛ぅぅ~~~・・・。」
「・・・あんた達っ!?」
一拍の間の後、アスカが顔を痛みに顰めて腰をさすりながら起き上がり、突然の出来事に驚き固まっていたリツコが我に帰って目を喜びに輝かす。
ちなみに、トウジは何故だか股間を両手で押さえて体を丸め、全身をピクッピクッと痙攣させつつ白目を剥き、全く起きあがる気配は見られない。
「も、もう・・・。ダ、ダメなのね・・・・・・。」
「・・・レイちゃん、どうしたの?」
一方、未だ空調ダクト内に残るレイは、空調ダクトから上半身と両腕を力無くダラリと垂らし、チエは顔面蒼白なレイにキョトンと怪訝顔。
「各機、エントリー準備」
「了解っ!!手動でハッチを開けっ!!!」
1階上のタラップにいるゲンドウはレイの到着に頷いて指示を出し、隣に立つ伝令役の整備員が掌をメガホンにして叫び声をケイジに響かす。
「エヴァはっ!?」
「スタンバイ・・・。出来てるわ」
その叫び声に使命を思い出し、アスカは腰の痛みを無理矢理に忘れて叫び問い、リツコが応えて微笑みながら親指で肩口から後方を指す。
「・・・何も動かないのに」
「人の手でね・・・。碇司令はあなた達が来る事を信じて準備してたのよ(・・・・・・シンジ君以外はね)」
アスカは全ての作業を人力で行っている様子に驚いて目を丸くさせ、リツコは事情を説明した後、追加説明を心の中で加えて苦笑を浮かべる。
事実、リツコの追加説明通り、初号機が未だ完調状態でない事もあるが、初号機の発進準備は後回しにされて手が全く着けられていない。
「ふっ・・・。(どうだ、レイ?惚れ直しただろ?)」
「・・・赤木博士、碇君は?」
下の会話を聞きつけ、ゲンドウがレイへ歯を見せてニヤリと笑うが、空調ダクトから下りたレイはシンジ探しに忙しくてゲンドウなど眼中になし。
「(お、おのれぇぇ~~~っ!!シ、シンジめぇぇぇ~~~~っ!!!)何を遅々とやっているっ!!!!さっさとしろっ!!!!!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「りょ、了解っ!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
たちまちゲンドウの心に嫉妬と憎悪の炎がメラメラと燃えたぎり、整備員達は八つ当たりの檄に慌てて作業効率を2割ほどアップさせた。


「君は・・・。体を抱かせても・・・。心は抱かせてくれないんだね・・・・・・。」
落日の強い光にレースカーテンが遮光しきれず赤く染まり、男と女の汗の臭いが噎せ返るほど入り交じり漂うリビング。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
カヲルは唯一の家具であるベットに俯せて寝そべり、何故だかは全くの謎だが、一糸纏わぬ全裸状態で言葉が疲労感にやや絶え絶え。
一方、やはり何故だかは全くの謎だが、シンジも全裸でカウンターバーの席に足を組んで座り、ワインを飲んで疲労に乾いた喉を潤している最中。
また、ベットに掛け布団はなく、これまた全くの謎だが、カヲルがおねしょでもしたのか、青いシーツはコップの水をぶちまけた様に濡れている。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
幾ら待てども、シンジはカヲルを見つめるだけで言葉は返さず、カヲルは気怠そうにベットから起きあがり、足を崩してベットの上に座った。
「・・・僕、初めてじゃなかっただろ?どうしてだか解るかい?」
コポコポコポコポコポ・・・。
カヲルから向けられた自虐的な笑みと問いに何も応えず、シンジは空になったグラスへワインを注ぎ、グラスを掌で回して鼻へ近づける。
「それはね・・・。僕が失敗作だからさ」
「・・・失敗作?」
その鼻腔をくすぐる豊潤な香りに頬を緩めるも、カヲルの口を次いで出てきた言葉に、シンジは眉を嫌悪感に顰めて鋭い視線をカヲルへ向けた。
「シンジ君は不思議だと思わないかい?他の兄弟達は全て男性に対し、僕1人だけが女性なのを・・・・・・。
 ・・・実はね。僕も最初は男性だったらしいよ。4年前までは・・・・・・。
 しかし、4年前のある日・・・。突然、僕は一夜にして女性へ生まれ変わり、あの水槽から外の世界へ出された・・・・・・。
 そして、僕が激痛に自分の魂を感じ、初めて目にした物は・・・。
 生温い鮮血を浴びた自分と血で真っ赤に染まった研究室、僕と繋がる上半身のない裸の男性、僕に怯えて腰を抜かす2人の裸の男性だった」
カヲルはシンジの視線に怯まず、柔らかな眼差しで真っ向から受け止めていたが、告白を重ねる度に視線を落として遂には視線を伏して俯く。
「だからかな。それ以来、僕にとって男性は嫌悪の対象であり・・・。この同性でも羨み、妬むプロポーションは忌々しい物に過ぎなかった。
 フフ、信じられるかい?以前の僕は酷く無口でね。実験では言われるがまま命令に従い、裸になる事すら何も感じない人形だったんだよ。
 それこそ、お爺様が僕を守ってくれてはいたけど・・・。きっと抱かれる事だって何も感じなかっただろう・・・・・・。
 実際、僕には常に男性の好奇な視線がまとわりついていたし・・・。そういう目に何度となくあいかけたからね。
 そう、あそこでの僕は人形であり、物だったんだよ。そして、いつしか皆は僕をこう呼ぶ様になった・・・。『失敗作』とね・・・・・・。」
その間、シンジは目を瞑ってカヲルの告白を黙って聞き、先ほどまで美味しく感じていたワインを苦々しく感じつつ飲んで眉間に皺を深く刻む。
「だけど、あの日・・・。君と出逢ったあの日、僕は変わった・・・・・・。
 息絶えた兄弟達を見た時、僕の口は自然と言葉を紡ぎ・・・。君に触られた胸は高鳴り、僕の体は女性としての悦びを感じた・・・・・・。
 そして、君が去った後、僕の心は君と1つになりたいと狂わんばかりに叫び・・・。その想いは日々募り、君を想わない日は1日もなかった。
 僕は苦しくて、苦しくて、あの日の秘密をお爺様だけに打ち明けた。・・・するとお爺様は嬉しそうに笑い、それは『恋』だと教えてくれた。
 フフ、おかしいよね?恋だなんて・・・。あの時、僕は君の声と感触しか感じなかったのに・・・・・・。
 シンジ君、教えてくれないか?この想いはお爺様が言う様に恋なのか・・・。それとも、ようやく巡り会えた同族に対する喜びだけなのか?
 僕には解らない。解らないだよ。こんな事は初めてだから・・・。シンジ君、苦しいんだ。教えてくれないか?僕にその答えを・・・・・・。」
そして、左胸を憎々しく掴んでいた右手の力を緩めると、カヲルは顔を勢い良く上げ、瞳を潤ませながらシンジへ切なる想いを込めて問いた。
「残念だけど、その答えはカヲルさん自身がこれから見つけてゆく物・・・。
 例え、僕から答えを聞いたとしても、それはカヲルさんにとって本物にはならない・・・。所詮、偽物さ・・・・・・。」
「そう・・・。そうだね。ごめんよ・・・。変な事を聞いて・・・・・・。」
だが、シンジはグラスに残っていたワインを一気に呷って首を左右に振り、カヲルは再び自虐的な笑みを浮かべて力無く項垂れる。
「でもね。カヲルさん・・・。僕にも1つだけ解っている事がある。君は決して『失敗作』なんかじゃない」
「・・・シ、シンジ君」
するとシンジは椅子から下りて歩を進め、カヲルはシンジの言葉に顔を嬉しそうに上げ、目の前を通過して行くシンジを目線と顔で追う。
「ここで1つ質問だ・・・。何故、ゾウの鼻は長く、キリンの首は長くなったと思う?」
「・・・それは環境に適応して体を少しづつ進化させたからだろ?」
シンジは窓辺で立ち止まるとカヲルへ顔を向けずに問い、カヲルは脈絡のない突然の質問にかなり戸惑いながらも自分なりの答えを返す。
「確かに現在最有力の進化論ではそう言われているね。・・・でも、その答えは正解であり、不正解でもある。
 だって、そうだろ?鼻に骨がないゾウはともかくとして・・・。
 その理論で言うなら、キリンの首が長くなってゆく進化過程の中間種化石が未だ発見されないのはどうしてなんだい?変だとは思わないかい?」
「そ、それは・・・。」
しかし、その答えに頷きつつもクスリと笑うシンジから欠点を指摘され、カヲルが反論できず言葉を詰まらせ、生唾をゴクリと飲んだその時。
「そう、そのミッシングリンクの答えが・・・・・・。彼だっ!!」
シュッ!!
シンジが振り返りながらレースカーテンを勢い良く引っ張り開け、シンジの微笑みの遥か向こう側にいよいよ第三新東京市へ迫った使徒が現れた。


「何よ、あれぇぇ~~~っ!!」
「何って・・・。どう見ても、ハチやろ?」
「・・・ハチね」
お互いに様々な紆余曲折を経て、遂に第三新東京市上で対峙する使徒とエヴァ各機。
「あんた達、馬鹿っ!!んな事、言われないでも解ってんのよっ!!!」
「せやったら、何が言いたいんや?」
「ますます、馬鹿っ!!あんた、解んないのっ!!!
 あたし達に残された時間はあと3分もなし、持ってきた武器はパレットガンだけなのよっ!!こんなんで、どうやって戦えば良いのよっ!!?」
今までの使徒とは違って完璧な空中戦タイプの使徒に、アスカだけが自分達の絶対的不利さを悟り、まるで解っていないレイとトウジへ怒鳴る。
ちなみに、未だ停電の為にアンビリカルケーブルから電源供給を受けれず、エヴァ各機は両肩後部に装備されたバッテリーより電源供給中。
ところが、通常なら数秒ともかからない地上への射出ルート登頂に約12分弱ほどかかり、既にバッテリーの残量はあと3分足らず。
しかも、発令所のサポートは全く受けられず、持参してきた装備品は空中の相手に対して極めて頼りないプログナイフとパレットガンだけ。
これだけ不利な条件が揃っている上、使徒は自由自在に空を飛んでいるのだから絶対的不利は否めず、アスカが焦り苛立つのも無理はない話。
余談だが、無線通信も未だ通じていない為、各機が連絡を取り合っている手段は外部スピーカーによる直接対話。
「・・・せやから、この鉄砲で撃てばええんやないか?」
「とことん、馬鹿っ!!こんな豆鉄砲、威嚇程度にしかなんないわよっ!!!」
「ええ加減にせえっ!!このボケがっ!!!黙って聞いとれば、さっきから馬鹿馬鹿と言いおってからにっ!!!!」
「何ですってぇぇ~~~っ!!」
「なんやねんっ!!」
「っ!?・・・来るわっ!!?」
アスカとトウジは売り言葉に買い言葉で貴重な時間を漫才で費やそうとするが、レイの凛とした声にすぐさま我を取り戻す。
ガガガガガガガガガガッ!!
             ガガガガガガガガガガッ!!
ガガガガガガガガガガッ!!
             ガガガガガガガガガガッ!!
ガガガガガガガガガガッ!!
             ガガガガガガガガガガッ!!
零号機と弐号機と参号機は横一列で道路に列び、こちらへ滑空してくる使徒に対してパレットガンを一斉射撃。
カカカカカカカカカカッ!!
             カカカカカカカカカカッ!!
カカカカカカカカカカッ!!
             カカカカカカカカカカッ!!
カカカカカカカカカカッ!!
             カカカカカカカカカカッ!!
だが、ATフィールド中和距離が届いていない為、その全てはATフィールドに弾かれ、使徒はエヴァ各機の頭上真上を悠々と通り過ぎて行った。
「ちっ・・・。やっぱりねっ!!とにかく、相手の機動力の方が上よっ!!!背中合わせになって死角を作らない様にするしかないわっ!!!!」
「おうっ!!」
「そうね・・・。」
舌打ってアスカは少しでも不利さをカバーするべく指示を叫び、トウジとレイがアスカの作戦に従い、エヴァ各機が背中合わせになったその時。
「なんや・・・。これ?」
「んっ!?・・・何よ?」
上空から夕日にキラキラと乱反射する微粒子が周囲に舞い落ち、まずはトウジがそれに気づき、アスカがトウジに釣られて頭上を見上げる。
ブーーー、ブーーー、ブーーーッ!!
「なんやっ!?なんやっ!!?なんやっ!!!?どないしたんやっ!!!!?」
すると突然、各機エントリープラグ内に警報がけたたましく鳴り響き、慌てふためくトウジは辺りをキョロキョロと見渡してビックリ仰天。
ブーーー、ブーーー、ブーーーッ!!
「どうなってるのっ!?これっ!!?なんで、シンクロ率がどんどん下がってゆくのよっ!!!?」
アスカもまた慌てふためき、開かれたウィンドウを高速スクロールしてゆくメッセージに驚いて目を見開き、思わず使徒から目を離してしまう。
「っ!?・・・いけないっ!!!」
「キャっ!?」「ぬおっ!?」
その為、レイだけが反転してきた使徒に気づき、慌てる2人にその超速度は避けられぬと悟り、零号機が弐号機と参号機を突き飛ばした次の瞬間。
ベチャッ!!ベチャッ!!!
「くぅっ!?」
使徒の口から白い粘性液体が放たれ、零号機はパレットガンを構える際にその液体を全身に浴び、動きを封じられて大地に縛り付けられた。
ザクッ!!・・・バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチッ!!!
「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
滑空してきた使徒は零号機直前で体を丸め、お尻から突出させた鋭く太い光の針を零号機の鳩尾へ突き刺し、零号機内部から凄まじい電流を放出。
既にお気づきかも知れないが、一連の攻撃は戦自が使徒に対して行った物であり、使徒がクモからハチへ変体する過程で模倣会得した物である。
それ故、LCLで満たされたプラグ内にいるレイ達は気づかなかったが、最初の微粒子からは凄まじい悪臭が放たれていた。
その悪臭力は戦自が作った物を遥かに凌ぐ強烈さであり、この微粒子だけで戦自車両部隊は動かなくなって完全無力化したほど。
「レイっ!?」「綾波っ!?」
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!
即座に体勢を整えたアスカとトウジはパレットガンを放ち、近距離だけにATフィールドが中和され、たまらず使徒は零号機を放して逃げて行く。
ドスッ・・・。
「おんどりゃぁぁぁぁぁ~~~~~~っ!!」
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!・・・カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカッ!!
零号機は膝を力無く折って倒れ、怒髪天になったトウジは尚もパレットガンを撃ちまくるが、その全ては使徒のATフィールドによって弾かれた。


「・・・素晴らしい。実に素晴らしいよ・・・・・・。
 スパイダー、マンティス、バタフライ、コクローチ、モスキート、スタグビートル、ドラゴンフライ、グラスホッパー・・・。
 そして、今回はビーとは・・・。いずれもが昆虫と言う限定ではあるけど・・・。第9使徒マトリエル、彼の多彩さにはいつも驚かされる」
「シンジ君・・・。君は何を・・・・・・。」
ベランダ縁に立つシンジは戦場を眺めてニヤリと笑い、ベットのカヲルはシンジの意味不明な言葉にシンジの背中へ戸惑いの眼差しを向けた。
余談だが、ここは第壱中と葛城邸の間にあり、小山斜面に作られた12階建てマンション最上階フロアの為、第三新東京市を一望する事が出来る。
また、左手には葛城邸のあるマンションを、右手には市立第壱中学校を確認する事ができ、この最上階フロアにはシンジ所有の部屋しかない。
「キリンは願ったのさ・・・。ある日、ある時、ある瞬間、高い所に青々と生い茂った木の葉を食べたいと・・・・・・。
 その結果、キリンの首は長くなり、首の長いキリンが種族闘争に勝ち残り、首の長いキリンだけが地上に残った。
 つまり、進化とは進化する者が強く願った意思の表れの事を言うんだ。
 なら、君だけが女性となり、今こうして僕と出逢えたのも何らかの理由があるはず・・・。だから、君は決して『失敗作』なんかじゃない」
「・・・・・・シ、シンジ君」
シンジはカヲルの視線に応えて微笑みを振り向かせ、カヲルは感動に心をジーンと震わせて瞳に涙を溜める。
「例え、その理由が今はまだ解らなくても、これから探してゆけば良いじゃないか。
 だって、君は『自由』なんだから・・・。そうだろ?カヲルさん・・・。いや、第17使徒ダブリス」
「っ!?・・・そ、そこまで僕の事をっ!!?」
だが、シンジが再び顔を戦場へ戻した途端、カヲルはシンジが最後に放った己の真名に感動を霧散させ、これ以上ない驚愕に目を最大に見開いた。
「フフ・・・。僕は君の事なら何でも知ってるさ」
「・・・い、一体、君は何者なんだいっ!?ぼ、僕の記憶の彼方にある力の天使『ゼルエル』を遥かに凌ぐ力を持つ君はっ!!?」
シンジは振り返らなくとも解るカヲルの驚き様をクスクスと笑い、カヲルは激しい動揺にたまらず立ち上がってシンジへ叫び問う。
「僕はシンジ。碇シンジ・・・。そう、名乗らなかったかい?」
「そ、それはリリンとしての名前じゃないか・・・。ぼ、僕は僕の記憶にない君の本当の名前が知りたいんだよっ!?」
しかし、シンジは肩を竦めるだけで満足に語らず、カヲルは引き寄せられる様にシンジへゆっくりと歩み寄りながら尚も叫び問いた。
「僕は碇シンジさ。それ以上でも、それ以下でもない・・・。でも、神話になぞらえ、敢えて自称するならば・・・・・・。」
「っ!?っ!!?っ!!!?」
するとシンジは体ごと振り向いて両手を大きく開き、瞬時にして髪を銀髪、左目をルビー色へと変貌させ、己の真の姿をカヲルの目の前に現す。
「僕は神に弓を引く者・・・。反逆者『ルシファー』ってところかな?」
(・・・な、なんて、強く美しい心の光なんだろう。だ、だけど、ここまで心を震わす君の底知れぬ悲しみは何なんだい・・・・・・。)
その夕陽に逆光して輝く神々しい姿とシンジから放たれている強烈なプレッシャーの圧力に、カヲルはその場に茫然と目を見開かせて立ち竦んだ。


「はっ!?」
シンジが力を解き放った瞬間、気絶していたレイの瞼が大きく見開き、参号機へ滑空途中だった使徒が不意に動きをピタリと止めた。
「レイっ!?目を醒ましたのねっ!!?動けるっ!!!?」
「あのボケがっ!!舐めくさってからにっ!!!」
その双方の反応に、零号機を救出していた弐号機のアスカは喜びに目を輝かし、使徒を威嚇していた参号機のトウジは馬鹿にされたと感じて憤る。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ・・・。カチッ・・・。カチカチカチッ・・・。
「ちっ・・・。」
マズルフラッシュを豪快に炸裂させてパレットガンを撃ち放つが、遂に弾装が尽きて引き金は虚しい音だけを鳴らし、トウジが忌々し気に舌打つ。
「・・・こうなったら、腹をくくっちゃるっ!!惣流っ!!!」
「何よっ!?・・・えっ!!?」
刹那の躊躇いの後、トウジは決断してパレットガンを投げ捨て、アスカは呼び声に顔を勢い良く振り向かせ、目を最大に見開いてビックリ仰天。
何故ならば、参号機は使徒を出迎える様に両手を大きく広げており、アスカはトウジが何をしようとしているかが即座に解ったからである。
「あとは任せたでっ!!わしがチャンスを作るさかいっ!!!」
「あ、あんた、馬鹿っ!?む、無茶よっ!!!?な、何、考えてんのっ!!!!?」
「ド阿呆っ!!あと1分しかないんやでっ!!!こうするしかないやろっ!!!!」
アスカは考え直せと怒鳴るもトウジの意思は堅く、トウジが参号機の両手をより大きく広げた次の瞬間。
ベチャッ!!ベチャッ!!!
「よっしゃっ!!来んかぁぁぁぁぁ~~~~~~いっ!!!男、鈴原トウジの生き様を見せちゃるでぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~~っ!!!!」
使徒は武器を失った参号機に狙いを定めて白い粘性液体を放ち、それを敢えて避けずに受け止めた参号機へ超速度で滑空してきた。
ザクッ!!・・・バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチッ!!!
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「す、鈴原っ!?」
そして、零号機の時と同様に光の針を参号機の鳩尾へ突き刺して電撃を放ち、アスカが使徒を威嚇しようと弐号機にパレットガンを構えさせる。
「殺れぇぇぇぇぇ~~~~~~いっ!!惣流ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!」
シャコンッ!!
「くっ!?」
だが、トウジはそれを叫んで許さず、参号機に使徒を抱き締めさせ、アスカはパレットガンを投げ捨て、左肩武装パックよりプログナイフを装備。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「・・・死ねぇぇぇぇぇ~~~~~~っ!!」
トウジの大絶叫が響く中、アスカは戦士としての勘に弐号機を使徒背後へ回らせ、両逆持ちしたプログナイフを羽根の間にあるコアへ突き立てた。
キュィィィィィーーーーーーンッ!!
「それならぁぁ~~~っ!!」
しかし、プログナイフは硬い使徒のコアに突き刺さらず、接触面で激しい火花だけを飛び散らせ、使徒が参号機の拘束から逃れんと必死に藻掻く。
「これでぇぇぇぇぇ~~~~~~っ!!」
シャコンッ!!
「どうだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
ならばとアスカがプログナイフから弐号機の左手を離し、右肩武装パックからも取り出したもう1本のプログナイフをコアへ突き立てた途端。
ピシッ・・・。ピシピシピシッ・・・。ザク、ザクッ!!
「やったっ!!」
瞬時にひびがコア全体へ走ってプログナイフ2本が突き刺さり、コアの色が赤から灰色へ変色すると共に使徒の動きと参号機への放電が止まった。
ドスッ・・・。
「す、鈴原っ!?・・・す、鈴原っ!!?す、鈴原っ!!!?す、鈴原っ!!!!?す、鈴原っ!!!!!?」
同時に参号機が使徒を抱えたまま大地へ膝を折って崩れ落ち、慌ててアスカが弐号機で使徒を除去させ、参号機を抱きかかえて揺すりまくり。
「・・・そ、そう、何度も言わんでも聞こえとるわい」
「ば、馬鹿・・・。む、無理しちゃって・・・・・・。」
「・・・ま、また、馬鹿かいな?ほ、ほんま、かなわんな・・・・・・。」
「ふ、ふんっ!!あ、あんたなんて、馬鹿で十分よっ!!!」
すると気絶していたトウジが覚醒して苦笑を浮かべ、アスカはトウジの無事を確認して1粒だけ涙をホロリとこぼしつつもいつもの調子で強がる。
(さっきのは碇君の・・・。でも、もう感じない・・・・・・。何処?)
一方、レイは零号機をビルに寄りかけさせながら何とか立ち上がらせ、しきりに周囲をキョロキョロとシンジの姿を求めて見渡していた。


「はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。」
使徒を殲滅したとは言えども、肝心の停電は午後9時を過ぎても未だ復旧せず、加持の体力と精神力はいよいよ限界を越えようとしていた。
その瞳は虚ろに濁りまくり、唇はカサカサに乾いてひび割れ、息絶え絶えに上下する胸は水分を出し尽くして汗1つすらかいていない。
(かなり、ヤバいわね。これは・・・。)
「はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。」
笛井に膝枕をされ、脱水症状によって容体が刻一刻と見た目にも明らかに酷くなる一方の加持を眺め、ミサトは躊躇いがちに頷いて意を決する。
もっとも、脱水症状以前にミサトの目の前で笛井に膝枕されている事自体が、加持の疲労を著しく誘っているのは言うまでもない。
「ねえ・・・。トイレ、行きたくない?」
「えっ!?・・・あっ!!?い、いえ、私は別に・・・・・・。」
約1時間ぶりに声をかけてきたミサトの突然の質問に驚き、笛井が加持の前での恥ずかしさに首を勢い良く左右に振って応える。
「そう・・・。なら、仕方ないわね。そいつを下ろしてくれない?」
「ええ・・・って、え゛え゛っ!?」
ミサトは改めて意を決して頷き、深い溜息をつきつつ立ち上がり、笛井は怪訝に思いながらも言われるがまま加持を膝から下ろしてビックリ仰天。
何故ならば、ミサトは両足の間に加持の頭を置いて立ち、笛井は今さっきの会話からミサトの意図が即座に解ったからである。
「い、良い?・・・こ、これはあくまでこいつに水分を補給させる為よ?
 ま、間違っても、私にそういう趣味はないし・・・。こ、こいつとは何でもないんだからね?そ、そこんとこ、絶対に誤解しないでよ?」
「は、はい・・・。わ、解ってます」
向けられた笛井の驚き顔に焦り、慌ててミサトは事情を説明した後に強すぎる念を押しまくり、笛井がミサトの気迫に何度もウンウンと頷く。
「・・・じゃ、じゃあ、良いわね?」
「は、はい・・・。お、お願いします」
ミサトは加持の恋人と推察する笛井への罪悪感に最終確認を取り、笛井はミサトの先ほど以上の強い念押しに思わず正座となって頷いた。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
奇妙な緊張感がエレベーター内に満ち満ち、ミサトと笛井は口を噤んで見合い、お互いに全くピクリとも動かない。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
そんな状態が約1分ほど続き、緊張に耐えられなくなった笛井が沈黙を打ち破って尋ねた。
「・・・ど、どうしたんですか?」
「い、いや・・・。で、出来れば、後ろを向いてて欲しいんだけど?あ、あと耳も塞いで貰えると助かるわ」
「す、すいませんっ!!そ、そうですよねっ!!!」
応えてミサトは顔を目一杯に引きつらせ、慌てて笛井がミサトの要求に正座のまま勢い良く180度回転して耳を両手で塞ぐ。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
何とも形容しがたい沈黙がエレベーター内を包み、ミサトはスカートをまくってショーツへ手をかけるがなかなか決断できず動けない。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
だが、永遠にそうしている訳にもゆかず、ミサトが決意に目を力強くギュッと瞑り、ショーツを膝まで一気に下ろしながらしゃがみ込んだその時。
(シンジ様、申し訳ありませんっ!!これも全部、ヤワな加持が悪いんですっ!!!)
ガタンッ!!ウィィーーーン・・・。
不意にエレベーターが上昇を始め、エレベーター天井のライトが約7時間ぶりに点灯した。
「助かったっ!?」
「えっ!?」
すぐさまミサトがショーツを引き上げて履き直し、笛井が振り向いて動作中のエレベーター階表示を確認する。
チィィ~~~ン♪ウィィーーーン・・・。
「んじゃあ、そいつをよろしくね。・・・はぁぁ~~~っ!!トイレ、トイレ、トイレぇぇぇぇぇ~~~~~~っ!!!」
一拍の間の後、笛井が指定した階の到着を知らすチャイムが鳴り、ミサトは笛井へ言付けて扉が開くや否や、笛井の了解も得ず駈け降りて行った。


「いつか、僕の初恋の人はこう言った・・・。ヒトは闇を恐れ、火を使い、闇を削って生きてきたと・・・・・・。」
未だ光が点らない闇の街並みをベランダの手摺りに寄りかかって眺め、ワインを酌み交わすシンジとカヲル。
ちなみに、シンジとカヲルはこの都会にあって裸族主義を提唱しようと言うのか、夕方前からずっと全裸のまま。
「でも、僕は違うと思う・・・。ヒトは闇を恐れたのではなく、闇に戦いを挑み、火を使い、闇に勝利してきたんだとね」
「・・・哲学的だね」
ふと闇の街並みに1つの光が点ったと思ったら、光は瞬く間に第三新東京市全体へと広がり、普段の眠らない街の姿を取り戻してゆく。
「カヲルさん・・・。僕と共に逝かないか?この世の果てに・・・・・・。
 その先は真っ暗で何も見えない世界かも知れないけど・・・。2人で逝けば何かが見つかるかも知れない。
 そして、この世界を造った神様と・・・。僕等に組み込まれた運命と言う下らないプログラムに復讐をするんだ」
シンジはグラスのワインを一気に呷ると、厳しい表情でカヲルへ向き直って右手を差し出した。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
その誘いに導かれ、カヲルもシンジへ向き直って右手をゆっくりと差し出そうとするが、その途中で目を伏せて力無く下ろし戻してしまう。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
するとシンジは厳しい表情を崩して極上の笑みを浮かべ、カヲルを抱き寄せて耳元で優しく囁いた。
「大丈夫。今はまだ敵を欺く為に無理だけど・・・。時が満ちたなら、君のお爺様は僕が必ず助けてあげるよ」
「っ!?・・・な、何故、それをっ!!?」
カヲルはシンジの言葉に自分の秘密が全て知られていると気づき、驚愕に体をビクッと震わせ、目をこれ以上ないくらいに見開いて問う。
「言っただろう?君の事なら何でも知っていると・・・。」
「・・・シ、シンジ君」
「さあ、逝こう。この世の果てに・・・・・・。」
「・・・ああ、逝くよ。君となら何処までも・・・・・・。」
シンジはカヲルをきつく抱き締めて応え、カヲルが涙をポロポロとこぼしながらシンジを抱き返す。
「ありがとう・・・。カヲルさん・・・・・・。」
「んんっ・・・。ダ、ダメ・・・。ダ、ダメだよ。シ、シンジ君・・・・・・。」
「・・・どうしてさ?僕と一緒にイってくれるんだろ?」
「そ、そのイくじゃ・・・ない・・・よ・・・・・・。きゃうっ!?」
そして、シンジとカヲルは何処へイこうと言うのかは全くの謎だが、シンジの導きによってカヲルは夕方前から数えて6度目の冒険へと旅立った。


「ここから先はジオフロント建設途中で破棄された通路だから足下に気を付けろよ?当時のゴミや工具が色々と落ちているからな」
未だ厳戒態勢が解けないネルフから笛井を逃す為、体調を取り戻した加持は笛井を後ろに引き連れ、地図にも載っていない通路を案内していた。
「もう、ここで良いわ。ありがとう」
「そうか?・・・なら、この抜け道の事は内務省の連中には内緒にな」
「ええ、解ってるわ。それで逃がして貰える貸し借りなしって事ね」
「まあ、そんなところだ。・・・ほら、これを持って行け。ここを少し行くと電気も点いていないからな」
笛井が加持を追い越して向かい合い、加持は念を押して頷いた笛井へ持っていた懐中電灯を握らせる。
「・・・葛城さん」
「な、なんだ?」
すると笛井が敢えて避け続けていた話題を持ち出し、加持が遂に来たかと体をビクッと震わせ、心もドキドキと震わせて笛井の次の言葉を待つ。
「強くて、素敵な人ね・・・。どうして、あなたがあの人を好きなのかが解った様な気がする」
「・・・そ、そうか?」
だが、笛井は意外にも嫉妬を混ぜつつも優しく微笑み、加持は予想外の態度に目を丸くして戸惑いまくり。
実を言うと、笛井は停電の復旧直前にミサトから尿意を尋ねられた際、本当はかなり前から尿意を我慢していた。
ところが、加持を助ける為とは言えども、笛井は恥ずかしさの前にミサトの様な実行力もなく、その発想すらも全く出てこなかったのである。
それ故、笛井はミサトに人間として完敗した様な気持ちとなり、あれからミサトへ尊敬の念を持ち始めてもいた。
「私・・・。こういう仕事だから1番は作らないし、私も2番で良いと思うの。いつ死ぬか解らないし、弱点になるかも知れないでしょ?」
「・・・笛井」
笛井は加持の反応を苦笑して自分の心を語り、加持はその寂しいながら徹底したプロ意識を知り、真顔となって笛井を抱き寄せようとする。
「でも、同じ女としての意見を率直に言わせて貰うけど・・・。葛城さん、あなたに全く気がないわよ?」
「や、やっぱり?・・・お、お前もそう思う?」
だが、笛井から哀れむ様に深い溜息をつかれ、加持は固まって顔を引きつらせ、心の中で涙をルルルーと流す。
「私の言いたい事はそれだけ。・・・じゃあね」
「あ、ああ・・・。き、気を付けてな」
2人の間に数秒ほどの沈黙が流れた後、笛井は微笑んで駈け去り、後ろへ振り返った加持が、隠す必要のなくなった涙をルルルーと流したその時。
「・・・リョウジ君」
「んっ!?どうした?」
「さっき、1番は作らないって言ったけど・・・。
 あなたが私を1番にしてくれるなら、あなたを私の1番にしてあげても良いわよ。この仕事からお互いに足を洗うのが条件だけどね」
笛井から呼びかけられ、加持が腕で涙を拭って振り返ると、既に姿が見えない暗闇の先から笛井の声が聞こえてくる。
「・・・是非、考えさせて貰うよ(やっぱり、どう考えても見込みはないよな・・・・・・。
 葛城を諦めきれるなら、とっくにそうしてるんだが・・・。俺、何の為に真実を探しているのかな)はぁぁぁぁぁ~~~~~~・・・・・・。」
そのミサトとは比べ物にならない優しい気づかいに思わず涙をホロリとこぼし、加持は深い溜息をついて激しく悩みながら今来た道を戻り始めた。


「・・・ねえ、シンジ君」
「何だい?・・・もう1回、スるの?カヲルさんも好きだねぇ~~・・・。さすがの僕もヘトヘトさ」
「ち、違うよっ!!ぼ、僕が聞きたいのは、僕等の喋り方って良く似てるよねって事っ!!!」
「ああ・・・。それはね。昔の僕が君にずっと憧れていたからだよ」
「・・・どういう事だい?」
「フフ・・・。内緒って事さ」




- 次回予告 -
偶然・・・。思いもよらぬ出来事。                    

奇跡・・・。常識では考えられない出来事。                

運命が交錯する時、偶然は生まれ、2つの偶然が重なった時に奇跡が生まれる。

では、3つの偶然が重なった時は?                    

・・・その答えは必然、それは予め決まっていた出来事さ。         

フフ・・・。父さんの言葉を借りるなら『シナリオ通り』と言う事だね。   

だから、父さん達に『槍』はあぁ~~げないっと・・・。          

せいぜい、無駄な努力とイレギュラーに苦しんでくれたまえ。        


Next Lesson

「奇 跡の価値は」

さぁ~~て、この次はコダマさんで大サービスっ!!

注意:この予告と実際のお話と内容が違う場合があります。


後書き

フッフッフッフッフッ・・・。お待たせ致しました(ニヤリ)
カヲル×シンジのファンな方・・・。思う存分に萌えちゃって下さい(笑)
カヲル×シンジのファンでない方・・・。思う存分に悶えちゃって下さい(爆)
はい、何となく作中から解ると思いますが、以後カヲルはかなり活躍しちゃいますので♪
で、作中でシンジが言っている進化論内の中間種が云々ですが・・・。
これ、確証は取っていないので間違っているかも知れません(^^;)
何となく私の頭の片隅に入っていた知識程度なので・・・。ええ、間違っていても気にしてはいけません(大汗)

>「・・・素晴らしい。実に素晴らしいよ・・・・・・。
> スパイダー、マンティス、バタフライ、コクローチ、モスキート、スタグビートル、ドラゴンフライ、グラスホッパー・・・。
> そして、今回はビーとは・・・。いずれもが昆虫と言う限定ではあるけど・・・。第9使徒マトリエル、彼の多彩さにはいつも驚かされる」

あとこの和名だと文が締まらないので英語にした各種昆虫ですが、前より・・・。
蜘蛛、蟷螂、蝶、ゴキブリ、蚊、クワガタ虫、蜻蛉、バッタ、蜂となっています。


感想はこちらAnneまで、、、。

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